◆十将軍十番勝負その10 エピローグ
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 インド洋上に浮かぶ、レムリア王国王城、タワー・オブ・スカル。極星帝国皇帝、マクシミリアン・レムリアース・ベアリスの居城であり、文字通りの帝国の中枢である。
 玉座へとまっすぐに続く深紅の絨毯の上に、レイナ・アークトゥルスはひざまずき、頭を深く垂れていた。
「ご報告いたします」
「…………」
 皇帝マクシミリアンは応えず、冷たい視線のみで先を促した。
 レイナはぐっと唇を噛み締め、静かに、深く息を吸った。
 十将軍の長として、また十将軍のひとりとして、屈辱の報告をしなければならない。
「ドラゴンロード、シャルルマーニュ・ラスタバン、魔王ルシフェルを討ち果たすも、深手を負い静養中。自ら引退を申し出ております。ラユュー・アルビレオ、大天使ガブリエルを討ち果たしましてございます。エルブンロード、カウス・ボレアリス、おなじくエルブンロード、シルマリルを討ち果たしてございます」
 ここまではいい。ラスタバンが再起不能に追い込まれたとはいえ、目的は果たしているのだから。
 ここからが、屈辱の報告の連続になる。
「マケドニア王、アレクサンダー、ステラ・ブラヴァツキに討ち果たされてございます。太師聞仲、斎木奈々を討ち果たせず、阿羅耶識の捕囚の身となってございます。関将軍、各務秋成を討ち果たせず、各務柊子に討ち果たされてございます」
「ジュバ、信長については報告無用。すでに敗死の報告があった」
 自らの王国直属の二将軍の死を、皇帝は感情のこもらぬ声で告げた。
 しかしそれも、レイナが最後に行う、レイナ自身の戦闘結果の屈辱を和らげはしない。
「……ランスロット卿、クラリス・パラケルススによって討ち果たされてございます。レイナ・アークトゥルス……東海林光を討ち果たすことかなわず、おめおめと逃げ延びて参りました」
 がりっ、とレイナの喉奥から鈍い音が漏れた。
 ぽたり、ぽたりと唇から滲みだした血が垂れ、深紅の絨毯の一部を鈍い緋色に染めていく。
 予期せぬイレイザーの襲来がどうの、と言い訳はいっさいしない。むしろそれによって虜囚の生き恥を免れえたことはレイナ自身が誰よりもよくわかっていたからだ。
「三勝五敗、といったところか」
 皇帝の言葉に、レイナは思わず顔をあげた。レイナ自身は、二勝七敗一引き分けと考えていた。
 このズレは、皇帝がラスタバンの戦果を勝利と考えていること、レイナの敗走を未だ決着がついていないと考えていることから生じたものだ。
 それはつまり、命令が継続中であること、たとえ刺し違えてでも東海林光、そしてクラリス・パラケルススの首をも取らなければならないことを意味している。
 レイナは再び唇を強く噛み締めた。
「……しかし、イレイザーが現れた以上、これ以上このゲームに興じているわけにもいかぬか。イレイザー襲来の前に、ひとまずの選別はできたわけではあるしな……」
 皇帝の言葉に、レイナは身を固くした。
「十将軍筆頭、レイナ・アークトゥルス。異次元四勢力への攻撃は一時中止とし、空席の将軍位を埋める人材の候補を選定せよ」
「かしこまりまして」
 レイナは深く頭を下げた。しかし、伏せた顔には、深い決意の表情が浮かんでいた。
(東海林光。いずれ、必ず、この手で……)
「それにつきましては」
 次の瞬間、すっと顔を上げて皇帝を直視したレイナの顔には、屈辱と決意の表情はなく、冷徹な司令官の表情のみが浮かんでいた。
「すでに数人選定を終えておりますが、この場でご報告申し上げてよろしいでしょうか?」
「ほう」
 珍しいことに、皇帝は本来の少年の姿かたちに似合った微笑を浮かべた。レイナが彼の命令を先回りして見せたとき、決まってこういった表情を見せる。
「聞いておこうか」
 普段の物憂げな、退屈そうな表情に隠されているこの笑顔が、レイナは好きだった。
