◆奈々と奈名とナナ
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
「それでは、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 放課を迎えた凰学院高等部の正門前では、おとなしい古風なデザインの制服姿の生徒たちが、背筋を伸ばしたまま、頭を深々と下げて互いに挨拶を交わしていた。
 鳳凰と大抵はひとくくりにされているが、鳳が雄、凰は雌である。その鳳をモチーフにしている、伝統ある名門女子校である。
 ゆっくりと頭をあげた斎木奈々は、歩き出した級友たちを目で追いながら、校名の彫りこまれた柱の前で立ち止まった。
 佇む奈々の背筋はしゃんと伸び、かなり長めのプリーツスカートと相まって、どこか近寄りがたい空気をまとっている。
「奈々っ!」
「ひゃっ!?」
 不意に予期せぬ方角から声をかけられ、奈々はすくみあがった。
「奈名さん……驚かせないでください」
 胸に手をあて、呼吸を整えながら、奈々は柱の上を見上げた。
「へへっ。奈々が帰るところが見えたから、教室から直接跳んで来ちゃった」
 そういってひらりと門柱から飛び降りたのは、百地奈名。
 奈々と同じ制服でありながら、まったくちがった印象を与えるほどスカートを短くしているにも関わらず、見事な体さばきで、まったく下着を見せずに着地してみせる。
「教室から……奈名さんの教室は三階ではなかったですか?」
 奈名は、奈々とは学年は違うが同じく凰学院高等部に通っている。凰学院では一年生が三階の教室を使い、以下学年があがるごとに逆に階数は下がるというシステムになっている。
「この学校は高い木が多いから移動しやすくっていいね。最初はお嬢様女子校なんてカンベン、って思ってたけど。女ばっかりなのもかえって気楽だしね。奈々は初等部から凰学なんでしょ?」
 奈々は呆れ顔でぽかんとあいてしまった口を恥ずかしそうに押さえ、うなずいた。
「はい。我が家と縁の深い学校ですから、私のお役目のこともご了解くださって、いろいろと便宜を図ってくださいますから。奈名さんにも気に入って頂けて嬉しいですわ」
「まーその辺はあるよね。授業中消えても何も言われないのは有難いね。おかげでサボり放題」
 奈名はニヤリと笑った。
「まあ……」
 奈々はまた呆れ顔で口をあけてしまう。
「阿羅耶識としての活動への理解を悪用するなんて……」
「煩いことはいいっこなーし。だって昨日戦って今日授業とかやってらんないよ。奈々だって神楽の次の日朝から体育とかきびしーっしょ?」
「それは、そうですけど……」
「今日もお迎え、来るんだよね?」
 口ごもる奈々をよそに、奈名はキョロキョロと周囲を見回した。
「ええ。少し遅れているようですけど……あ、来ましたわ」
 奈々は徐行運転で現れた黒塗りのリムジンに軽く手を振った。
「今日も便乗よろしくーっ」
 奈名はそういって奈々の腕に抱きついた。
「お待たせいたしました……。奈々さま……それに奈名さま?」
 そういって後部のシートから降りて、恭しく扉をあけたのは、シックなメイド服を着せられた、少女型アンドロイド、ナナである。
「ナナちゃん、今日も便乗させてもらうねっ」
 そういいながら、奈名は奈々をシートに押し込み、自分も続いた。
「いまどき毎日往復100キロなんて正直にやってらんないってーの」
 走り出したリムジンのなかで、阿羅耶識から派遣されている運転手とは防弾防音ガラスで仕切られているのをいいことに、奈名はぼやいた。
「その点奈々は送り迎え付きだもんね。同じ斎木一族なのになんでこんなに待遇がちがうのか。そりゃあたしは傍系だけどさあ。奈々はこうしてE.G.O.からの護衛つきリムジンで」
 ナナは、少女型ではあるが、ITSUKIインダストリー最新のアンドロイドであり、その戦闘力はかなりのものだ。
「忍者としての修行なのではないですか?」
 一方、奈々は軽く腰掛けただけで背もたれには触れないまま背筋を伸ばして座っている。
