「こんなところで始める気ですか!?」
極星帝国将軍ラユューの宣戦に対し、ガブリエルは眉をひそめた。
「ガブリエルさま、ここは私が」
榎本アンナが、ガブリエルをかばうようにラユューの前に進み出た。
「キミの相手はボクだ」
だがそこに、百武ケイトが手刀をふるって割って入る。
「!」
「ケイトくん!」
皆口茗子が驚きの悲鳴をあげるなか、アンナはしなやかにステップを踏んでケイトの手刀を回避する。
「………………」
ケイトを睨むアンナの身体が光を発し、次の瞬間、その背に輝く純白の翼が広がっていた。
「アンナ、気をつけて」
「わかっています」
うなずき交わすアンナとガブリエル。
「他人の心配か」
嘲るようにいう、ラユューの姿がゆっくりとふたつに分かれる。
「ぶ、分身?」
あんぐりと口をあける茗子をしり目に、二体のラユューがガブリエルに襲い掛かる。
ぶわっ!
ガブリエルの周囲に目映い純白の羽根が舞い、ラユューの攻撃をいなす。
「アンナ、ここでは迷惑がかかります。結界を張りますよ」
ラユューと対峙しているガブリエルの言葉に、アンナはうなずいた。
ざざざざざ……。
ふたりの天使の翼から、無数の輝く羽根が舞い散り、溢れる光に四人の姿が包まれる。
「アンナちゃん! ケイトくん! ガブリエルさん!」
手を揉みしだいて叫ぶ茗子の目の前で、四人の姿は消えた。
「どどどど、どーしよー!?」
茗子はかりかりと爪を噛んだ。
「そうだ! しょーちゃんのおにーさん!」
ぽん、と手の平をたたき、茗子は駆け出した。
「これでもう、遠慮はしませんよ」
結界の中央に、アンナとふたり並んで浮かんだガブリエルが、眼下のケイトとラユューを見つめた。
「それはこちらとて同じことだ」
うそぶくラユューの額の瞳が瞬き、ラユューの服が、保護者然としたスーツから、薄い布地のトーガに、不似合いな黄金の篭手を装備した姿に変わった。
「あの目の幻術ですね。何をしてくるかわかりません。気をつけて」
翼を羽ばたかせてラユューへと向かうアンナに、ガブリエルは言葉をかけた。
「はい。ご心配なく」
軽くうなずき、ラユューに向かって、アンナの身体が虚空に光の線を描いた。
「あう!?」
しかし、青白い光に眩惑され、立ちすくむ。
「キミの相手はボクだといったはずだよ」
髪をかきあげ、額の第三の目をむき出しにしたケイトがいった。
「……アンナ、さがりなさい」
翼をゆったりと羽ばたかせて、ガブリエルが前に進み出る。その身体は目映い光を発し、その気迫が数倍にも膨れ上がったかに感じられる。
「あなたがたでは、全力の私には勝てませんよ」
ガブリエルは悲しげにいった。
しかし、ラユューは軽く眉をあげただけで、ケイトに向かって肯いてみせる。
「ならば、全力を出させなければ良いのだ」
そして、ケイトとラユューは声をそろえて呪文を唱えた。
「アンチ・マジック・シェル」
ふたりの足元から、結界じゅうに金色の光が広がった。
その光が届くや、ガブリエルの身体を覆っていた気迫がかき消える。
「これは……?」
自分の身体を抱きかかえるように二の腕をつかんで、ガブリエルはいぶかしんだ。
「おまえの魔力は封じた。こちらの術もほぼ使えなくなるがな」
ラユューの言葉に、ガブリエルは唇を咬んだ。
「相打ち覚悟なのですね」
アンナがケイトをにらみつけた。
「ボクはね。けれどラユュー様にそんなことをさせるわけにはいかない」
「……私にはこれがある。皇帝陛下よりお借りした、無限の力を持つ魔法の篭手」
そういって、ラユューは黄金の篭手を装着した拳を、アンナとガブリエルに向かって突きつけた。
「インフィニティ・ガントレットが」
「それでは失礼」