「ドラゴンロードに、シャルルマーニュの従妹。アンデッド・ロードとして歌姫ディネボラ。このあたりはまずは妥当なところかと」
 レイナの言葉に、皇帝は無反応で応じる。それを肯定と理解して、レイナは先を続けた。
「関羽に代わって猛犬ク・ホリン、アレクサンダー大王に代わってフリードリヒ・フォン・アイヒェンドルフ」
「それは少し露骨すぎるな」
 皇帝は声をあげて笑った。
「確かにこのゲームでは、夏、マケドニアともに戦果をあげられず、被害は甚大だったようだが、将軍位をすべて取り上げられては黙ってはいられまい」
「夏は虜囚とはいえ太師がおりますし、マケドニアはいまや大王の後継をめぐって混乱の極地にあります。この際、いずれか将軍を陛下の代官、執政官として送るのも手かと」
「なるほど。それで氷大公か」
 皇帝は一瞬考える表情を見せたが、すぐに首肯した。
「悪くない」
 レイナは、企みを共有するもの同士特有の視線の絡みつきを楽しみつつ、先を続けた。
「また、アルフハイムからはロビン・グッドフェロウを将軍位に推挙したいとの打診がありました」
「それは許す。ムーからは?」
 アルフハイム、ムー王国はそれぞれ、カウス・ボレアリスとラユュー・アルビレオが首尾よく戦果上げている。その褒美としては、将軍位は安いほうだといえる。
「ありません」
「三つ目族は今ひとつ考えが読めないな。ふたたびイレイザーに帰順する可能性もあるかな?」
 心なしか、皇帝の表情は楽しそうな子供のものに変わった。
「……陛下、キャメロットにも叛意のおそれなきにしもあらずかと」
「……ほう。そういえば、アーサーからランスロット卿をリザレクションさせたとの報告が来ていたな」
「ランスロット卿の後には円卓の騎士のいずれかを、と考えておりましたが」
「おそらくランスロット卿が留任ということになるだろうな」
 皇帝はやや渋い表情を見せた。
「申し訳ありません……」
「気にするな」
 ランスロットの留任を拒めば、おなじく敗れているレイナの留任も難しくなる。将軍位に残ることができても、筆頭の位置は譲らねばならなくなるだろう。そうなっては、皇帝とレイナの一心同体による支配体制が揺らぐことになりかねない。
「現状が長く続くようであれば、時期を見て聞仲は更迭すべきだな。その後釜の選定も進めているな?」
「御意」
 話題をかえた皇帝に、レイナは深々と頭を下げた。
「まだ数人に絞った段階ですが。軍師的な才の持ち主、ということでレムリア王国のネクロマンサーから……と考えております」
「夏とマケドニアにはさんざんな結果だな……」
 皇帝はくすくすと笑った。
「この際、対イレイザーの先陣も任せるとしようか。関羽、アレクサンダーの汚名を雪げ、と」
「マケドニアは混乱の収拾を優先させて、キャメロットでは?」
「レイナはそれほどアーサーが怖いか?」
 皇帝はふと真顔になった。
「は、いえ」
「余よりもか?」
「いえ、そのような……」
 慌てふためくレイナの様子をひとしきり楽しんで、皇帝はふっと表情を緩めた。
「レイナの懸念は正しい。余もアーサーには注意している」
 レイナはうなずいた。
「いずれ、十将軍と円卓の騎士でゲームを行う日が来るかもな」
 皇帝は不気味な笑顔を浮かべた。
「そのときは、期待しているぞ」
「御意」
 レイナは、絨毯に前髪がつくほどに、深々と頭を下げた。
「さて、その対イレイザーはどうなっている?」
「まずは虜囚の天使軍を編成することを考えております。サマエルを指揮官にしてはいかがかと」
「忠誠心を試し、敵の戦意をくじく、か?」
「御意」
 皇帝とレイナのふたりだけの会見はそのまま朝まで続くのだった。


次回予告 イレイザー・ストライクス・バック



COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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