◆十将軍十番勝負 その9 三つ巴 後編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 ばりり! ばりばりばり!
 閃く電撃が、数体の飛竜を次々に撃った。
 東海林光の放った電撃に貫かれた飛竜の羽は力を失い、ばたばたと地上に落下していく。
「何百匹いるのよ……キリがないったら」
 光は呟いた。
 クラリス・パラケルススの陰謀によって着せられた艶やかなドレス姿が、古びた塔の屋上と無数の飛竜に妙にマッチしている。
「でも、そのドレスがあれば疲れないでしょ」
 淡い光を発する法衣を羽織ったクラリスがにっこり笑って言った。
「うん? そう言われてみれば確かに……」
 光はドレスのスカートをかるくつまんで首を傾げた。
「本当は舞踏会で何人の男にダンスを申し込まれても、全員の相手をできる、踊り疲れたりしない、っていう目的で作ったドレスなんだけど、防衛戦用の装備として優秀になっちゃったのよね。特に光ちゃんみたいな遠距離攻撃、射撃能力を持ってる子にぴったり」
「なるほどな」
 各務柊子は得心した表情でうなずいた。
「風呂に入らせたり、あんな服を着せたり、てっきりふざけているのかと思っていたが、こういう理由があったのだな」
 柊子は、色合いの変化し続ける不思議なフードつきマントを羽織っている。
「ま、ドレスは女の子の戦闘服ともいえるからまあいいかな、なーんて」
 クラリスは片目をつぶって見せた。
「お、ウマいね、クラリス先生」
 高位の騎士の装束を着せられて窮屈そうな各務秋成が、ぱちん、と指を鳴らした。
「じゃあ、光ちゃんはその調子でばんばんドラゴンをやっちゃって頂戴。そのうちあっちのお姫様が業を煮やして出撃してくると思うから、そうしたらお兄さんがお出迎えしてあげてね」
「オレが? 勘弁して欲しいなあ」
 秋成は肩をすくめた。
「正面からフルパワーのレイナ・アークトゥルスとぶつかって勝てる気はしないぜ? ただでやられるつもりもないが」
「大丈夫。一回ならその装束が守ってくれるから。そうしたらレイナは倒れてるか、戦闘不能にはなってるはずだから、あとは光ちゃんに任せるわ」
 クラリスは再びウィンクする。
「念のためあのスライムも用意してあるから使っていいわよ」
「ああ、あの……」
 光は、この塔に到着した直後の遠慮したい出迎えを思い出し、顔を歪ませた。
「レイナもあたしと同じ電撃系だから効果はありそうね」
「でしょ? で、柊子ちゃんは私とランスロットをやりに行きましょ」
 クラリスは、眼下でホムンクルスの一軍と対峙したまま動かないランスロットの騎士団を指差した。
「そのコートはディスプレイサー・クローク。姿消しの魔法が使えるわ」
「知っている。これには何度も煮え湯を飲まされたからな」
 柊子はうなずいて見せる。
「じゃあ、説明はいらないわね。騎士団を無視して一気にランスロットとのタイマンに持ち込んじゃって」
「承知した。……なにもかもあなたの計画通りのようだな。錬金術師と聞いていたのに、なかなかどうして大した軍師ぶりだ」
「たまたまよお。そんなに褒めても何にも出ないわよ?」
 柊子の言葉に、クラリスは笑った。

「ランスロットめ……このまま動かないつもりか」
 戦場を見下ろす飛竜の背で、レイナはぎりっと唇を噛み締めた。
「このままでは埒が開かぬな……仕方ない、私が直接叩くしかないか」
 すらり、と飛竜の鞍にくくりつけられた二本の長剣を抜き放ち、無造作に放り投げた。
 と、二本の剣は宙に留まり、レイナを守るようにうわふわと漂って刀身から妖しい光を放った。
 レイナは騎乗した飛竜のわき腹に軽く蹴り入れると、その背にすっくと立ち上がった。
「魔戦姫の剣舞、見せてやろう」
 腰の長剣を抜き、その拳から放った電撃をその刀身に纏わせ、レイナは呟いた。

