アクエリアンエイジ フラグメンツ〜冥約の少女〜

断片4「2つの生還」

「イレイザーのラユュー、あなたを地獄が呼んでいる」

「全ユニット、スタンバイ。コマンド:マリオネット・タイド」

 ラユューが命令を発した。揚陸艦のハッチが完全解放され、大量のアンドロイド兵士が整然と躍り出てくる。
 全員が両腕部に高周波ブレード、音速チェーンソー、粒子カッター、スパイクハンマー等を装備している。
 命令一下で目標を撃滅する、イレイザーの誇る恐怖の殺人兵団。
 個体ごとにすべて装備武器が異なるのは、アンドロイド科学者“ジャラ・スマルト”の、カオスを喜ぶ悪趣味ゆえだ。

 ラユューは腕を振り上げ、
「消し去れ」
 振り下ろした。

 殺人アンドロイドが3つの密集方陣を形成し、三方向から敵を押しつぶそうとする。
 たった1人の敵を。
 抜き身の刀をたったひと振り提げただけの、小さな少女を。
 少女は――谺は動かない。

 まるでかごめかごめの遊びのように、谺ひとりを大群が取り囲んでゆく。
 アンドロイド兵団の包囲が小さくなっていく。
 巾着の口をすぼめるように、
 小さくなっていく。
 そして、谺を、
 ぐしゃり、
 押し潰す。

 そんな現象が……発生するはずだった。

 ふいに包囲の中央に光が踊る。
 白刃のひらめき。

 次に見られた光景は、バターのように切り伏せられた十数体のアンドロイドが、放射状に倒れていく姿だった。
 その中心に、谺。
 再び刃のひらめき。
 さらに十数体がまっぷたつに切断されている。中心から周辺へ。波紋が広がるように、機械人形たちが倒れる。

 谺の瞳は、敵将ラユューを見据えている。

 まだ殺人兵団は何十体も生き残っている。アンドロイドたちが、ラユューと谺のあいだを遮るように再布陣する。

「全ユニット、コマンド:アンドロイド・ストライク」

 先ほど切り伏せられたはずのアンドロイドの目に光が宿る。再起動する。上下を切断された者、両腕を落とされた者、それぞれが出来うる方法で、再び谺へ突進を開始する。
 前方の密集方陣も、ひとりの敵に向けて殺到した。

 谺もまた、前方に向けて突進する。

 白刃を高く掲げ、
 次の瞬間、周囲のアンドロイドをところかまわず切りまくった。

 前方に道が開かれた。

 谺はツバメのように地を馳せて――
 一閃。

 ラユューが、信じられないという顔。

 谺の白刃の先端は、ラユューの腹部を、一文字に切り裂いている。
 あふれ出る血。
 あふれでるもの。

 水しぶきをあげて、ラユューが地に倒れる。痙攣。痙攣。周りの泥水が赤黒く濁ってゆく……。

「とどめ、覚悟――」
 谺が刀を八相に構える。

 そのとき。
 天空から巨大な質量が落下してきて慣性を完全に無視して直角に曲がり、谺を跳ね飛ばした!

“全ユニットに緊急コマンド:コマンダーユニットの回収。最優先”
“ヘカトンケイル・ユニットへ。シークエンス・イレイズを実行”

 軌道上からメタトロンの緊急コマンドが飛んだ。
 アンドロイドの群れが、倒れたラユューの身体を揚陸艦へと運びはじめる。

 跳ね飛ばされた谺は、体勢を立て直し、踏みとどまろうとしたものの、ぬかるみに足を取られて50メートルほど山の斜面を後退させられている。
 刀を握りなおし、再び前進。
 それを、先ほどの「質量」が、さえぎる。

 脚部に、反重力ブースター。
 身体全体から、無数の豪腕を生やした、機械仕掛けの機動兵器。イレイザーマシン、ヘカトンケイル・ユニット。

 浮遊する巨体が、谺の進路をふさいだ。
 豪腕が、谺の小さな身体をつかもうとする。
 その腕を谺が切り伏せた。

 別の腕が、谺につかみかかろうとする。
 その腕を谺が切り伏せる。

 谺が、ヘカトンケイルのボディの中心に突きかかる。
 大量の腕が、それをさえぎる。

 無表情だった谺に、かすかな焦りが浮かぶ。あと、一太刀が。
 届かない。

 揚陸艦が地面から離れた。回頭しながら、上昇体勢をとる。
“ヘカトンケイル・ユニットへ。コマンド:スモークディスチャージャー”
 煙幕がヘカトンケイルの後背部から噴出し、谺は思わず顔を覆う。

