◆各務椿の放課後 前編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 東京は渋谷、夕暮れのセンター街は喧騒に包まれていた。
 世界各地では、異次元からの侵略者、極星帝国との激しい戦いが続いているが、幸いにも日本は直接の戦火からは免れている。
 あるいは、この街に集う人々の無意識が、この空間を現実から遊離する力を持っていたのかもしれない。
 そのセンター街から道を半本外れた店の前に、品のない少女たちの一団が地べたにベッタリと腰を下ろしていた。
 その中に、セーラー服の短いスカートを大きく開いて、パンツが丸見えになるのも構わずに胡坐をかいている、大柄な少女がいる。
 少女の名は各務椿。丸見えになった太股周りにうっすらと筋肉が浮かび上がり、力強い印象を与える。
 短い栗色の髪に、ひと房だけ三つ編みを垂らしているのが特徴的だ。
 椿は、スカーフを取り去ったセーラー服の襟元をだらしなく寛げ、その辺りで手渡された宣伝入りの団扇で風を送っていた。
「暑っつ〜い」
 椿は夕暮れの迫ったどことなく重苦しい印象の空を見上げた。
「どっか入るぅ〜?」
 隣の少女舌足らずに提案する。
「パース。金ないもん」
「椿んちでっかいお屋敷じゃん。コヅカイくんないの?」
「姉貴が厳しくてっさぁ。お茶ならウチで飲めとかいって全然。いまどきクーラーもないし。自分はバイク乗ってるくせに」
「お姉ちゃん?」
「ウチ、ハハオヤいないの」
「そうなんだ」
「パパは?」
「ボケちゃってる」
「えー? そんな歳じゃないっしょ」
「兄貴や姉貴とは歳離れてるよ、アタシ。ハハオヤ違うし」
「ふくざつなんだ?」
「でもないけどね〜イイ男捕まえてとっとと出たいのは確か」
「じゃぁ男つかまえて奢ってもらおうよぅ〜」
「そうしよっかぁ」
 少女たちは億劫そうに立ちあがり、歩き出した。
「んー?」
「どしたの?」
 立ち止まり、不審そうに片眉を上げた椿を、少女のひとりが振り返った。
「なんでもない」
 椿は肩をすくめると一団の後に続いて歩き出した。

 首尾よく数人組みの男たちを捕まえた椿たちはファーストフード店に入った。
 そのまま取り留めのない会話を繰り返しているうちに、すっかり日は落ちていた。
 頬杖をついて生返事を繰り返し、窓の外を見続けていた椿が大きな欠伸をひとつして、立ち上がった。
「アタシそろそろ帰るわ」
「カラオケ連れてってくれるってよぉ?」
「今日は止めとく」
 そういいながらも椿の目は窓の外に向けられている。
「じゃあまたね」
 椿は少女たちにひらひらと手を振ると、団扇を片手に店の外へ出た。
 そのまま椿はゆっくりした足取りで、渋谷駅とは逆方向に歩き出した。
 団扇をパタパタと使いながら、坂を上がり、さらに歩くと代々木公園が見えてくる。
 日が落ちた園内は人影もまばらで、都内とは思えない、明かりのほとんどない闇が広がっていた。
「やっぱアタシになんか用があるってことだよねぇ?」
 椿は片眉を上げて振り返った。
「ずーっと外で張ってるし、こんなとこまでついてくるし」
 椿の視線は鬱蒼と茂った木の梢に向けられている。
「まさかこの期に及んでアタシに一目惚れ、ってこともないだろーし」
 言うや否や、椿は木に向かって走り出した。軽い跳躍の後、逞しい脚で木の幹をひと蹴りし、梢めがけて飛翔する。
 がさがさっ、と慌てたような音がして、人影が樹上から逃げ出そうとするが、そのときには椿の蹴りがその人影を捕らえていた。
 どがっ!
「ぐぅっ」
 地上に落下し、したたかに胸を打った衝撃で横隔膜が麻痺し、呼吸できない苦しさに人影は這いつくばった。
 とんっ。
 その目の前に椿が着地する。
 椿は悶絶する人影の背から生えた翼を見て目を丸くした。
「天使? まさか、イレイザー?」
「違います。極星帝国の奴隷ですよ」
 背後から突然かけられた声に、椿は振り返った。
 ノースリーブにミニスカート、美しいロングヘアーの細身の女性が言った。
「各務流の各務椿さんですね。阿羅耶識の。私は北条風花。E.G.O.の能力者です」
 そう名乗った風花がニコリと笑った直後、突風が渦を巻いて走った。
「うわっ」
 落下のダメージから復帰して、この場からの脱出を図った天使が突風に煽られて落下する。
「アタシは各務流じゃないよ。拳法習ったことないもん」
(コイツ、風使いだ。聞いたことあるかも)
 あれだけの突風を起こしながら、椿はもちろん、風花自身のロングヘアーに毛筋ほどの乱れも起きていない。
「今……フィールドを張りました。その天使を始末するまで少し待ってくださいますね?」
 風花は椿の返事を待たずに微笑んで天使に向き直る。
「おい、待てよ」
 風花の態度にカチンときた椿は大地を蹴った。
 ごっ!
 椿の鋭い蹴りと風花の起こした風がすれ違って小さな竜巻を産む。
「何を……!?」
 目を剥く風花に、椿は言い放った。
「アタシとソイツの話がまだ終わってねーんだけど?」
 片脚を上げた構えを取った椿は不敵に笑った。

続く


■次回予告
椿VS風花!?

明らかになる各務家の事情・・・。


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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