◆十将軍十番勝負 その4 三大魔女VS三大名将 中編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
「地獄の底に吹き荒れるゲヘナの火」
 エレクトラ・ウィルの声が響きわたる。
『地獄の底に吹き荒れるゲヘナの火』
 エレクトラとともに、地面にくっきりと刻み込まれた魔法陣を囲んだ、イオ・プロミネンス、レダ・ブロンウィン、カサンドラ・ソーンが唱和する。
「灼熱の冷気、凍てつく業炎」
『灼熱の冷気、凍てつく業炎』
 極星帝国のアレクサンダー大王率いる、マケドアニア大王国軍の侵攻を迎え撃った四魔道師が、一気に戦況を覆すべく、儀式魔法を行っているのだ。
 しかし、四人の額には冷や汗が浮かんでいる。
 儀式魔法のための集中によるものではない。戦況がはかばかしくないためだ。
 カサンドラの立てた作戦通り、ハンニバル率いる歩兵をイオとレダの別働隊で崩しはしたものの、ハンニバルの再編は彼女たちの予想を超えて素早かった。
 また、テムジン率いる騎馬隊の侵攻速度にいたっては、一度の突撃にあきたらず、二往復、合計四度に渡る横撃を行い、ハンニバル隊の到着前にゴーレム部隊を壊滅させるほどだった。
 このため、ゆっくりとしかし着実に侵攻してくるハンニバル隊の前に、撤退を余儀なくされ、現在は別働隊のホムンクルスを犠牲に、なんとか儀式魔法を行う時間を稼ぎ出そうとしていた。
 しかも、ハンニバルとテムジンの部隊はマケドニアにとっては別働隊である。その後ろにはまったく無傷の、アレクサンダー大王本人が率いる本隊が丸々残っているのだ。
『タイミング的にはギリギリ。でもそれを利用して本隊まで一気に焼く』
 カサンドラはそう告げた。
 しかしそれは逆に、それしか方法がないことも意味していた。
 今も、ホムンクルスたちがハンニバル隊に蹴散らされている。武器のぶつかる音、雄叫び、肉を切り裂く音が、じわじわと近づいてきている。
「大地を砕き天を割り、地上に吹き荒れよ」
『大地を砕き天を割り、地上に吹き荒れよ』
 詠唱を続けながらも、四人は歴史に名高い名将率いる軍隊の恐ろしさを骨身に染みて感じ取っていた。
「我が召喚に応えよ、ゲヘナの炎」
『我が召喚に応えよ、ゲヘナの炎』
 詠唱が終わった。
 ごおっ! 魔法陣がばっくりと割れ、その中に異空間への道が開いた。
 その虚空から、白い炎が渦を巻いて吹き上がる。
「間に合った……」
 レダは手の甲で額にじっとりと滲んだ冷や汗を拭いた。
「マジ、ギッリギリ〜」
 イオは大きく息をついた。
 エレクトラとカサンドラはぺたりと地面に座り込んで、声も出ない様子だ。
 ごおおっ!
 四人が召喚した地獄の炎は、ホムンクルス隊を蹂躙していたハンニバル隊を覆いつくした後、四方に広がっていく。
 テムジンの騎馬隊、そしてアレクサンダーの本隊にまでその渦は届いた。
 ハンニバル隊の兵士たちはばたばたと声も無く倒れていく。
 テムジン隊は、兵士よりも騎馬にその被害は甚大だった。
 ゲヘナの炎は、物理的な火ではない。精神を焼く、まさしく地獄の炎だ。
 それに焼かれたものは、心の弱いものならば即死、死ななかったものにしても、当分は身動きできなくなる。
「……今」
 顔を上げたカサンドラが、か細い声を搾り出した。
「そ、そうだな」
 レダは、はっとした表情でうなずき、風に乗って別働隊の元へ急ぐ。
「どうしたっての?」
 慌てて後を追うイオに、レダは叫んだ。
「今が、逆襲のチャンスだ!」
「そ、そっか!」
 イオは納得顔でうなずいた。
 ホムンクルス隊に合流したふたりは、今度は逆にハンニバル隊を蹴散らして行く。
「いた! アイツがハンニバルだよっ!」
 イオの声にレダはうなずいた。
 金の兜に、赤いマント。巨象の一団に守られて、ハンニバルは崩れかけた軍の指揮をとっていた。
「ハンニバルっ!」
 レダの起こした疾風が、象を薙ぎ払う。しかし、ハンニバルはまだ立っている。自身もゲヘナの炎の直撃を受けているはずだが、さすがに一軍の将の精神力と言うべきだった。
 しかし、もはやハンニバルを守る兵士はいない。そして、個人の戦闘力でいえば、レダがハンニバルを上回っていた。
 しかし。
「レダ、横っ! むぎゃっ!」
 イオの声と、悲鳴が響いた。
 びゅん!びしゅん! どどどっ!
 雨のように降り注ぐ矢と、突進してくる騎馬隊。
 新しい騎馬隊を率いたテムジンが到着したのだ。
「く……」
 矢に肩を貫かれ、騎馬に翻弄され、レダは唇を噛んだ。
 ハンニバルの救援に間に合うということは、ゴーレム隊を壊滅させたテムジンの突進だが、あれでもまだ全力ではなかったということだ。
「レダ!」
 体中に蹄の後をつけたイオが、レダの傍らにやってきた。
「これ、ヤバくない?」
「…………」
 レダはうなずきながら、馬を寄せてきたテムジンを睨みつけた。
「よお、大将、大丈夫か?」
 イオとレダに油断なく視線を注ぎながら、馬上からテムジンがハンニバルに声をかける。
「ああ。助かった」
「魔女ってのはおっとろしいねえ。たった四人にこんな目にあわせられるとはなあ」
 テムジンは周囲の惨状を示した。
「けど、それもここまでよ。あっちには本隊が向かったし、おまえらはここで死ぬ」
「く……」
「ざっけんな!」
 レダは唇を噛み、イオは拳を振り回して叫んだ。
「申し訳ありませんが、そのようなことはさせるわけには参りません」
 そこに、頭上から声が響いた。同時に、レダは自分の身体が柔らかい光に包まれるのを感じた。矢が抜け、傷がみるみる治っていく。傍らのイオも、体力を取り戻したようだ。
「その子たちは魔女としてはまだ半人前ってとこね。これから、本当の魔女の力を思い知ることになるわよ」
「ぐあっ!」
 その声と同時に、テムジンは目に見えない圧力に覆われ、苦悶の声をあげた。
「ディーナさま!」
「ソニアさま!」
 イオとレダは異口同音に叫んだ。
「よく頑張ったわね、みんな」
 頭上にゆったりと浮遊しているのは、ふたりの魔女。
 二股のフード付の純白のローブに身を包んだ魔女は名乗った。
「白雪の魔導師、ディーナ・ウィザースプーン」
「群青の魔導師、ソニア・ホノリウス」
 ポニーテールに、真っ青なマント、箒に跨った魔女は、名乗りながら手を一振りし、今度はハンニバルを魔力で攻撃した。
「くっ!」
 ハンニバルは魔力に精神を焼かれながら、必死に飛び退る。
「ふたりともよく頑張ったわね。エレクトラさんとカサンドラさんも大丈夫よ。向こうにはステラが行ったから」
 ディーナは優しく微笑みながらうなずいた。
「ほら、聞こえてきたよ。ステラの詠唱が」
 ソニアは後ろを振り返った。

次回予告
十将軍十番勝負その4 三大魔女VS三大名将 後編


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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