ばきぃん!
鈍い音が響き、混じりものの一切ない、透きとおった水晶球が砕き割られた。
「小娘ども、なかなかやりおるわ」
ビルの屋上にしつらえられた陣幕の中で、織田信長が吼えた。
拳に喰いこんで薄く血を滲ませる水晶のかけらを、小姓の穿り出すに任せ、床几にどっかと腰を下ろす。
「むしろ、情けなきはサルに元康か」
手に髑髏の杯を持って小姓に酌を促しながら苦々しげに呟く信長に、白髭の老武将、毛利元就が話しかけた。
「信忠どの、残念でございましたな」
信長はじろりと老将を睨み返す。
「あやつは所詮ワシの控えよ。その控えも、禿鼠のおかげで役立たずになったがの」
雷鳴のように轟く声に、明智光秀はびくりと肩を振るわせた。
「なんじゃ惟任。気にしておるのか? 本能寺の件なら、そちを責める気は毛頭ないぞ。むしろよくやったと褒めてつかわすと言っておろうが?」
信長は不気味な笑顔を浮かべて光秀を見やった。
「は……」
しかし、光秀は身体を固くして身を縮める。
「頭でっかちの禿鼠も、やはりもののふであったのだな、と思わず膝を打ったわ。ワシと信忠を同時に仕留められ、柴田は北国、サルも遠く西国にあるあの日はまさに千載一遇の好機よ」
「お褒めの言葉、惟任日向、恐れ多く存じまする」
光秀は平身低頭、這いつくばった。
「だからこそ、今回の戦ではワシの左軍を任せるのだ。戦働き、期待しておるぞ」
「ははあっ」
これ以上ないほど、身を低くする光秀に、信長はさらに声をかけた。
「むろん、二度とあのような好機を与えないよう、ワシの手許に置いておく、という意味もあるがな。狡賢い貴様にはわかっておろうが」
信長はギラリと目を光らせた。
「信長軍の本陣はあそこです」
北条風花が、遠くに見える火明かりを指差した。
「ビルの屋上? 戦国武将にしてはずいぶんハイカラな場所に陣取ったじゃない」
漆黒のコンバットスーツ姿で肩をむき出しにした氷上純が、リボルバーを弄びながら言った。
「信長は新しいもの好きだったそうですから。それに、戦国時代にあって高所を押さえることは基本でしたし」
同じノースリーブハイネックのコンバットスーツ姿の万城目千里が、左右色の異なる瞳で虚空を見つめながら、応えるともなく応えた。
その隣では、やはりコンバットスーツを着込んだ結城望が両目を閉じ、両手を握り合わせて集中している。
「千里、望。なにか聞こえる?」
尋ねたのは、これもコンバットスーツ姿の斎木佳名である。
揃いのコンバットスーツに身を包んだこの四人が、E.G.O.の精鋭、信長強襲部隊であった。
「私では絞りきれません。どうやら他の部隊の情報が届いたようですが、その後はいろいろな感情が交錯してしまって」
千里は申し訳なさそうに言った。
「望ちゃんは? 望ちゃんの方がテレパス能力では私より遥かに上でしょう」
「ええと……」
千里から不意に話の矛先を向けられ、望は口ごもった。
「なんだか、信長が光秀をいじめてるみたいです」
「いじめてる? 本当に通説の通りの関係なんだな」
氷上が笑った。
「……今がチャンスね。行くわよ」
斎木佳名は、しばらく考えた後、きっぱりと言った。
「風花、私たちをあの屋上まで運べるわね?」
「は、はい、もちろん」
佳名の確認というよりは婉曲な命令に、風花はうなずいた。
「その後は、ここに戻って待機していて。退路もお願いするわ。準備はいいわね?」
佳名は三人の部下を見つめた。
「……はい」
氷上、千里、望は緊張の表情で再びうなずいた。
「大丈夫。個人の戦闘力でいえば、光秀が少し鬱陶しいだけよ。でも、このスーツがあれば防御は完璧」
佳名は微笑んだ。
「あの場所なら下にいる雑魚を片付けるための消耗を省けるし、屋上にいる連中も私と千里で処理できる。氷上と望で信長をきっちり倒して」
「了解」
「わ、わかりました」
氷上と望は口々に応えた。
「さあ、行くわよ」
佳名の言葉に、三人が身構えた直後、風花の念動力が起こした突風が、四人を高空に吹き上げた。
ごおおおおぉぉぉ……。
耳をつんざく風切音の中、佳名と千里、氷上と望はそれぞれテレパシーで意思を伝え合う。
佳名と氷上はテレパス能力を持たないため、それぞれのパートナーの能力に頼った方法ではあるが、数少ないテレパス能力者を二人も揃えたこの部隊ならではの長所といえた。
たんっ。たたんっ。
風の音が消え、四人は信長の本陣に降り立った。
次の瞬間には、佳名の放った念動力の衝撃波と、千里の精神攻撃により、雑兵がばたばたと倒れていく。
「行け!」
佳名が言葉に出すよりも早く、その思念波を読み取った望と、それを瞬時に望に中継して伝えられた氷上が走り出す。
がうん! ががん! がん!
