◆十将軍十番勝負 その9 三つ巴 中編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
「こちらです」
「ずいぶん寛いでいるな」
 メイド服のホムンクルスに案内されて応接室に入って来た各務柊子は、バスローブ姿の東海林光を見て肩をすくめた。
「柊子ちゃんとお兄さんもまずはお風呂に入ったら? 自慢のお風呂よ? 光ちゃんのお墨付」
 柊子の皮肉に気付いて気付かずか、この塔の主、クラリス・パラケルススはほがらかに勧めた。
「そりゃありがた……」
 頬を緩ませた各務秋成を、柊子が制した。
「いや。お言葉はありがたいが、あまり猶予がない。私たちはここまで遊びに来たわけではないのでな」
「そうよね。各務兄妹をふたり寄越すなんて、よほどのことでしょ?」
 光は居住まいを正した。
「簡単に言うと、極星帝国の将軍ふたりが、それぞれ、東海林光とクラリス・パラケルススを狙って一軍を起こした」
「キャメロット王国将軍、ランスロットと、アトランティス将軍、レイナ・アークトゥルスだな」
 柊子の言葉を、秋成が捕捉した。
「大きな動きがあるとは聞いてたけど、どうして私たちを標的に?」
「十将軍が各勢力の重要人物を目標に攻撃に出たってことでしょ。ステラちゃんたちがアレクサンダーと戦ったのもそのひとつ。ランスロットのターゲットはあたしで、お姫様の相手が光ちゃんかしら?」
 光は首を傾げたが、クラリスはお茶を飲みながらこともなげに言った。
「そのとおり」
 秋成はうなずいた。
「すでに八人の将軍の攻撃は勝敗を決した。残りはふたり。そのふたりが一軍を率いてこちらに向かっているそうだ」
「その情報は確か?」
 クラリスは不意に真剣な表情で柊子に尋ねた。
「降伏した夏の将軍、聞仲の情報だ。状況は全て彼女の情報に合致している」
「なるほどねえ。それじゃあ嘘をつく理由もなさそうねえ」
 クラリスはこくこくとうなずいた。
「ちょおっと、ウチの子たちに調べさせてみるわね。うまくいけばこっちから先手を取れるだろうし」
 クラリスは傍らのホムンクルスに何事が指示を出し、各務兄妹に向き直った。
「はるばる大陸を横断して来たってことは、柊子ちゃんたちも手伝ってくれるんでしょ?」
「無論」
「足手まといでなければね」
 秋成はうそぶいた。
「あたしには聞かないのね」
 肩をすくめる光に、クラリスはウィンクしてみせた。
「アタシが光ちゃんを手伝う。光ちゃんがアタシを手伝う。それでおあいこってことでいいじゃない?」
「まあそういうことよね。……まずは着替えね。さすがにこの格好じゃ」
「着替えなら用意させてあるから」
 光の言葉にクラリスはうなずいて、ホムンクルスを呼んだ。
「この子が客間に案内してくれるわ。それから、柊子ちゃんと秋成くんもお風呂に入って着替えるといいわ」
 そういって、クラリスは瞳に妖しい光をたたえてにっこりと微笑んだ。

