◆結城望のメル友 前編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
(寒い)
(いい女だ)
(あたしの方が美人ね)
 道行く人の雑多な表層思念をなるべく無視しようと努めつつ、結城望は年齢に不似合いなオフィス街のオープンカフェの椅子に座っていた。
 来るなり買ったフレーバーコーヒーはとっくに冷え切っている。
 ぶるるるっ。上着のポケットの中で握り締めていた携帯電話が震えた。
 結城望は、携帯を取り出してサブディスプレイを覗き込む。
「メールだ。誰からかな?」
 頬をほころばせて呟くと、ぱくん、と折りたたみ式の携帯を開いた。
『受信メール:タカユキさん』
「タカユキさんからだ」
 カーソルを動かすのももどかしく、メールを開く。
『おっす(^^)
今なにしてる?』
 ごく短いメールに返信しようと携帯のキーに指を伸ばしたとき、望の頭の中に声が響いた。
(望!)
 荒々しいが、同時に暖かさを持った思念波。E.G.O.の大先輩にして、二丁拳銃を自在に操るサイキック女刑事、氷上純の思念波だ。
(何か聞こえたか?)
 氷上自身はテレパスではないが、その思念は明瞭に望の頭に届く。
 あらかじめ思念波の波長を覚えておいたこともあるが、本人の性格が単純なのが幸いしている。
 しかし、このときはその明瞭さが望には気に入らなかった。
 無視して、返信メールを打ち込み始める。
(望?)
 テレパスでない氷上には、望の方から送らない限り、望の思念が届くことはない。
『お茶してました☆
外はもう寒いね!
コーヒー冷めちゃった(T_T)』
 覚え始めた記号や顔文字をたどたどしく使ったメールをタカユキに送り返す。
(望!!)
 氷上の緊張した思念波が轟いた。
(はい?)
 望はようやく思念波を発した。
(望! 無事か?)
(無事ですよ)
(そうか)
 安堵の思念が届く。
(思念が届かないから焦ったよ。ダークロアに襲われでもしたかと)
 望は罪悪感を感じながら言い訳の思念を送った。
(事件のときこの辺にいた人の思考を覗くのに集中してたんです)
(なるほど。それで何か?)
(何も)
 望は、先日起きたダークロアの魔神による虐殺事件の捜査の手助けを頼まれていた。
(もうこの辺にはいないんじゃないですか?)
(それが確かめられただけでもマシかな。じゃあ、引き上げよう)

 高級住宅街にある結城家の門前に氷上の車が止まった。
 助手席から降りた望は、ばたん、と車のドアを閉め、玄関へと向かう。
「今日は助かったよ」
 車の運転席から氷上は手を振った。
「いえ。……千里さんはまだ?」
 望は、魔神との戦闘で重傷を負って入院中の万城目千里の容態を尋ねた。
「まだ動けないけど、意識は戻ったからもう大丈夫だってさ。短いけど面会もオッケー」
「良かったですね」
「うん。でも、アシュタルテーが野放しかと思うと、な」
 氷上は拳を自らの平手に打ち付けて握り締めた。
「ホントに今日はありがとう。親父さんによろしくな。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
 氷上は望に向かって軽く手を挙げ、アクセルを踏み込んだ。

「ただいま」
 望は玄関先で呟くように言った。鳴き声をあげて迎えた飼い猫を抱き上げ、喉を撫でてやる。
 リビングからは明かりと笑声が響いている。今夜も、父親の招待した客が来ているようだ。
 父親の和哉が政務次官である関係上、結城家に来客の絶えることは少ない。
「奥さんの手料理、美味いですなあ。一流レストランのシェフ顔負けですよ」
「美人の奥さんに、可愛いお嬢ちゃん、うらやましいですなあ」
「息子がはねっかえりで困っていますの」
「いやいや、男の子は若いうちは多少無茶をするくらいでないと」
 そんな会話の裏の声が望の頭に響く。
(若造が調子に乗りやがって……)
(こいつにうまく取り入れば政府とE.G.O.と両方のコネが……)
(どうせ女房も権力で手に入れたんだろう……)
(娘は化け物……)
 望は猫を抱きしめ、小走りに階段を上がり、自室に転がりこんだ。
 携帯を握り締めてベッドに転がり、布団を頭にかぶる。
「パパはよく平気だよね……」
 父親の和哉も、望ほどではないがテレパシー能力を持っている。しかし、よほどうまく遮断しているのか、あるいは無視しているのか、顔色ひとつ変えずに応対している。
 望は、携帯を開き、タカユキへのメールを打ち始めた。何かに集中することで、煩わしい思念波から逃げることができる。
『今何してますか?メールください』
 送信し、祈るような気持ちで返信を待つ。
 ぶるるっ。携帯が震え、タカユキからの返信がすぐに届いた。
『晩ご飯食ってた。
ノゾミちゃんは?』
『今日友達が……』
 短いメール、長いメール。他愛もないやりとりを続ける。
 その他愛もないやりとりだけが、望がテレパスの苦悩から逃れる方法だった。
 ぶるるっ。
 タカユキから新たなメールが届いた。
 それを読んだ望の顔が青ざめる。
『ノゾミちゃんと会いたいよ』
 携帯を放り出し、ベッドに仰向けになって顔を覆う。
「会ってみたいな……」
 放り出された携帯に猫がじゃれつくのを端に見ながら立ち上がり、窓辺に吊るされた鳥篭へと向かった。
「みんな、キミたちみたいならいいのにね……」
 隙間から指を差し入れ、真っ白い文鳥の頭を撫でる。
「誰かに相談したほうがいいのかな……」

次回予告
結城望のメル友 後編


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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