 びゅっ!
 何もない空間から、不意に襲い掛かってきた拳を、ランスロットはすんでのところで避した。
 しかし、回避したはずが、拳圧を感じたこめかみがじんじんと痛む。
 打撃よりもむしろ、魔法や幻術を食らった感覚に近いものをランスロットは覚えていた。
「何奴!」
 低く叫びながら、馬上槍を繰り出すと、微かな手ごたえともに、布が引き裂かれるような音が聞こえ、柊子が姿をあらわした。
「お前は……カガミ・シュウコか」
 ランスロットは目を細めた。
「ランスロット卿。お初にお目にかかる」
「柊子ちゃんたら、ダメじゃない。そんな簡単に姿を見せちゃあ」
 柊子の後からひょこっ、と姿を見せたのは、クラリスである。
「クラリス・パラケルスス。そちらからお出まし願えるとは手間が省けた。しかし、WIZ-DOMと阿羅耶識が手を組んでいるとは初耳だが」
「今はとりあえず、な」
「そんなこと言わないで仲良くしましょ。私たちだけでも」
 柊子の応えを、クラリスが混ぜ返す。
「まあいい。両名とも討ち果たさせて頂こう」
 ランスロットはひらりと馬に乗り、馬上槍を構えて嘯いた。
「墓に眠りし有名無名の戦友たちよ、我が槍に力を!」
 ランスロットの祈りに応え、青白い無数の霊魂が次々と集まり、槍が妖しい光を帯びる。
「なあに。あれ?」
「初歩だが、死霊術の一種のようだ。戦場で倒れた霊を呼び集めて攻撃力に変換しているようだ」
 クラリスと柊子はささやき交わした。
「ふうん。柊子ちゃんにはちょっと分が悪そうね。ここは私に任せて」
 クラリスは言って、ランスロットと柊子の間に割って入る形で前に進み出た。
「な!?」
 柊子が呆気に取られた隙に、ランスロットの乗馬は一瞬でトップスピードに乗り、渾身の突撃がクラリスの胸の中心を捉らえた。
「ふたりまとめて貫く!」
「ふ!」
 その瞬間、一息吐いたクラリスの身体から、強烈な気が吹き出すのを柊子は感じた。
 どん!
 シンプルな衝突音が響き、柊子は槍の穂先に頬を切り裂かれた。
 しかし、クラリスには傷ひとつなく、ランスロットは虚を突かれた表情のまま仰向けに倒れていた。
 槍は折れ、馬は吹き飛んで倒れている。
「ごめんねえ、さすがに全部は受け止め切れなかったみたい」
 柊子を振り返ったクラリスはぺろりと舌を出した。
「いったい、何が……」
「この法衣、ああいう猪突猛進型の人から守ってくれる魔法の服なのよね。念のため着ておいて良かったわあ」
「ランスロットは死んだのか?」
「たぶんね。私もこの身体になってから初めて全力出したし」
 クラリスはこともなげに言った。

 びきぃん!
 澄んだ音が響いて、秋成の着ていたチェインメイルが弾けとんだ。
「ぐうっ!」
 レイナは頭痛に顔をしかめ、膝をついた。
「私の剣舞が……」
 身体にまったく力が入らない。のしかかる敗北感にレイナは息を吐いた。
「あっぶねえ……あの鎧がなかったら間違いなくお陀仏だったぜ」
 そのレイナを見下ろし、秋成は真っ青な顔で言った。
「さ、光ちゃん、クラリス先生の言ったとおりになったぜ。後はお好きなように」
「え? えと……」
 光は戸惑った。恐るべき敵とはいえ、無抵抗の少女を攻撃することは、流石に光には躊躇われた。
「……そのスライムとやらを使って捕まえるだけにするかい?」
 光の逡巡を察して、秋成が助け舟を出した。
「あ、それがいいですね」
 光がほっとした表情でうなずいた、そのとき。
 上空から、無数のレーザービームが振り注いできた。
「な!?」
「なんだ!?」
 上空を見上げた、光と秋成の目に映ったのは、上空を覆う巨大な宇宙戦艦と、舞い散る羽毛、そして、降臨する無数の天使。
「あれは……」
「まさか……イレイザー……」
「イレイザー、だと?」
 レイナの声に、はっと光と秋成が振り向いたときには、レイナは身を翻して飛竜の背に飛び移っていた。
「この勝負、預けたぞ!」
 飛竜の背にしがみついて、レイナは叫んだ。
「待ちなさ……」
 光の声は、イレイザーの攻撃の轟音にかき消された。


次回予告
十将軍十番勝負その10 エピローグ



COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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