氷上の放った銃弾が、信長に迫る。
「くせ……」
曲者、と言う間もなく、氷上と信長の間に割って入った光秀の身体を、氷上の放った念動力を帯びた銃弾が貫く。
光秀の身体を貫いた銃弾は、そのまま信長へと向かう。氷上は低く呟いた。
「貰った!」
だが、その銃弾が信長の肉体に突き刺さるより一瞬早く、信長は手にした髑髏の杯を掲げて、致命の一発の銃弾を弾いた。
「小娘どもが……」
銃弾のめり込んだ肉体からかすかに血を流し、怒りの形相で、信長は傍らの漆黒の髑髏の兜へと手を伸ばす。
巨大な代償と引き換えに、さまざまな魔力、超能力から身を守る呪われた兜、カースド・ヘルムだ。
「この!」
そこに、望の精神攻撃が襲い掛かる。しかし、カースド・ヘルムの髑髏の落ち窪んだ眼窩が真っ赤な光を放ち、その精神波を吸収してしまう。
「効かない!?」
パニックに陥った望を、髑髏の杯を握り締めた信長の拳骨が襲う。
しかし、望のような少女など一撃で引き裂くはずのその拳は、コンバットスーツに阻まれ、尻餅をつかせることしかできない。
「小癪な真似を……!」
お互いにダメージを与えられないことを悟り、にらみ合う信長と氷上。
その傍らで、尻餅をついたまま呆然と立ちすくむ望の肩に、佳名が後ろから手を置いた。
「望。元就が小刀を取り出したらそれを取り上げて」
「小刀ってなんですか?」
「いいから。それと、氷上に私があの兜を破壊したら攻撃するように伝えて」
「は、はい」
戸惑う望に、千里の思念波が届いた。
(佳名さんの予知能力よ)
「予知能力!?」
驚いた望の声に、佳名は苦笑いを浮かべた。
「ごく狭い範囲で、ほんの少し未来のことしかわからないけれどね」
(氷上さんに伝えました)
千里の思念波が届くや否や元就は、懐から十手状の突起、西洋で言えばソードブレイカーのついた小刀を取り出した。
「信長どの、これを……」
「ホントだ……」
驚きながらも、望はか弱い念動力でその小刀を必死に高空へと持ち上げる。
「ぬ!」
信長と元就が驚きの表情を浮かべるのもつかの間、佳名のテレキネシスが信長の兜を粉々に砕いた。
「氷上!」
「わかってますって!」
佳名の声に間髪いれず応じた氷上は、再び銃弾を放った。
今度は元就が信長をかばうが、光秀同様その身は貫かれ、すべての銃弾は信長の身体に吸い込まれていった。
(信長、精神活動ありません)
千里の思念波が三人に届き、望はほっと安堵のため息をついた。
「みんな、よくやったわ。さあ、帰りましょう」
佳名は微笑を浮かべた。
「風花が待ってるわ」
次回予告
十将軍十番勝負その8 アンデッド・ロードVS神巫女