◆各務椿の放課後 後編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
「邪魔をするつもりですか?」
 北条風花は目をやや細めて各務椿を見つめた。
「ジャマしたのはソッチの方じゃんか」
 椿は、構えを崩さずうそぶいた。
「東京が世界中の混乱から免れているのは、私たちがこうして侵入を未然に防いでいるからだということは知っているのでしょう?」
 風花は信じられないものを見たという様子で椿に言った。
「さあね。アンタらが勝手にやってることでしょ……」
 応えながら、椿は上げたままの脚の膝下だけで蹴りを放った。
 びっ!
 正確に顎先を狙った椿の蹴りを、風花は後ろにステップを踏んで避わした。
 しかし、身体の動きについてこれずに流れた髪が一条、椿の蹴りに切り裂かれ、さらさらと宙に舞った。
「さすが、各務流拳法、というべきですね」「だから、アタシは各務流じゃないってってんだろ! まして阿羅耶識もE.G.O.も関係ないの!」
 毒づきながら椿は正拳、裏拳と続けさまに拳を繰り出した。
「くっ!」
 風花は風を呼んで防御しようとするが、間に合わない。必死に身をよじって椿の攻撃を避ける。
「思ったよかトロいね」
 どん!
 体制を崩した風花の腹に鈍い衝撃が突き刺さった。
「ぐ……う……」
 思わず身体をふたつに折って呻く風花の視界に、腰を落として拳を突き出した椿の不敵な笑みが映った。
(この子、強い……)
 風花の背筋に冷たい汗が流れた。
「んー?」
 一方の椿は、感触を確かめるように右手を閉じたり開いたりして首を傾げた。
「ねえアンタ、なんかした? これ喰らったらそんなもんじゃ済まないハズなんだけど?」
「ええ……直前に呼んだ風が、空気の壁になってくれました」
 風を呼んで宙に舞い、間合いを大きく開けながら風花は応えた。
「チッ。めんどくさいなあ」
 舌打ちしながら椿はゆっくりと片足をあげて構えを取る。
(あんな体勢から一気に連続攻撃なんて……術か念力……いえ、そんな気配はなかった。身体能力……ボディバランスのみであれを?)
 風花はじっとりと手のひらに滲む汗を握り締めた。
(正面から戦ったら、負ける)
 風花は真っ向勝負は決して得意ではない。風を操る超能力を使って、搦め手から致命の一撃を狙うタイプだ。
(この子の力量と気分を読み違えたのは完全なミス。でも……)
 風花は判断を下した。
(これ以上のミスはしない)
「椿さん。あなたの邪魔をしたことは謝ります。ですが、その天使を放っておくことはできません」
「へえ? それで?」
 椿はニタニタと笑いながら尋ねた。
「改めて、各務流に話を持って行くことにします」
「だから、関係ないってってんだろ……」
「あなたは、関係ないとおっしゃっても、あなたのお姉さん……各務流宗家はどうおっしゃるでしょうか?」
「きったねえ」
 椿は露骨に不愉快そうな顔をすると、上げた脚を下ろして、走った。
 まっすぐに風花目指して走り、地面を蹴って宙に跳ぶ。
「しばらく口利けなくしてやろうか!」
 ごっ!
(念動力でもなく、こんな出鱈目な体勢からこんな蹴りを出すなんて)
 風花は頭上から襲い掛かる蹴りから逃げながらつぶやいた。
(本当に各務流拳法を会得していないというの? でも、だとしたら……)
 風を呼んで高空に逃げながら、風花は再び背筋に冷たい汗を感じた。
「きったねえ……」
 頭上の風花を見上げて椿は忌々しげに言った。
「椿さん、本当にごめんなさい。ですから、今日は逃げさせていただきます」
 風花はそういって夜の風に消えた。
「ほんっと、きったねえ」
 椿は地面に唾を吐いた。と、その先に逃げ出し損ねてがくがくと震えている先ほどの天使がいた。
「アンタも逃げな」
 椿はそういいながら、へたり込んだ天使の横をすたすたと歩いて公園を出ていった。
「あ……」
 天使は何か言いたげに手をあげたが、その手を下ろし、うつむいて椿の後姿を見送った。

