ばりばりばり!
東海林光が放った特大の稲妻を、フェンリルは、ぴょん、と身軽に飛んでかわした。
予備動作一切なしでの跳躍にもかかわらず、その姿は凍りついてオブジェと化した大木の頂にあった。
「綺麗だねー」
自ら作り出した氷の森に、雷光が乱反射する様を見てぱちぱちと手をたたいた。
光は額に汗を感じると同時に、背筋の冷たくなるのを感じ、ひゅう、と冷たい空気を吸い込んだ。
(まずはここから離れないと)
意識を失って冷たい地面に崩れ落ちた仲間たちにちらりと視線をやって、光はつぶやいた。
これ以上この場でフェンリルの凍結の魔力に晒され続けては、彼女たちの命はないだろう。
ふぃんふぃん!
耳障りな振動とともに光の身体がイオンに包まれる。
ばちっ! ばししっ!
目眩しの電撃を数発、フェンリルに向けて放ち、宙を飛ぶ。ついでに、仲間の身体の周囲にも電撃を打ち込んでおくことを忘れない。
「私の電撃じゃあ、熱量はたいしたことないから、気休めだけどね」
自嘲気味につぶやき、光は加速した。
「あ。待てえー」
ぴたりと耳を伏せ、目を両手で覆っていたフェンリルが、光の逃走に気付いた。
ぷるぷるっと身を震わせると、耳を立てて光の気配を感じ取り、跳躍した。
「さすがダークロア。身軽なんてレベルじゃないわね」
樹の枝から枝へと、猿のように跳躍して追いすがるフェンリルの姿を視界の端に捉え、光は嘆息した。
「私ひとりなら逃げ切れなくはないのに」
ジグザグに飛んだり、急上昇、急降下を繰り返しながら、ぼそりと愚痴る。
しかし、偵察という任務は自分ひとりではこなせないということもわかっている。
今回の強行偵察において、光はリーダーではあるが、役割としては護衛であるという認識をしていた。
「さて、この辺かしらね」
ぐん、と急上昇し、フェンリルの姿を小さく見下ろして光は唇をきつく結んだ。
「ずるいよおー」
眼下では、やや森が開けた広場で、フェンリルが光を見上げて歯噛みしながらぴょんぴょんと跳ねては宙に手を伸ばしている。
「まともにぶつかって勝てる相手じゃないんだから」
光はうそぶいて両手を大きく広げた。
ごろ…ごろごろ…。
空気が奮え、頭上に黒い雲が集まってくる。
ぢぢっ、ばしっ。
稲光を発する雷雲を頭上に控え、光は両手を振り下ろした。
どん! どんどん!
数条の落雷がフェンリルをめがけて迸る。
「一発くらい当たってよね」
落雷は威力は大きいが、コントロールし辛く、森のような場所では高い樹に目標が逸れがちだ。
「いたぃー」
どうやら何発か至近に落ちたらしく、フェンリルは手をぶるぶると振って痛みをこらえている。
「もー、怒ったからねー」
両手を振り上げたフェンリルの足元に白いものが集まっていく。
きしし、めきめき…。
見る間に音を立てて盛り上がっていくそれは、氷の塊だった。
「空気中の水分を集めて氷にしてるの!? 無茶とかいう次元じゃないわね」
光が驚きに目を見張る最中にも、見る間に氷の塊はフェンリルを乗せたまま成長していく。
きし…ぴき…。
かすかに軋み音を立てて氷の塔の成長が止まったとき、フェンリルの視線は光よりも高くなっていた。
「負けないぞぉー」
いいながらフェンリルは大きく息を吸い込んだ。
「やばそ……」
光は危険な気配を感じ取り、身体の周囲の電磁場を強める。
「すぅー、んっ」
フェンリルは思い切り肺を膨らませ、息を止めた。
「ふぅーっ!」
ごっ!
フェンリルは、突き出した唇から猛烈な凍気を光めがけて吹く。
びし! ぴきん!
再び光の身体は氷の鞘に包まれた。
(だから、これはやばいって)
光は、雷撃で自分自身を撃って、氷を砕こうと意識を集中させる。
どがっ! ごっ!
だが、その身体をさらなる衝撃が襲った。
氷の塔の頂上から跳躍したフェンリルが、光を、身体を覆った氷の鞘ごと殴りつけ、蹴り飛ばしたのだ。
「ぐ、うっ」
氷を砕くことで衝撃を分散してしまっているにもかかわらず、フェンリルの打撃は光の意識を一瞬失わせるほどの威力だった。
「先にずるっこしたのそっちだからね」
フェンリルはいいながら、地上めがけて落下する光の身体に馬乗りになり、容赦なくさらなる打擲を加える。
「こ、のおっ!」
どん! どどん!
光は身体を回転させながら、雷撃を四方八方に放つ。
「ふぎっ」
雷撃の直撃を受け、さすがにフェンリルも光から離れる。
しかし、手近な樹上から跳躍し、ひととびで再び氷の塔の頂上に立つ。
べしゃっ。
「はぐっ」
一方の光は、勢いを殺しきれず、砕けて溶けた氷で泥濘化しつつある地面に半身を打ち付けられた。
「く……」
しかし、泥に濡れた長い髪を無造作にかきあげ、すぐに宙に飛ぶ。
「すごーい。お姉ちゃんつよいねえ」
フェンリルは素直に感心したのか、ぱたぱたと尻尾を振った。
「あなたほどじゃないけど、やらなきゃいけない仕事があるの」
いいながら、両手を大きく広げ、頭上の雷雲をさらに大きくする。
「またでっかいびりびり? どーせあたんないのにー」
フェンリルは欠伸をせんばかりの表情を浮かべた。
「的を作ってくれたから、今度は当たるわよ」
いいながら、光は両手を振り下ろした。
どどど! どんどんどん!
今までで最大の雷撃が十数発、雷雲から氷の塔めがけて放たれた。
どしゃっ! がらがらがらっ。
氷の塔が落雷の直撃を受けて砕けた。
周囲の樹も、落雷で真っ二つに避け、倒れていく。
しかしフェンリルは、手近な樹から樹、地面へと段階を追って飛び降り、氷と雷の渦から逃れた。
「ほーらあたんない」
ぴこぴこと耳と尻尾を動かしてフェンリルは笑った。
「今のは氷を狙ったんだから、ちゃんと当たったの」
そういいながら、光は地上に降り、地面に膝と手をついた。
「で、これなら狙う必要ないってわけ」
光の全身が眩い光に包まれた。
光の電撃能力を全開にしたのだ。宙を飛んだり、行く先をコントロールするのに使っていた集中力をすべてつぎ込んで。
「んぎゃっん!?」
氷の塔が溶けた水の流れを伝って、フェンリルの身体を電撃が貫いた。
「むぎ……」
フェンリルが完全に倒れたのを確認して、光は立ち上がって髪をかきあげた。
「んが……」
もぞもぞと動くフェンリルを見下ろし、光は肩をすくめた。
「ダークロアの連中のタフなことったら……ま、目を覚ます前に皆を助けて逃げちゃうのが良さそうね」
そうつぶやいた、光の身体は、すでにふわりと宙に浮いていた。
次回予告
奈々と奈名とナナ