◆マッド・ティー・パーティ
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 うららかな春の昼下がり。E.G.O.の中枢である斎木家の屋敷の庭に、純白のガーデンファニチャー一式が据え付けられている。
 涼しげなレース編みのテーブルクロスのかけられたラウンドテーブルを囲んで、複雑な意匠のガーデンチェアに腰掛けているのは、少女ばかり4人。
 テーブルを中央に座り、それぞれ隣の少女と手を繋いで輪を形作っている。全員瞼をとじてかすかに眉根を寄せ、何かに精神を集中させている。
 ファニチャーとお揃いで誂えたかのような純白レースのワンピースを着ているのは、一色真純。隣の少女と握り合った手が不思議な柔らかい光を放っている。
「ブライト・パーム」の異名で呼ばれる、広範囲に効果を及ぼすが、自分ではコントロールできず、殺傷能力もないという、特殊な精神攻撃能力を持つテレパスだ。
 真純の右隣にいるのは、セーラーカラーの制服を着た少女、結城望。E.G.O.はもちろん、世界でも一、二を争う強力な精神攻撃力の持ち主だ。
 冬服のままの制服が陽気に合っておらず、望の首筋はうっすらと汗ばんでいる。
 両隣から手を握られていながら、先ほどからもぞもぞと身体を動かして落ち着かない様子の少女は外園今日子。真純とは対照的に黒いレースのワンピースを着ており、大きく開いた襟刳りから覗く、細い首と鎖骨の浮き出た肌の白さを際立たせていた。
「いったん休憩にしましょう。今日子さんがもう限界のようですし」
 そういって左右異なる色の目を開いたのは、万城目千里。どこかで上着を脱いできたのか、望と同じく制服姿でありながら、無地のプリーツスカートにブラウスと棒タイのみの上、ブラウスの袖を細い二の腕の上まで捲り上げて涼しげだ。
 千里の言葉に望も集中を解き、ふーっと細い吐息を漏らした。
 今日子は緩んだ千里と望の手を振り解くとガーデンチェアから飛び降り、緑鮮やかな芝生の上に不可思議な態勢でくたくたと座り込んだ。
「うわぁ。やわらかぁい」
 そんな今日子の姿を見て、真純が感心するように呟いた。
「柔らかいっていうか、なんていうか……」
 望は今日子の普通なら無理のある姿勢にも、おっとりした真純の口調にも呆れ顔だ。
「この子には関節がここまでしか曲がらない、といったような身体感覚に対する認識がないんでしょうね」
 千里は左右の指先で軽くこめかみを揉み解しながら、答えるともなしに答えた。
「外界への興味を捨てて、ずっと心を捨てて自分を守っていたのですから。この子にとっては自分の肉体ですら外界だったのね」
「心を捨てて……?」
「そう。あまりにも幼い時期に感受性の強いテレパシーに目覚め……それをコントロールできなかった今日子ちゃんには、身を守る方法はそれしかなかった。そうしなければ、『ちから』に心が押しつぶされていたでしょうね」
「…………」
 望自身にも覚えのある話だった。
「そうやって、心を捨ててほとんど無になった結果、彼女は何者にも影響されない自我を手に入れた。ほとんど動物のような心を自我と呼んでもいいのなら、の話だけれど」
 不自然な姿勢でよだれを垂らして眠りはじめてしまった今日子を見つめながら、千里は呟いた。
「…………」
「そんなにしんみりしないで? 確かに彼女は珍しいケースだけれど、逆に言えばこうして生きていることそのものが奇跡のようなものなんだから」
 千里は頬を歪めた。
「さあ、お茶でも入れてもらいましょう。ケーキか何か、甘いものもたっぷり食べなくちゃ。『ちから』は物凄いカロリーを消費しますからね」
 重い空気を振り払うように、千里はぱん、と大きく手を叩いた。
「甘いものを好きなだけ食べても太らない。それぐらいの役得がなくちゃ、テレパスなんてやってられないもんね」
 望もそういって無理矢理頬を緩めた。と、そのとき。望は背後に、空気が歪むかすかな振動を感じて振り返った。
「はい、ケーキセット四人前」
 そこには、千頭さとりがウェイトレス姿で、銀製のお盆を持って立っていた。
「タイミングばっちりでしょ?」
 いいながらテーブルの上にティーカップやケーキを並べ始める。
「ん〜いい香り。時間ぴったり」
 そういってティーポットから紅茶をカップに注いで行く。
