ぱららっ、ぱらららっ!
アサルトライフルの軽い印象の銃声が響いた。
ぎしゃあぁぁあっ!
その銃声をかき消し、巨竜の咆哮が轟いた。
逞しい尾の一振りで、十数人の兵士が吹き飛ばされ、次々に襲い掛かる三つの巨大な顎に、まとめて噛み砕かれていく。
アメリカ大陸を制圧するアトランティス王国。その守りの要、三つの首を持つ黄金の巨竜、ギアンサルと、アメリカ軍の残存兵との戦いである。
次元を越えていきなり懐に出現した極星帝国に対して、アメリカ軍はもろかった。
自国中枢に核を打ち込むわけにもいかず、アトランティス対アメリカ軍の戦いは原始的な争いに終始したあげく、ドラゴンやアンデッドによる軍勢に圧倒された形で小康状態を迎えている。
こうして散発的な反撃や抵抗は試みられるものの、あっさりと跳ね返されて終わっている。
残存兵とギアンサルの勝負はあっけなく決し、ギアンサルはゆったりと食事に移った。
三つの首が協力し合い、器用に邪魔な武装を剥ぎとっり、柔らかい腹部だけをたいらげていく。
後に残った無残な死体は、ギアンサルの周囲にいたドラゴンたちの食事になる。
ぎゅるん。
食事を終え、一本の首を残して休息に入ったギアンサルの、背中の瞳が突如動いた。
「ビホールドドラゴン」睨む竜。ギアンサルの異名の元となった、背中についた巨大な一つ目である。
その瞳の先には、暗雲が浮かんでいた。
ぎらり。
その目から、一筋の虹色の光が放たれた。
光を浴びた黒雲は、見る間に文字通り雲散霧消していく。
後には、蝙蝠とも竜ともつかぬ羽根と、尻尾を備えた怪しい影。
「図体だけではないということか」
槍とも鎌ともつかぬ奇怪な武器を携えたその異形の影の名は、ルシフェル。
かつてはイレイザーに所属し、地球攻撃の尖兵となっていたが、イレイザーを離反し、ダークロアの一員として活動している。
「まともにやりあっては、こちらもただでは済まないか」
ルシフェルは軽く息を吐くと、両手を緩やかに広げて呟くように、歌うように呪文を発した。
「我が元に来たれ、ベルゼバブの僕、百万の軍、千万の兵」
ぶぶぶぶぶ!
ルシフェルの召還によって、再び黒雲が広がっていく。いや、それは雲ではなかった。雲に見えたその正体は、すべて蝿であった。無数の蝿が、ルシフェルの背後、天空を覆うかのように広がって行く。
ごおおおお! ぎしゃああ! くおおおぉん!
それに反応し、ギアンサルの三つの首が一斉に咆哮する。
ギアンサルのおこぼれを貪っていたドラゴンたちは、翼をひろげて逃げ去って行く。
「あまり、時間をかけてはいられないのでね」
蝿の大群を従えたルシフェルはそういって、ギアンサルに向かって急降下していく。
ごうっ! ごうっ! ごうっ!
ギアンサルの首が次々に炎の息を放って迎え撃つが、一部の蝿が焼かれて散るだけで、ルシフェル自身には届かない。
どすっ!
ルシフェルの構えた鎌槍がギアンサルの背中の瞳の中心に突き刺さる。
ぎぃいいいいい!
ギアンサルの苦痛の咆哮が轟き、必死に自分の背中のルシフェルを攻撃するが、すべて蝿に阻まれてしまう。
それどころか、ルシフェルのつけた傷に蝿が群がり、傷口を広げていく。
「苦しませはしない」
無表情にそう呟いたルシフェルは、鎌槍を抜き、構えなおす。
きしゃああっ!
「む!?」
そこに、先ほど逃げ去ったはずのドラゴンたちが襲い掛かった。
ルシフェルは羽根を羽ばたかせて宙に飛び、鎌槍を振るって次々に切り殺し、刺し殺していく。
だが、ドラゴンは次々に増えていく。明らかに、逃げ去ったドラゴンよりも数が増えていた。
「新手か」
ルシフェルが見上げた先には、黒竜、白竜、赤竜、青竜。色とりどりのドラゴンが飛来してきていた。
その先頭に、一回り立派な体躯の金竜。その背には、黄金色のドラゴンを模した鎧に身を包んだ1人の男。
「十将軍のお出ましとは」
ルシフェルは鎌槍の一振りでさらに一匹の竜を倒し、呟いた。
「お初にお目にかかるな。オレは、極星帝国の十将軍、アトランティスのシャルルマーニュ・ラスタバンだ。そちらは魔王ルシフェルとお見受けするが?」
ギアンサルの傷口にちらりと視線を走らせ、シャルルマーニュはルシフェルの目をまっすぐ見た。
シャルルマーニュ・ラスタバン。ドラゴンロードの称号を持つ彼の名は、アトランティス王家に伝統的なシャルルマーニュの名と、皇帝より賜った竜座の恒星の名から成っている。
シャルルマーニュはゲオルギウスと並んでアトランティス王家の男子にはポピュラーな名である。
それぞれこちらの地球の歴史ではカール大帝、竜退治の聖ゲオルギウスとして知られる名である。おそらく、異次元の歴史では、ドラゴンを従え、王国を成した一族に由緒ある名として伝わっているものだろう。
「その通り」
ルシフェルは言葉少なに応じ、鎌槍を構えなおす。
「そちらから来てくれたので、探す手間が省けた。もっとも、ドラゴンたちには言い含めてあったからな。遅かれ早かれ網にかかっただろうがな」
柄から鍔にかけて、やはりドラゴンを模した象嵌のなされた大剣を鞘から抜きながら、シャルルマーニュは言った。
「ドラゴンロードは案外おしゃべりだな」
ルシフェルは隙を窺いながら言った。
「そういうつもりはないのだが、おまえには殺す前にひとつ聞いておきたいことがあってな」
「聞きたいこと?」
「おまえも、ラファエルやガブリエルと連絡を取っているのか?」
「何? どういうことだ」
「関係ないか。それならいい。もともとおまえはイレイザー撤退前にダークロアに寝返ったとは聞いていたからな。可能性は低いと思っていた」
「なるほど。あのふたりが通じているということか」
「聡いな」
「やつらの考えそうなことだ。どちらがどちらの間諜なのかは知らんが」
「あるいは、ふたりとも」
シャルルマーニュの言葉を聞いて、ルシフェルの顔色が変わった。
「まて、それは」
「これから死ぬおまえには関係ないことだ」
「……私を簡単に殺せると思うなよ」
ルシフェルの周囲に蝿の大軍が集まり、ルシフェルの周囲で巨大な蝿のシルエットとなる。
対するシャルルマーニュの周囲にも、ギアンサルをはじめとするドラゴンたちが集まり、鳥が翼を広げたような陣形を取って宙に浮かぶ。
ぎしゃあああ!
ギアンサルの咆哮を合図に、ふたつの軍勢が正面からぶつかった。
数分の後、そこに立っていたのは、兜が割れ、額に深い傷を負ったシャルルマーニュだけだった。
傍らのギアンサルは首が一本までに減り、地面にうずくまったまま動こうともしない。
「さすがは魔王……」
シャルルマーニュは、疲れ果てた風情で腰を下ろし、ギアンサルの鱗に背をもたれかけさせるのだった。
次回予告
十将軍十番勝負 その2 妖精の森