◆十将軍十番勝負 その8 アンデッド・ロードVS神巫女
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 緑深い針葉樹の森。足元も匂いたつほどに草深く、大樹の枝に生い茂った葉が幾重にも重なり合い、すべての音を呑み込んで静まりかえっている。
 そこに、ジュバは侵入していた。
 極星帝国十将軍、レムリアのアンデッド・ロード、ジュバ。
 その名は、アンデッドとして復活を果たした際に与えられた、天空に輝く星より取られたものだ。
 獣帯に君臨する黄道十二星座、蠍座のデルタ星にあたり、額を意味するその星は、変光で知られる蠍座の主星アンタレスをも凌駕する変光の振幅の大きさで知られている。
 極星帝国皇帝マクシミリアン・レムリアース・ベアリスが、まだ皇帝となる以前、レムリア王子に過ぎなかった時代に与えたものだ。
 顔の半面が白骨化していること、戦場という生死を行き来する場において最も光り輝く性格から名づけられたという。
「ったく、分厚い結界張りやがって」
 手にした大剣の剣先で枝を払いのけながら、ジュバはぼやいた。
「おかげで馬から兵士まで、みんな近づくだけで塵になっちまう……お」
 足を止めたジュバの目前に、小さな湖に浮かんだ色鮮やかな朱色の鳥居が出現していた。
 湖の中央に浮かぶ神楽舞台。十数個の鳥居が整然と並び、舞台へと続く参道を水面に作り出している。
「やっと見つけたぜ。阿羅耶識の生き神、厳島美鈴ちゃんよぉ?」
 半面にのみ笑いを浮かべながら、分厚い金属の鎧を着ているにもかかわらず、ざぶざぶと湖の中に踏み込んでいく。
 鳥居を次々にくぐって歩き続けると、あっという間に頭まで水没したが、構わず歩き続ける。アンデッドが呼吸を必要としていないからこその強引なやり方である。
 暫くの間、静かな波しぶきがVの字に水面を走った後、唐突にジュバの頭が水面にあらわれた。
 やがて、胸、腰と水草を絡みつかせたジュバの身体が水面に浮上する。鳥居をくぐり、神楽舞台へとまっすぐに進んでいく。
「お戻りなさいませんか?」
 もはや水没しているのは膝まで、舞台を目前に捉えたジュバに、舞台上に正座した厳島美鈴は声をかけた。
「そうはいかねえのはわかってるんだろ?」
 ジュバは誰にともなく浮かんだ嘲笑の表情を半面に浮かべ、大剣を構えた。
「そっちだって、助っ人呼んでやる気の癖に」
「お気に触ったのでしたら、引取らせましょうか?」
 静かに応える美鈴に、慌てた声がかかる。
「ちょ、ちょっと美鈴!」
 鳥居の影から、宙に浮いたまま姿をあらわしたのは、藤宮真由美だ。
 E.G.O.総帥、斎木遊名の実子にして、地球最強最大のサイキック能力者。サイキック・モンスターの異名を取る少女だ。
「それにはおよばねえな。E.G.O.=阿羅耶識連合のツートップたあ、豪勢な相手だ。それに、帰れったって帰るわけにゃいかねえのはオレと一緒だろうよ?」
「当たり前でしょ……」
「では……?」
 真由美と美鈴と、交互に視線を絡ませ、ジュバは笑った。
 白骨化した半面の顎がカタカタと乾いた音を立てる。
「やるしかねえだろ?」
 ぶんっ! 大剣がうなりをあげて美鈴へと走る。
 びきん! 鈍いような固いような、固まりかけのコンクリートを割ったような音とともに、その剣は美鈴の喉元寸前で停止した。
 剣と美鈴の間に、真由美の指先から伸びた力場が作った歪みが生じ、剣先と美鈴の顔が歪んで見える。
「はあっ!」
 真由美が気合を発するのと同時に、ジュバの身体は弾き飛ばされた。
 ばしゃあっ! 水飛沫をあげて湖中にひっくり返る。
「ええいっ!」
 そこに、容赦ない真由美の念動力が襲い掛かる。
 ばきん! はじめに、鎧が割れた。すぐにひび割れが広がり、粉々に砕け散る。
「はぁぁああああ!」
 真由美は集中を緩めない。漏れ出した念動力の余波を受け、真由美の周囲の空間が震え、瞬いて輝く。
「こ……!」
 ずばあっ! ジュバが憎まれ口を叩く間もなく、肉が沸騰し、骨が砕ける。
 ぱしゃぱしゃ……粉々になったジュバの肉体が水面に落下して軽い音と波紋を起こした。
「ふう……」
 真由美は息をついて、舞台へと着地した。
「案外あっけなかったわね」
「いえ。まだ……」
 一息ついた真由美に、美鈴は固い表情で告げた。
「え……?」
 ざばあっ! 真由美が首を傾げた直後、湖からジュバが立ち上がった。
 その骨はすでにもとの形に結合し、筋肉がじゅるじゅるとおぞましい音を立てて融合している。
「アンデッド・ロード……」
 真由美はごくりと唾を飲み込んだ。
「さすがにやるねえ。サイキック・モンスター」
「この!」
 すばあっ!