背広姿の東海竜王敖広と、詰襟姿の南海竜王敖紹は、そろって頭を下げた。
「……ふう。肩が凝ったぞ……」
扉を閉めて廊下に出た敖広は、ネクタイの襟元を緩めた。
「あ、いたいたっ! しょーちゃーん、たいへんたいへーん!」
そこに、茗子が走ってきた。
「茗子。どうした」
「お、おにーさんも来てくださいっ」
茗子は二人の竜王の手を掴んで走り出した。
「だから、いったい何が?」
やむなく一緒に走りながら、敖紹は尋ねた。女子中学生に手を引かれて走る敖広も憮然とした表情を隠さない。
「ガブリエルさんとアンナちゃんが襲われて、光って、消えちゃって!」
「襲われて? 誰に」
「ケイトくんと、ラユューって人に!」
「ラユュー?」
きょとんとする敖紹。
「十将軍か! 極星の!」
一方、敖広は表情を引き締めた。
「こんなところで襲ってくるか」
「そうなんですよー、あたしもーびっくりしちゃって。しかも、ケッカイとかいってみんな、ぱーって光って消えちゃうし……」
「それはそれで厄介だな」
敖広は眉をしかめた。
「結界を破ればいいんじゃないか?」
「簡単に破れるようでは結界とは言わん。まして、ガブリエルなりラユューが張ったとなれば一筋縄ではいかんぞ」
「……で、その結界はいったいどこに?」
敖広の言葉に口ごもった敖紹は、茗子に尋ねた。
「あ、いっけない、通り過ぎてた……」
「茗子!」
「ごめんごめん! あ、ここ、ここ」
「ふむ……」
敖広は緩やかに腕を広げ、目をつぶった。
「確かに、ここに結界があるな。どうも弱まっているようだ。これならなんとかなるぞ」
敖広はうなずいた。
「今からオレが結界に穴を開ける。穴が開いたら、オレは穴を維持するので手一杯になるだろう。だから敖紹。おまえが行くんだ」
「わかった」
「あたしも行くぅ!」
固い表情でうなずく敖紹に、ぴょんぴょんと跳ねて手を上げる茗子。
「元気なお嬢ちゃんだ」
敖広は苦笑しつつ、結界に意識を集中させた。
どがっ!
黄金の篭手が、ガブリエルの背中を打った。
「か、はっ!」
ガブリエルはうめいて地面にたたきつけられ、再びうめき声をあげる。
「ガブリエルさまっ!」
悲鳴をあげてアンナはガブリエルに駆け寄ろうとするが、その前にケイトが立ちふさがる。
「決着だな。すぐにキミも後を追わせてあげるよ」
「ガブリエルさまがやられるはずがありません」
アンナは血が滲むほど唇を噛み締めた。しかし、ガブリエルは力なく翼を広げたまま倒れ、ぴくりとも動かない。
「さすがに疲れた。私も手伝う。すぐに終わらせて引き上げるぞ」
ガブリエルに一瞥をくれたラユューは、そういってケイトとふたりでアンナを挟み撃ちする位置に移動する。
だが、そのとき、ばりばりと音を立てて結界が裂けた。
「アンナちゃん!」
「百武ぇっ!」
その裂け目から、茗子と敖紹が飛び込んできた。
「……おまえたち。ラユュー様。先ほどのE.G.O.の娘と南海竜王です」
「では、結界を破ったのは東海竜王か」
「そうだよー!」
ケイトの言葉を受けてつぶやいたラユューに、茗子はぶんぶんと頭を上下に振ってうなずいた。
「さすがに二連戦は無理だな。引き上げるぞ」
「はい。ラユュー様」
うなずいたケイトの第三の目から、目映い光が発せられた。
「うあっ!」
「んっ」
「まぶしっ」
油断無くケイトとラユューを見つめていただけに、アンナ、茗子、敖紹の三人ともひとたまりもなかった。
そして、三人が眩惑から回復したとき、ラユューとケイトの姿はなかった。
「ガブリエルさまっ! ガブリエルさまあっ!」
虚空に、アンナの絶叫が悲しく響くのだった。
次回予告
十将軍十番勝負その4 三大魔女VS三大名将