「ただいま〜っと」
 その夜遅く、椿は各務家の垣根をひょいと飛び越えた。とっくに門は閉められているためだ。
 各務家の邸宅は、東京にまだこんな屋敷が、と目を見張るような古式ゆかしい日本家屋の体裁を守っている。
 門から玄関に続く敷石の上を歩きながら、椿はふといやな気配を感じた。
 玄関につくとその気配はますます強まった。
「やっばいな〜もうかぁ」
 ぶつぶつと呟きながら、椿はくるりと踵を返した。
「部屋の鍵開けてあったかなぁ?」
「お前の部屋の窓の鍵なら、無用心にも開いていたので閉めておいた」
 玄関の引き戸をからりと開けて出てきたのは、各務柊子。椿の姉にして、各務流退魔拳法の長である。
 湯上がりと見えて、しっとりと湿った長い髪を軽くまとめて、浴衣姿だ。
「あ〜姉貴、お帰り。中国はどうだった?お土産は?」
「そういうところは秋成にそっくりだな、お前は」
 柊子は額に手を当てて呻いた。
「へえ、そう? 兄貴とは一緒にいたこと全然ないからなぁ」
「そんなことより!」
 柊子はきっ、と椿を睨みつけた。
「E.G.O.の邪魔をしたそうだな。しかも極星帝国の斥候をかばったとか。極星帝国の侵略を防ぐため、現在我らとE.G.O.は事実上の休戦状態にある。それを……」
「アタシは阿羅耶識じゃないもん」
「おまえはそう思っていても、周りはそうは思わん」
 柊子はぴしりと言った。
「人が中国遠征から帰ってひさびさに寛いでいればいきなり厄介ごとを持ち込みおって」
「姉貴に始末を頼んだ覚えはないよ」
「私は頼まれたんだ。この件に関してはE.G.O.と阿羅耶識から。お前に関しては義母上から」
「…………」
「母が違っても私たちは正真正銘の姉妹だし、父上があんな状態である以上、私がお前の保護者だ。お前の行動の責任は私にある」
「あのクソオヤジが……」
「それについては全く同感だが、嘆いてもどうにもならん。諦めろ。私は諦めた」
「誰でも姉貴みたいにはいかないよ」
「……それで? 斥候は始末したんだろうな」
「へ?」
「まさか、逃がしたのか!」
「あー……いやいや。倒した、倒しました。きちんと、がつんと」
「それならいいが……まったく、各務の才をもっとも濃く受け継いでいるのは椿、お前なんだぞ。格闘能力で言えば私でも秋成でもお前にはかなわんというのに、いつまでもそんなことでは……」
「でも、跡継ぎには姉貴を選んだんじゃん」
「それは、父上のくだらない妄執のためだ」
「何それ?」
「……いい機会だ。話しておくか。義母上のことも。次に戦いに出れば、私も生きて帰ってこれるかわからんからな……」
 そういって柊子はゆっくりと庭に向かって歩き出した。
「……?」
 柊子のただならぬ雰囲気に、椿も居住まいを正して後に続いた。
「義母上が戸籍上父上の唯一の妻であることは知っているな?」
 柊子は庭池に朧に映った月を見つめながら言った。
「うん。ずっと遊び回ってて、ふたりも子供できちゃったから面倒見させるために結婚したんでしょ」
「少し違う。もともと、義母上は父上の許婚だったのだ。生まれたときからのな」
「生まれたときからぁ〜? ひー勘弁」
「各務流拳法宗家に生まれたからには仕方のないことだったろう。それに、父上と義母上はお互いを好きあっておられた」
「まっさか」
「義母上からはそう聞いている。いつか帰って来てくれる、と信じて待っていたそうだ」
「……なんだよそれ」
「怒るのも無理はない。私も怒った。待たせた理由がまた酷いぞ。義母上の子では、各務流を超えられないから、だそうだ」
「……クソオヤジ」
「これは、と思う女に次々に子を産ませ、才能を持った跡継ぎ候補ふたりを連れて戻ってきたのだそうだ」
「それが兄貴と姉貴?」
「そうだ。どうやら私の母親はWIZ-DOMの血筋らしく、秋成はおそらくダークロアの血を引いている」
「馬や犬じゃないっての」
「全くな。そして父上の目的はダークロアに対抗することだった。だから、私を後継者に選んだ。今では父上は私にE.G.O.から婿を取れと煩いぞ。呆けた頭でも、妄執は離れないらしい。血走った目で言うのだ。東海林の家か結城の家から婿を取れ、それで各務の血は完璧になる、とな」
「……クソッタレ……」
「義母上は立派な方だった。そんな父上を信じて待ち、尽くし、私と秋成を実の母以上に愛してくれた。義母上には感謝してもし尽くせぬ。その義母上が、初めて言った我侭がお前を産むことだ。当時高齢の初産はかなり危険だったというのにな」
「……お母さんが……」
「だから、私はお前の親代わりになって、お前を立派に育てることで義母上に恩返しがしたいのだ。今のところ失敗しているがな」
「……ごめん」
 椿はうなだれて、そのまま柊子の胸に顔をうずめた。
 柊子はそんな椿の頭を抱きしめ、背中を優しく叩いた。
「私も、秋成も、義母上によくこうしてもらったものだ……」
「あのさ…姉貴…」
 椿は胸に甘えたまま、上目づかいで柊子を見た。
「うん…?」
 柊子は優しい目で椿を見つめる。
「言いにくいんだけど…」
「この機会だ。言いたいことは言ってしまえ」
「あのさあ……さっきの天使、ほんとは逃がしちゃったんだよね……」
「……馬鹿者っ!」
 柊子はそういうと椿を胸から引き剥がし、走り出した。
「支度してくるから待っていろ! 探しに出て始末をつけるぞ!」
「はーい……」
 椿はぽりぽりと頭をかきながら呟いた。
「でも、お母さんもけっこう子育て失敗してるっぽいよなあ……クソオヤジの血には勝てないってこと?」

■次回予告
ムー王位継承秘話 ラユューとリユューク


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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