 怯えを孕んだ表情の真由美が放った衝撃波が、再びジュバの肉体を砕く。しかし、今度はジュバの半面と右肩を砕くにとどまり、ジュバは左手で右腕を拾って笑った。
「まともに戦ったらかないやしねえ。だけど、お嬢ちゃんは生身。いつかは疲れ、眠る。けどな、オレにその必要はない。何十回、何百回倒されても、最後に立ってるのはオレだぜ?」
「く……」
「オレとしてもこんなスマートじゃねえやり方は嫌いだぜ。こんな結界がなけりゃ、もっと早くケリをつけてやれるんだがなあ?」
 いいながら、完全に再生を果たしたジュバは、水中から剣を拾いなおした。
「ま、オレの目的は美鈴ちゃんだ。真由美ちゃんの方はおとなしく帰るなら見逃してやってもいいんだぜ?」
 ざばっ、ざばっと湖を歩き、ジュバは舞台へとあがろうと歩みを進めた。
「その方が良いかもしれませんね」
 美鈴はいいながら立ち上がった。
「な、何言ってるのよ、美鈴!」
 真由美は、目を見開いて美鈴とジュバを交互に見る。
「ご心配なく。私も一度は死んだ身ですが、もう一度死にたいと思っているわけではありません」
 美鈴はにっこりと笑った。
「ふーん? でも、真由美ちゃんと違って美鈴ちゃんがオレとやったら、最初から無事じゃすまないぜ?」
 舞台に上がりきったジュバは愉快そうな表情を半面に浮かべた。
「そうですね……申し訳ありませんが、もう一度ジュバさんを倒していただけますか?」
「そ、それはいいけど……アイツ、何度でも再生するって」
「再生は、先ほどのものが最後になると思います」
 美鈴は静かに舞い始めた。
「これから、ジュバさんにかかっている呪いを解きます。そうすれば、もう二度と……」
 美鈴の言葉が終わるよりも早く、真剣な表情になったジュバの放った斬撃が美鈴を襲った。
 ぶきん! しかし、その斬撃はまたしても真由美の念動力に防がれる。
「どうしたの? さっきまでの余裕は?」
「そっちこそ、急に元気になったじゃねえか?」
 真由美とジュバは口にだけ笑みを浮かべながら、にらみ合う。
 その最中にも、ジュバは美鈴の放つ波動が己の身を蝕み始めていることに気がついていた。正確には、清浄な波動がジュバの肉体を支え、魂を縛り付けている呪法を解き、清めようとしているのだが。
「早めにケリつけねえとヤバイみてえだな?」
 ジュバは大剣を振り上げた。しかし、剣はどしゃりと鈍い音を立てて、舞台に転がった。
「あ?」
 見下ろしたジュバは、自分の両腕が剣ごと腐り落ちていることを知った。
「は、はは」
 ジュバは笑った。
「勘弁してくれよ」
「ここに来たときから、あなたの魂は悲鳴をあげていました。もう、苦しまなくて良いのですよ」
 美鈴は寂しそうに呟いた。
「たとえ、そうだとしても……腐って死ぬなんてゴメンだぜ。きっちり、ケリつけてくれよな!」
 そう叫んだジュバは、腐り落ちる脚をしゃにむに動かし、剥き出しの歯で美鈴の喉笛に噛み付こうとした。
「真由美さん。お願いします。ジュバさんの望みをかなえて差し上げてください」
 真由美がこくりとうなずいた数瞬ののち、ジュバの身体を暖かい衝撃が包み込んだ。


次回予告
十将軍十番勝負 その9 三つ巴 前編


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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