「もう充分やってるってば。あーあ、奈々と入れ替わってたらよかったのにな。名前もおんなじだし」
「そういえば、奈名さんはどうして奈名さんと名づけられたのですか? 私は斎木本家の祀りごとを司る巫女としてこの名をいただいたのですけれど」
「ご先祖の百地三太夫から数えて四代目だから。んで、うちのおかんがE.G.O.の方の斎木の出だから、奈名。男だったら七太夫の予定だったってさ。いまどき太夫って芸者じゃないんだから……」
 こともなげに奈名は言ったが、伊賀忍者の創設者である百地三太夫の名は簡単に継げるものではない。並外れた身体能力のほかに、高い霊力をも兼ね備えているものにだけ許される名跡である。
 それがため、服部半蔵の名は代々受け継がれているが、三太夫以来、百地の名が歴史に出たことはない。
 その百地の名を生まれたときから継ぐことを定められていたということは、奈名の素質が飛び抜けていたことを物語っていた。
「ねえ、ナナは?」
 だが、当の奈名はそんなことはまったく気にした様子もなく、リムジンのシートに身体を沈めて柔らかいその感触を楽しみながら、奈々の隣に座っているナナに尋ねた。
「ワタシたちの型番の開発コードがITSUKI-7なんです……そこから名付けていただきました……」
「それでナナ? あたしとおんなじかあ」
 どさっと音を立ててシートに座り込み、奈名はため息をついた。
「もうちょっと愛情のこもった名前がよかったなー。ねえ?」
「そんなことないです……アンドロイドのワタシに名前を付けてくれたことだけでも感謝してます……」
 ナナはもじもじとエプロンドレスの裾をいじりながら、つぶやくように答えた。
「ふーん、そんなもんかあ」
「奈名さんのお嬢さんに良い名前をつけてさしあげればよろしいのでは?」
「ん? あたしの娘にってこと?」
 奈名は目をぱちくりさせた。
「はい」
「なるほどねー、考えたこともなかった。そんなこと。奈々は何か考えてたりするの?」
 奈名の言葉に、奈々はつと目を伏せた。
「それは……」
「奈々ったら乙女チックなんだから。好きな人の名字に合わせて、とか考えてるんじゃないの? 女の子ってそーゆーの好きだよね」
 奈名は自分のことは棚にあげ、口ごもる奈々に詰め寄った。
「それは……本家の巫女たる私には望むべくもないことですから……」
「…………」
 車内に気まずい空気が流れた。
「いいじゃん。戦いとか役目とか放りだして、好きな人と逃げちゃえば」
 その空気を引き裂くべく、奈名は言い放った。
「そんなこと……」
「それは……許されません……」
 ナナと奈々は口々に言った。
「ふーん。ナナにもそういう人がいるんだあ? あたしは奈々の話のつもりだったんだけどお?」
 奈名はニヤニヤと笑いながらナナに詰め寄った。
「えっ!? あっ、ワタシ……」
 ナナは真っ赤になってエプロンの裾をくしゃくしゃと握りしめ、深くうつむいてしまう。
「あははっ、アンドロイドでも女の子だもんね」
 笑いながら、奈名は車のウィンドウを開け、走行する車からひょいと飛び降り、ほとんど同じ速度で走り出す。
「ここらでいいや。じゃ、また明日ねっ」
「ごきげんよう、奈名さん」
「お気をつけて、奈名さま」
 走りながら手を振る奈名に、奈々とナナは会釈を返す。
 奈名はさっと手を振り、一気に加速して見えなくなった。
「ふう……」
「はふ……」
 奈々もナナも、追求が止まったことにほっとしていた。だがそこに、奈名の声が届いた。
「ふたりとも、駆け落ちするときは教えてねーっ。伊賀忍軍総出で手助けするからねっー」
「忍さんがそんなこと許すとは思えませんけど……ナナさんはいざというときはそうなさい」
 奈々はそういって苦い笑みを浮かべた。
「奈々さま……」
 ナナは困惑の表情で、窓の外に向けられた奈々の横顔を見つめるのだった。

次回予告
魔王転変 第六天魔王信長


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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