◆十将軍十番勝負 その7 織田信長軍VSE.G.O. 前編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 ずぃーむ……。
 微かな振動とともに空気が動き、斎木重工社長室の重たい黒檀の大扉が自動で開いた。
「遅いわよ、佳名」
 社長室に入った斎木佳名を、扉と同じく黒檀でできた豪奢な執務机の前に座った斎木麗名が迎えた。
「これでも総監よ。簡単には抜けられないわ」
 佳名は髪を解き、本革のソファに腰を下ろしながら応えた。
「揃ったわね」
 袖を通さずに上着を羽織り、窓から眼下の街並みを見下ろしていた斎木遊名が、窓ガラスに映った佳名の顔にむかってうなずいた。
 E.G.O.の総帥である末妹の遊名。財政を握り、経営と開発を担当する長女の麗名。勘当されたとはいえ、警視総監の地位に登りつめた次女の佳名。E.G.O.の中枢を担う斎木家の三姉妹が顔を揃えるのは、実に十数年ぶりのことだ。
「初めて見る顔もあるけれど……」
 佳名は応接セットをぐるりと取り囲んでいる面々をゆっくりと見回した。
 三姉妹の他に、この場に招集されているのは、美奈、真名、新名といった斎木の血を引く少女たち、阿羅耶識に所属する、斎木本家の奈々。壁際には、お仕着せの制服を着たメイドたちが数人控えている。
「勘当になってから何年経ったと思っているの?」
 麗名が苦笑した。
「紅茶でよろしいですか? 佳名さま」
 メイド服をきっちりと着込んだ佐々原藍子が冷たいおしぼりを渡しながら尋ねた。
「コーヒーにして。ここにある一番安いやつをブラックで」
「かしこまりました」
 藍子は微笑を浮かべながら会釈した。
「あ、わたしが……」
 奈々の後ろに控えていた、メイドロイドのナナが扉に向かうが、それを藍子は制止した。
「けっこうよ。あなたの今の仕事は奈々さまの護衛でしょう」
「あ、はい……」
 しゅんとなって元の場所に戻るナナを、奈々が肩越しに優しく微笑んで慰める。
 藍子は、窓際に控えていた、メイド服を着た金髪の女性、ドリス・ラングレーに軽くうなずいた。
「妙な注文ね」
 静かに隣に設えられた専用の給湯室に向かうドリスを目で追いながら、麗名は言った。
「ここの豆じゃ美味しすぎて眠気覚ましにならないんだもの」
 佳名は苦笑いを浮かべた。
「本当はインスタントがいいんだけれど、ここにはないでしょ」
「……直哉も連れてくれば良かったのに。あの子たち、従姉妹に会ったこともないんでしょう?」
 麗名は話題を変えた。
「やめてよ姉さん。あの子は関係ないわ。今日は私は斎木の娘ではなく、警視総監として来ているつもりよ。それに……呼んでもあの子は来ないわよ。榛名のことがある限りね」
 佳名は首を振った。
「それに、見たところ真由美ちゃんもいないじゃない」
「真由美は厳島美鈴の所に行かせたわ」
 遊名が口を開いた。
「奈々が捕らえた聞仲からの情報で、極星帝国の十将軍全員が討伐指令を受けて動いていることがわかったわ。厳島美鈴はそのターゲットのひとり」
「…………!」
 佳名は眉を上げ、姿勢を正した。
「これまでに行動が確認されている十将軍は、ドラゴンロード、エルブンロード、ラユュー、アレクサンダー大王、聞仲」
「攻撃されたのは、ルシフェル、シルマリル、ガブリエル、ステラ・ブラヴァツキに奈々」
 麗名が補足する。
「残りのターゲットは? 厳島美鈴と遊名と?」
「クラリス・パラケルスス、東海林光、各務秋成」
 佳名の質問に麗名がすらすらと答えた。
「こっち側の大天使と、WIZ-DOMの二本柱、E.G.O.=阿羅耶識同盟の要人、か。さすがにわかってるじゃない。誰が誰を狙っているのか情報は?」
 佳名は尋ねた。
「厳島美鈴にアンデッド・ロード。クラリスにレイナ。各務秋成に関羽。私に信長」
 遊名は肩をすくめて答えた。
「秋成さんには、妹の柊子さんに護衛に向かっていただきました。合流した後は、そのままWIZ-DOMにこのことを知らせてもらいます」
 奈々が遊名の言葉を補足した。
「向こうには東海林光も行ってるんでしょ? 大変なことになりそうね……ありがとう」
 佳名は、ローテーブルにコーヒーカップを音もなく置いたドリスに礼を言った。
「こっちも大変よ。中国に上陸した各務柊子からの報告で、信長率いる大軍団が日本を目指している、と」
 麗名は口だけで笑って言った。
「なるほどね。それでこの会議ってわけ。どうするの? 戦うのは決まってるんでしょ?」
「もちろん。E.G.O.の総力をあげて迎え撃つ」
 佳名の質問に、遊名はきっぱりと答えた。
「私が信長に負けるってことはありえないけれど、ようやくここまで復興した日本をかき回されるわけには行かない」
「……それで、どうするの?」
「北条風花の報告によれば、信長は既に京都に本陣を構えたそうよ。そこから、豊臣秀吉率いる部隊と徳川家康率いる部隊が東京に向けて動き出しているわ」
「ちょっと待って。秀吉に家康? いつの時代の話よ!?」
 佳名は苦味の強いコーヒーを吹き出しかけた。
「二人だけじゃないわ。名だたる武将たちが何人もアンデッド化されて信長軍に加わっているのよ」
「織田信忠、松平信康が家康隊に。伊達政宗、真田幸村、島津義弘が秀吉隊。本隊には明智光秀、毛利元就」
 遊名と麗名が口々に言った。
「……ふぅ。で、私は何を?」
 気を取り直して、佳名は尋ねた。
「東京守備隊を編成すればいい?」
「佳名は、氷上と万城目、結城望を指揮してもらうわ。直接信長本隊……いえ、信長を倒して来て」
 遊名の言葉に、佳名は息を呑んだ。
「案内は北条がやるわ。選りすぐりの精鋭、文字通りの超能力者部隊よ。必ず、一刻も早く信長を倒して来て。それまでの間、秀吉は麗名が、家康は私が引き受ける」
「東京には阿羅耶識が総力をあげて結界を張ります」
 奈々も決意の表情を浮かべて言った。
「……それで私を呼んだわけね。遊名らしいわ」
 佳名は張り付いたような微笑を浮かべた。
「私の仕事は、信長を倒すこと。そして、あの子たちを生きて帰ってこさせること、ね」
「わかってるじゃない」
 遊名はうなずいた。
「姉さんに戦闘力はない。E.G.O.のリーダーを万が一にも失うわけにはいかない。で、私ね」
「…………」
「…………」
 遊名と麗名は押し黙った。その沈黙が、佳名の言葉を肯定していた。
 やがて、麗名がゆっくりと口を開いた。
「……もし佳名の身に何かあっても、直哉と榛名のことは心配しないで」
「やめて!」
 麗名の言葉に佳名は叫んだ。
「私はいいわ。斎木の人間だもの。総監としても日本を守る義務はある。でも、あの子たちは放っておいて。斎木から自由にさせてあげて」
 佳名は顔を伏せたまま、ゆっくりと首を振り続けるのだった。

次回予告
十将軍十番勝負その8 第六天魔王織田信長軍VSE.G.O. 中編


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


AquarianAge Official Home Page © BROCCOLI