 その隙をついてヘカトンケイル・ユニットは一気に上空に離脱した。反重力ブースターを光らせて大気圏外にまで一息に舞い上がっていく。

 雨にそぼ濡れた谺だけが、そこに取り残される。


 総司令官ラユュー重傷、の報は、地球方面のイレイザー全軍を駆けめぐった。


     ☆


「さて……私は幼子に会いに行くが、貴公はどうなさる?」
「会いに行くって、どうやって?」
「私を誰だと思っているのです?」


     ☆


 旗艦パニッシュメントII。

「会ってみたいではないか。ラユューがそこまで興味を持った者やら、ラユューを半分殺した者やらに」

 そういってひとりで地上に降りていく大天使ミカエルを、メタトロンは渋い渋い顔で見送った。
 案の定だ……。

 ミカエルは、地球の、地上の、どこかの場所に、ふわりと飛来した。
 そこがどこか、などということは、この天使の知ったことではない。とりあえず降りたい場所に降りた。

 作戦であるとか、事前調査であるとか、そういったものは下々の考えることであり、大天使のすることではない。
 王者には、そんな発想はないのである。

 望むときに、気ままに戦場に現われ、好きなだけ殺し、破壊し、満足しては立ち去ってゆく。それが本物の天使というものだ。


 人間の尺度でいえば、そこはベルギーの小さな街角で、時間は深夜だった。

 血の気のうすい小柄な少女、リンナ・アルストロメリアが、ゆらゆらと歩いてゆく。こちらもまた、不用心といった発想は持ち合わせていないようだ。

 真っ白な火炎のようなエネルギーを全身にまとった、古代の軍人のような姿の大天使ミカエルが、天からゆっくり降りてきて、リンナの頭上近くで停止したのだった。

「そこな女子よ、ラユューを殺した者の居場所を知らぬか」

 ミカエルは訊いた。さしあたり目に付いたから、訊ねただけのことである。目の前の少女が、「ラユューの探していた人物」であることを、ミカエルは知らない。

 リンナは無表情のまま首をかしげる。

「そうか、ならば死ぬがよい」

 ミカエルは右手を高く掲げ、振り下ろした。
「エンジェルインパクト」

 次の瞬間、街がひとつ、沸騰した。


     ☆


「ッぶねーあ、あっぶねぇ!」

 大天使ミカエルが、自分の行動の結果を確かめることなく、天空に飛び去っていったあと。
 かつて街だった更地――まだ地面がところどころ沸騰している――に、人の形をして活動するものが、3つだけ残っていた。

 リンナ・アルストロメリアを抱きかかえて溶岩まみれで地面に転がっているロュス・アルタイル。抱きつかれて眠そうな目できょとんとしているリンナ・アルストロメリア。
 そして羽扇をあおいで涼しい顔をしている諸葛孔明。

 孔明とロュスは、瞬間移動の仙術でリンナの近くに飛んできたのだが、座標がずれて、互いにかなり離れた位置に再出現してしまった。
 転移してきた彼女たちが見たのは、なぜかそこにいた大天使が膨大なエネルギーを集めて振り下ろそうとするところだった。

 ロュスは一瞬で判断して、全力疾走した。リンナに飛びつき、抱きかかえ、全力で跳ぶ!

 孔明は味方を敵の攻撃から守る妖術を持っている。それを使えばリンナを守ることができる。が、リンナは孔明の妖術が届かない距離にいた。そのようにロュスには見えた。
 彼女は百戦錬磨の戦士。魔術、妖力がどのくらい遠くから届くものなのか、熟知している。

 だから、少女を抱きかかえ、孔明のほうへ向けて全力で跳んだのだ。
 天使が炎で街を焼き払うのと、軍師が羽扇で炎を振り払うのが、ほぼ同時。
 かろうじて間に合った……。

「ロュスどの、おみごと。……やはりあなたは素晴らしい」孔明が何事もなかったかのように言った。
「あのね、あんたね……」ロュスは孔明にぼやこうとして、やめる。

 彼女は地面に転がったまま、自分の胸の中にいる小さな少女の顔を覗きこんだ。
「おい、お嬢ちゃん、ケガぁないかい? 痛くないかい?」

 リンナはぼんやりと、ロュスの顔を覗きこんだ。

 彼女の小さな手が、ロュスの心臓の上に、触れている。



 ロュスは咳き込んだ。
「あ、……ア…………」



 ロュス・アルタイルはトンネルのような場所をどこまでも落ちていく自分を感じた。いくつもの星が集まって背後に流れ去っていく。いくつもの声が集まり、背後に流れ去っていく。聞き慣れた声ばかりなのに、ひとつも聞き取れない。
 やがて遠くに小さな光点が生まれ、それはどんどん大きくなっていった。自分がそこに近づいているのだ、落ちていっているのだ、やがて飲みこまれるのだと知った。そこには自分に秘められた可能性のすべてがあった。これからなるであろう自分、これから得るであろう認識。これから味わうであろうさまざまなもの。
 しかし、その可能性は、可能性のままに散るのだ。



 自分自身の絶叫を聞いて、ロュス・アルタイルは覚醒した。彼女はどこかに寝かされていた。身体じゅうが鈍く、自分のものでないようだ。ひどい頭痛と嘔吐感がやってきた。どこからか声がした。

「良かった、戻ってきてくれた。ロュスどの、自分の生命を意識しなさい。あなたはまだ死んでない」孔明が言った。
「私……どうなっちまったんだい」
「あなたはほとんど死にました。99パーセントはね。最後の1パーセントで引き返してこられたのだ。安心なさい、アンデッドになったわけではない。まだ生身の生命だ」
「もうちょっと眠ってもいいかい」
「死なないと約束するなら眠ってもよろしい。あなたの才は、この帝国に必要だ」


  ヘカトンケイル・ユニット

死神少女“谺”

 イレイザー地球方面艦隊の資材部および技術部が、余剰パーツを利用して組み上げた試作型・自律機動兵器。
  さまざまなアンドロイドやマシンの格闘アームを、手当たりしだい大量に取り付けたような形状をしている。本人(コアユニットの少女型アンドロイド)も一種の腕マニアで、アンドロイドやサイボーグの腕パーツを戦場で拾い集めては、自分のボディに取り付けて喜んでいる。

 開発経緯上、正式な装備として艦隊に登録はされていない。そのため、かえって自由に活動できるという利点がある。メタトロンは、正式装備を使用したくない極秘任務のときなどに、この機体の出動を要請することがある。


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