◆十将軍十番勝負その5 奈々と奈名とナナと聞仲
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
「どうやらここだな。手間をかけさせてくれる」
 凰学院の敷地の上空で、極星帝国十将軍のひとりにして、夏の国の摂政でもある聞仲は、首をこきりと鳴らした。
「新大陸の次は倭国、その倭国のなかでもあちこち飛ばせてすまなかったな」
 そういいながら、跨る黒麒麟のたてがみを、細い指で優しく梳いてやる。
「もうすぐ終わるからな。そうしたらしばらくはのんびりさせてやれる」
 嬉しそうに喉を鳴らす黒麒麟を女性らしい優しい目で見つめていたのはほんのわずかな時間。すぐに聞仲の目は軍務と政務をともに取り仕切り、国王の家庭教師を務めたことから名付けられた『太師』と呼ばれるに相応しい鋭いまなざしを取り戻す。
「思ったよりも戦えそうな気配が多いな。阿羅耶識の練兵学校ということか」
 聞仲はふたつの目を閉じ、額の第三の目に意識を集中させた。
「相手になりそうな気配はふたつ……いや、三つか? 妙な気配だな」
 聞仲が思案していると、高等部の屋上にひとりの少女が現れた。
 その少女は、素早い身のこなしで屋上から屋上へと跳躍し、聞仲の足元に迫ってくる。
「あたしは斎木奈々。あなたの狙いがあたしなのはわかってるから、もっと人のいないところで相手になるわ。ついてきなさい」
 巫女服に長い髪をふたつに結んだその少女は、一息に言って、屋上から飛び降り、走り出した。
「…………」
 聞仲はしばらくその少女の後姿を目で追ったが、すぐに黒麒麟にくるりと踵をかえさせた。
「とすると、本物はこちらか。妙な気配のすぐそば……護衛か」
「こらーっ! なんで追っかけてこないのようっ!」
 そこに怒りの滲んだ声が届いた。
 鷹揚に振り返った聞仲の眼下には、驚異的なスピードと敏捷さで屋上まで戻ってきた先ほどの少女の姿があった。
「影武者ごときにこの聞仲が惑わされると思ったか?」
「げ。バレてる!? なんで? カンペキに変装したと思ったのにい!」
 奈々の姿をした少女は自分の顔をぺたぺたと触り、服をチェックする。
「阿羅耶識とE.G.O.を繋ぐ要の巫女ともあろうものが、そんな軽はずみな行動を取るはずがあるまい。ましてあんな棒読みでは囮だとわからぬ方がどうかしている」
「そっかー、雰囲気ってヤツかー。爺ちゃんによく言われたな。外見だけでなく内面まで化けてこそ、って」
「……そんな奥深い話ではないぞ」
 聞仲はやや呆気に取られていた。
「まーバレたんならしょうがないよね。あたしは百地奈名。いろいろあって奈々を守ることになっちゃってさ」
 ぺりぺりと無造作に変装用の特殊メイクを剥がし、巫女服を脱ぎ捨てて制服姿になった百地奈々は、そういってスカートのポケットから取り出した苦無を構えた。
「忍か。なるほど」
 聞仲は小さくうなずいた。
「名乗られたからには返さずばなるまい。私は聞仲。夏の太師にして、極星帝国十将軍。だが、おまえの相手をしている暇はないな」
 そういって、黒麒麟にぴしりと鞭を当てた。
 ひょうっ!
 風を切って、黒麒麟は宙を駆ける。窓からひらりと校舎内に飛び込み、廊下を飛んで行く。
「こらーっ! 待てーっ!」
 そこに奈名の声が響き、苦無が飛んでくる。
「ほう?」
 苦無を鞭で叩き落としながら、聞仲は眉を上げて感心の声をあげた。
「黒麒麟の足についてくるとはなかなかのものだな」
「鍛えられてるからねっ」
 黒麒麟の横に並んで走りながら、奈名はニヤリと笑い、背中に担いだ鞘から抜刀した。
「てい!」
 奈名はスカートを翻して廊下を螺旋状に走りぬけ、聞仲の頭上から切りつけた。
 かっ!