「まだ、誰も頼んでません、よね……?」
 真純は千里と望の顔を交互に見た。
 テレパシーで頼んだにしても、早すぎる。
 だが、千里は苦笑しながらガーデンチェアに戻った。
「また、『巻き戻し』たんですね?」
「そういうのとはちょっと違うんだけど。何て言ったらわかってもらえるかなあ」
 さとりは、人差し指でヘッドドレスをつけた額をつつきながら、少し考えた。
「時間の流れって、映画のフィルムみたいなものなのね。それをちょっと切って余分なところを捨てて繋ぎなおしたり、ぜんぜん別のところと繋いだりする感じ。わかる?」
 さとりは、時間跳躍というこれも稀有極まる特殊能力を持っている。他に例がないだけに、その説明には常に苦労している。
「あんまり違うようには聞こえないんですけど」
 自分だけの能力を他人に説明する難しさを知っている真純は、苦笑しながらもそれ以上の追求はしない。
「まあ、そんな感じってこと。さ、早く食べないとお茶の美味しい時間が終わっちゃうよ?」
 いいながらさとりも椅子を引っ張ってきてテーブルにつき、ケーキをフォークでつつき始める。
「さっき四人前っていってませんでしたか?」
 千里は苦笑しながら、きちんと五人分のケーキセットが並べられたテーブルを見た。
「並べてたら美味しそうだったから。ちょっと『繋ぎなおした』の」
 さとりはぺろりと舌を出し、そのまま生クリームをそのピンク色の味蕾に乗せた。
「美味しー! んー、さすがは斎木家御用達。みんなも早く、ね?」
 そういって、さとりは望たちにケーキと紅茶を勧めた。
「今日子ちゃん、こっちにもっと美味しいものがありますよ」
 千里はそういって、起き出して、テーブルの下に潜り込んで、捕まえた蝶の羽を齧りだしていた今日子の腰を軽く抱き、羽をもがれた蝶を今日子の口から奪い取る。
「うわぁ」
「猫みたいですね」
 望と真純はそれを見てそれぞれの反応を見せる。
 今日子は一瞬だけ千里の手に抵抗するそぶりを見せたが、すぐにおとなしくなって椅子の上に人形のように座らされるままになった。
 そして、今度はティーポットに興味を引かれたのか、テーブルの上に身を乗り出していく。
 それを察知してか、さとりはさっとティーポットを今日子の目の前で取り上げる。
「お代わりはいかが? たっぷりあるよ。ケーキもね」
 そういって軽くウィンクしてみせる。
「またやったんですか? あんまりやると能力の無駄遣いだって叱られますよ?」
 今日子にケーキを食べさせてやっている千里は苦笑した。
「いいの。使ってないと鈍るじゃない?」
「第一、この屋敷にメイドなんていくらでもいるのに、わざわざさとりさんが給仕することないじゃないですか」
「ほら、ナナが本家に行ってるじゃない? だから代わりのボディーガードを兼ねて、ね。ひかりちゃんの様子も聞きたいし……」
 そういったさとりの瞳は、ケーキに齧りつきながらも真剣な色を帯びた。
「心配ないです。連絡は取れました。ちょぉっと遠かったし、結界が何重にかあったので、少し手間取りましたけれど」
 真純が答えた。
「さすが。E.G.O.が誇るテレパシストをこれだけ一辺に集めた甲斐があったね」
 さとりは唇を尖らせて鳴らない口笛を吹いた。
「この際なのでヨーロッパ方面も回ってくるそうです。もう一度逆に突破するより、そのままアメリカから太平洋を回って帰るつもりだとか」
「ひゃー、頑張るなあ。それって世界一周じゃない?」
 真純の報告に、さとりは肩をすくめた。
「で、帝国の本拠地はどうだったって?」
「どうも、大規模な作戦の気配があるそうです。それで、ダークロアとWIZ-DOMにも接触して情報交換をしてみると」
「大規模な作戦?」
 さとりの手が止まった。
「ごめんなさい、詳細はわからないんです。一休みしたら、もう一度接触してみます」
 そういった千里と、望、真純は軽いうなずきを交わす。
 その傍らで、今日子だけが無邪気にケーキを両手で弄んでいた。

次回予告
十将軍十番勝負


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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