◆十将軍十番勝負 その2 妖精の森
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 グレートブリテン島はノースウェストハイランド。
 風に踊る葉擦れと、鳥の声が遠く空に吸い込まれて消えていく草深い森の中に、カウス・ボレアリスはいた。
 カウス・ボレアリス。極星帝国の誇る十将軍のひとりであり、オーストラリア大陸を支配するアルフハイム王国の勇者。
 高地の薄く冷たい空気に、カウスの銀髪がかすかに揺れている。
「エルヴン・ロード、シルマリル……」
 用心深く弓矢を構えたカウスはつぶやいた。
 その音の組み合わせはカウスにとってはひどく違和感をもって響いた。
 なぜならば、極星帝国のアルフハイムにも、シルマリルは存在するからだ。
 強力な魔力を持つ、おそらく唯一カウスと対等に戦い得る、エルフの女魔法使いとして。
 この地球が、極星帝国側の地球とは異なる歴史をたどった平行世界の地球である。
 女吸血鬼のエルジェベートなど、同一人物が同時に存在する例もいくつか知られている。
 シルマリルがこの世界に、もうひとり存在したとしても、なんの不思議もなかった。
 だが、カウスを戸惑わせたのは、彼女がロードを名乗っていることだった。
 おそらく、何らかの理由でこの世界にはカウスが存在しないか、少なくともロードにならなかった。その結果、シルマリルが女の身でロードに選ばれたのだと推測できた。
 それを知ったカウスは、単純だが、興味を覚えた。
 戦ってみたい、と。
 アルフハイムにおいては、ロードとメイジ、女王ティタニアを支える両腕として、その欲望は果たされることはあり得ない。
 いかにカウスとて、そんなことは考えたこともなかった。
 だが、地球の、ダークロアのシルマリルであれば全力で戦い、どちらが倒れようとも問題にはならない。
 そして、もうひとつ。もしシルマリルを誰かが倒さなければならないのならば、他の十将軍の誰に倒されるのも不愉快だった。
 カウス自身の手で、と自然に思った。
 グレートブリテンそのものは、アーサー王の領土である。その奥地に出向いてでも、シルマリルと戦うことをカウスは選んだのだった。
 といっても、妖精の森の奥、次元の狭間に通じる秘密の抜け道を通っての移動であり、さして時間も手間もかかってはいない。
 ざざっ。
 梢の枝が不自然に揺れた。
 その音をカウスは聞き逃さない。
  びょう!
 そこしかあり得ない針の先ほどの枝の隙間を縫って、カウスの放った矢が飛んでいく。しかも、そのときには既に次の矢がつがえられている。
 かっ。
 乾いた音が響き、矢が切り払われた。
 そこに向けて、カウスは文字通り矢継ぎ早に矢を射こむ。
 ざざざざっ。
 しかし、矢を避けているとは思えない速度で、葉擦れがカウスに近づいて来る。
 カウスは足音を消して走った。
 葉擦れの主が、カウスが矢を射た地点にたどりついたとき、その場所を狙い打てる位置へと。
 音もなく樹上へと登り、太い枝にしゃがみこんだカウスは、狙いを定めて弓を引き絞った。
 つ……。
 その首筋に、冷たい刃が当てられた。
「!」
 カウスの身体が固まった。
「森の中で、オレの後ろを取れるヤツがいるとは。葉擦れはオレに聞かせるための囮だったんだな」
「あなたの耳が良くて助かったわ」
 刃の主はぐい、と刃をカウスの喉に押し付けた。
「女か」
 澄んだ声と、背中に当たる柔らかい感触にカウスは唇を歪めた。
「弓矢を捨てて。名前は?」
「カウス。極星帝国将軍、カウス・ボレアリスだ」
 それを聞いて、刃に込められた力が緩んだ。
「サーウァン!?」
 驚きと戸惑いの声が漏れる。
 だが、刃の主が発した言葉に、カウスも驚愕していた。
「何故オレの名を知ってる!?」
 カウスは身をよじって相手を確認しようと試みる。
 と、刃が喉から離れ、刃の主もカウスからゆっくりと離れた。
 カウスはくるりと身を反転し。油断なく弓矢を構えて刃の主に向き合った。
「シルマリル……」
 カウスは声を漏らした。軽いが丈夫で、かつ音を立てない蝋で煮込んだ革鎧を身に着け、長剣を携えたそのエルフの少女の顔は、カウスがよく知る、アルフハイムのシルマリルに酷似していた。
「……あたしは、シルマリル。ダークロアのエルブン・ロード、シルマリル」
「そんなことはわかってる。オレが聞きたいのは……」
 カウスの言葉をシルマリルは遮った。
「そして同時に、アルフハイムのエルブン・メイジ、シルマリル」
「何だと……!?」
 カウスは目を見開いた。
「どういうことだ? 同一人物だとしても……」
「私たちエルフは、もともと次元の狭間に生きている存在でしょ? そのせいかどうかはわからないけれど……私は昔から二つの世界に同時に存在していたの」
「昔から……?」
「といっても、お互いの存在を知っている二重人格のような……夢を見ながら起きているような? そんな感覚だったのだけれど。それが……極星帝国の侵攻と同時に、ぴったりと重なって」
「それじゃ、あの時から、おまえはずっと……?」
「妖精の穴でアルフハイムとハイランドを行き来して……」
「待て、ティタニア様は? こちらにもティターニアがいると聞いてるぞ。ティタニア様もおまえと同じように?」
「いいえ。それとなく尋ねてみたのだけど、女王様は同一人物ではないみたい。こちらのティターニア様は何度か殺されて生まれ変わっているせいだと思うのだけど」
「……おまえを殺せ、と十将軍に命令が下されたのは知っていたはずだな?」
「ええ。でもまさか、あなたが来るなんて……おそらく、ランスロットだろうと思っていたのに」
「まいったな……」
 カウスは顔をしかめて頭をかきむしった。
「こんなことが皇帝に知れたら……いや、将軍のひとりにでも……それに、オレの任務がなあ……」
 しばらく考えて、シルマリルは言った。
「いいわ。私を殺したことにすれば」
「それは……」
 カウスは口ごもる。
「しばらく、アルフハイムのシルマリルとしてだけ行動することにすればいいでしょ?」
「まあな……それで誤魔化せるとは思うが……」
(おまえと戦えると思ったんだがなぁ。もうひとりのエルブン・ロードと)
 カウスは、脳裏にふっと浮かんできた言葉を呑みこんだ。
「……サーウァン。ひとつ、聞いてもいい?」
「うん……?」
「あなたの忠誠は、極星皇帝のもの? ティタニア様のもの?」
 小首を傾げたカウスに、シルマリルは尋ねた。
「どっちでもないな」
 カウスは即答する。
「オレは、エルブン・ロードだ。オレが考えるのは、妖精の森のことだけだ」
「……私と同じね。それならいいわ」
 シルマリルはうなずいた。
「相談があるの。ひとつ、大きな計画が動き出そうとしているの……」

次回予告
十将軍十番勝負 その3 ペルセウスの三者面談


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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