「鍛えたからといって……とうてい常人が辿り着ける領域ではないと思うがな」
 奈名の斬撃を鞭で受け、聞仲はつぶやいた。
「ふたり。いや、三人か。これは私の手には余るか」
「なーにぶつぶつ言ってんの! さっさと降参しなってば!」
 しゅぱぱ! きん!
 奈名の声とともに、上下左右から苦無と斬撃が襲い掛かってくる。
「くっ!」
 さすがに落としきれず、聞仲は黒麒麟を錐揉み飛行させて全方位攻撃を避ける。しかし、そのとき、廊下の前方に新たな少女があらわれていた。
「この先にお通しすることはできません」
 エプロンドレスのメイド服姿に、ヘッドセット。両手に巨大なバズーカとガトリング砲を構えた少女がきっぱりと言った。
「ナナ! やっちゃえ!」
 ばしゅ! ががががが! ががががが!
 奈名の声を待つまでもなく、ナナの手にした重火器が火を噴いた。
「黒麒!」
 聞仲は叫んで、身を低くして黒麒麟の背にしがみついた。
 こういった差し迫った状況では、乗り手が余計な支持を出すより、黒麒麟の獣としての本能に任せてしまった方が良いことを聞仲は知っていた。
 きんきんきんきん! ぎゅるん! ぎん!
 ガトリング砲の薬莢が跳ねる金属音が響くなか、黒麒麟は通常ではありえない、霊獣ならではの軌道で宙を駆け、艶やかなたてがみで奈名の放った苦無を弾いた。しかし、バズーカから放たれたミサイルが至近距離で爆発した爆風までは避け切れない。
 どこん! だん!
 鈍い音とともに、黒麒麟が壁にたたきつけられる。
 ざっ。
 足音がして、眼前にナナが立ち塞がる。背後には奈名の気配も迫っている。
 がしょん! がちゃん!
 派手な音を立てて、ナナがバズーカに次弾を装填し、ガトリング砲に新たな弾帯を補給する。
「……降参だ」
 聞仲はかぶりを振ると、威嚇の唸り声をあげる黒麒麟の首をぽんぽんと叩いて落ち着かせると、あっさりと両手を挙げた。
「へ!? 降参? マジで?」
「降参しろ、と言っていたではないか? 私ひとりではおまえたちには敵わんと見た。私の命は極星皇帝の命令で落としていい命ではないしな」
「奈名さま、油断なさらずに。信用できません」
 ナナは砲口をぴたりと聞仲に向け、微動だにしない。
「ナナ。大丈夫です。この方の言葉は信じて良いです」
 そのとき、ナナの背後からまたひとり、少女があらわれた。奈々と同じ凰学院の制服を着ているが、受ける印象はまったく異なっている。
「奈々!? ヤバいって」
「奈々さま! 出てきてはいけません!」
 奈名とナナは口々に驚きの声をあげた。
「斎木奈々か」
 聞仲も今ではその顔に見覚えがあった。確かに、奈名の変装に外見はそっくりだった。
 しかし、纏っている雰囲気がまったく異なる。
「どう考えても、おまえに影武者は無理だぞ。まだそちらの人形の方が向いているだろうな」
 聞仲は肩をすくめた。
「な、なにおう!」
 奈名はむっとして拳を振り上げる。
「まあ。ふふふ」
 奈々がくすくすと笑い、奈名もナナも一気に戦意を失った。
「まあ、奈々が平気って言うんなら平気っしょ。確かに悪いヤツじゃなさそうだし」
 奈名はそういって刀を鞘にぱちりと納めた。
「ナナも」
「はい」
 奈々に言われて、ナナも砲口を下げる。
「それでは、聞仲さんは私たちの捕虜ということでよろしいですか?」
「うむ」
「でしたら、色々と聞かせていただきたいことがあるのですけれど」
「ああ、そうだろうな。何でも聞いてくれ。隠し事は一切しない。私に答えられること全て答えよう」
「ありがとうございます」
 奈々は優雅にお辞儀した。

次回予告
関羽VS各務兄妹


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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