  クラリス・パラケルススの塔を間近に控えた山あいの街道を、ランスロット率いる騎兵部隊は、ゆっくりと進軍していた。
 と、その眼前に、数匹の飛竜が降り立った。
 先頭の飛竜の背に乗っていたのは、レイナ・アークトゥルス。アトランティス王国王女にして、極星帝国十将軍筆頭。皇帝マクシミリアン・レムリアース・ベアリスの腹心の部下である。
「ランスロット卿!」
 よく通る美しい声でレイナに呼ばわれ、ランスロットは騎乗した軍馬を部隊の先頭に進ませた。
「これはレイナ姫。何か御用か?」
「報告と相談があって参った。しばし時間と耳を拝借したい」
「それは構いませんが、時間はいかほど?」
「さして手間は取らせぬ。東海林光がクラリス・パラケルススの塔にいるとの報告があってな。我が軍と卿の軍とで共同作戦を取ってはどうかと思ってな」
「なるほど」
 ランスロットはしばし考えたのち、うなずいた。
「承知いたしました。その状況ならば確かに歩調を合わせるのが得策でしょう。何か策は?」
「卿は予定通り行軍を進められよ。こちらで呼吸を合わせて攻撃を行う」
 レイナの言葉に、ランスロットは鋭い視線を向けた。
「それでは、我が軍に露払いをせよと?」
 レイナは心外といった表情で応えた。
「そのようなつもりは微塵もない。ただ、我が飛竜部隊の方が行軍速度が上であるし、こちらが申し出た作戦故、こちらが呼吸を合わせるが筋かと考えたまで」
「それを筋とおっしゃるなら、東海林光をパラケルススが元まで逃げ込ませたのはそちらの不始末。その責はどう取られる?」
「な……」
 ランスロットの苛烈な批判にレイナは鼻白んだ。
「その責を取るおつもりがおありなら、まずは姫の軍に初撃をお願いしたい」
「……よかろう」
 レイナは唇を噛んで、応えた。
「塔を破壊する勢いでお願いいたします。しからば、ホムンクルスの雑兵は我が軍が壊滅させてご覧にいれる」
 ランスロットは自信満々に言い放った。
「その言葉、覚えておくぞ」
 レイナは苦々しげに言い放ち、飛竜に鞭を入れた。
「キャメロット王めの叛意について、陛下のご注意を喚起する必要があるやもしれんな」
 空を飛ぶ飛竜の背で、レイナは呟いた。
 レイナは、かつて極星皇帝から聞いた、アーサー王が皇帝と同じ力を持つ存在かもしれない、という言葉を思い出していた。

「レイナ軍とランスロット軍はタイミングを合わせて攻撃してくると思うの。でも、レイナとランスロットは仲は決してよくないから、そこがつけいる隙になると思うのよね」
 クラリスの言葉に、広げられた地図を前にした柊子はうなずいた。
「その話は聞仲からも聞いた。極星帝国内は決して一枚岩ではない、と」
「それもあるけれど、特にランスロット……というかキャメロット王国はポイントよん」
「そりゃまたなんで?」
 クラリスの言葉に、チェインメイルと上衣を重そうに着込んだ秋成は尋ねた。
「アタシの見るところ、極星皇帝、アーサー王どっちもマインドブレイカーの可能性があるのよね」
「ほう?」
 柊子は興味深そうに眉を上げた。柊子の方は、見る角度によって色合いを変える不思議な布を首から肩に巻いている。
「マインドブレイカーの能力の特徴に洗脳があるでしょ? アタシ、一時期マインドブレイカーと一緒にいたことがあるからわかるんだけど、アレって洗脳とかって生易しいもんじゃなくて、世界そのものに干渉するような力なのよね。場合によっては軽がると次元を越えちゃうような」
「皇帝については確かにそれはあてはまるな。アーサーも?」
 秋成の言葉に、クラリスはうなずいた。
「アヴァロンはWIZ-DOMにとっても長年謎の土地だった。それが、次元を越えたからだったとしたら?」
「説明はつくが、証拠がない」
 柊子が応えた。
「あくまでも推測なのは認めるけど、そう考えるといろいろ説明がつくのよね。アンデッドでもなければ仙人でもない、あくまで普通の人間のアーサー王と円卓の騎士がどうして今まで生きていたのか。代替わりとかってわけじゃなさそうだしね。それから、これが一番なんだけど、アーサー王とランスロットの関係が良すぎる」
「別次元の存在なら当然では?」
「そお? 他の例を調べてもここまで極端に違う例はないわよ? だから、アタシはこう考えたの。アーサー王は次元を越えて、そこで自分の理想の円卓の騎士をもう一度作り出したんじゃないか、って」
「ふむ……」
「筋は通ってるな」
 柊子と秋成が考え込んだところに、光がけたたましい声をあげて飛び込んできた。
「クラリス! 着替えってこんなもの用意してどういうつもり!?」
 そう叫ぶ光は、豪奢な純白のパーティドレスに、磨き上げられたハイヒールという装いだった。
「やっぱり光ちゃんの黒髪には純白よねえ〜」
 クラリスは両手を握ってにこにこと笑った。
「そういう話じゃなくて! あたしの服は?」
「あれ? 汚かったから捨てさせちゃった」
 クラリスはぺろりと舌を出した。
「クーラーリースー?」
 怒りの目を向ける光にクラリスはまたも妖しい目で微笑んだ。
「だいじょぶだいじょぶ。そのドレス、性能は保証するわよ。絶対役に立つから。なんだかんだいって着てるってことは気に入らないってことはないんでしょ? あ、柊子ちゃんたちの服も、ね」


次回予告
十将軍十番勝負 その9 三つ巴 後編



COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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