こぉん、こぉん。ここん、こぉぉん……。
静寂の宇宙空間に、かすかな振動音が響きわたる。
銀河女王国連邦地球攻撃軍総司令、ラユューは、巡宙艦クラウディアの艦橋の巨大なクリスタルパネル越しに、青く輝く小さな星を見つめていた。
「地球到着まで、96地球時間」
ラユューの傍らに立っているかに見える、立体映像の少女が告げた。クラウディアの管制人工知能の擬人化された映像だ。
「地球、か」
ラユューは呟いた。
屈辱の撤退命令から2年。地上軍の指揮官として撤退戦を戦ったラユューだが、今回は艦隊を含む攻撃軍の総司令として帰ってきたのだ。
「『パニッシュメントII』よりドッキング要請です」
クラウディアが再び告げた。
パニッシュメントIIは、銀河女王国連邦最大最新の宇宙戦闘母艦であり、今回の地球攻撃艦隊の総旗艦でもある。
恒星間航宙能力に惑星規模の攻撃能力、母艦機能を兼ね備えた、『神罰』の名に恥じない最強の戦艦である。
初代のパニッシュメントは地球撤退戦の際の損害と老朽化から、後継艦であるパニッシュメントIIの進宙、艤装を待って退役している。
本来、総司令官たるラユューは、総旗艦パニッシュメントIIに乗艦しているべきなのだが、彼女はクラウディアを乗艦としていた。
中枢機能の分散によるリスクマネジメント、総司令官の脚としての機動力のある巡宙艦の有用性などを表向きの理由にしてはいるが、前回の地球攻撃の際にラユューの乗艦であったことは無関係ではないだろう。
特に、クラウディアが管制人工知能により運用可能なため、周囲に最低限のスタッフを置くだけで事足りる点が、ラユューは気に入っていた。
総司令官の地位にあるとはいえ、所詮は天使族に征服された従属種族の三つ目族であるラユューは、大勢の天使族に囲まれて過ごすパニッシュメントIIの環境を嫌っていることもある。
「誰からだ?」
「メタトロン総参謀長閣下よりの要請です」
ラユューの問いに、クラウディアは簡潔に答えた。
ラユューは一瞬思案する素振りを見せたが、すぐにかぶりを振った。
「許可する」
総旗艦での雑務を任せている手前、メタトロンからの要請はさすがに無碍に断ることはできない。
「30秒でドッキングします」
「さて……今度はどんな問題だ……?」
クラウディアの報告にうなずくともなく応じながら、ラユューはひとりごちた。
「お邪魔いたします、総司令閣下」
そういって艦橋に入ってきたのは、メタトロンひとりではなかった。
「ミカエル様。ウリエル様。四大天使のおふたりが揃っておいでとは。お知らせくだされば迎えに出ましたものを」
「それには及ばん。今回の遠征の総司令官はそなただ」
真っ赤な髪をした炎の大天使、ミカエルは、メタトロンを押しのけていった。
その後ろで、メタトロンは申し訳なさそうな顔をしている。
「では、ご来訪の御用は?」
ラユューは仕方ない、とメタトロンにうなずいて見せ、ミカエルに尋ねた。
「地球が間近になったのでな、先遣隊の派遣を具申しに来た」
具申といいつつ、ミカエルの態度はそれがほぼ命令であることを露骨にあらわしていた。
「アタシらなら、ささっといって、ささっと帰って来れるからさ。ちょっと遊びに行ってくるよ。いっつもやってることだし」
ウリエルの気楽な言葉に、ラユューはひくつく眉尻を必死に抑え込みながら言葉を探した。
「ラプンツェル指揮の元、ただいま情報収集の電子戦を仕掛けていますから、地球に気取られる可能性のある行動はお控えくださいと申し上げたはずですが」
「だが、いまだにガブリエルとラファエルの消息すら不明ではないか」
ミカエルは髪をかきあげ、鼻をつん、と尖らせながらいった。
「気取られることのないよう、慎重に進めていますから。異次元からの侵入者の存在が確認された今、決定的な一撃の前にうかつに地球を刺激することは危険との連邦議会の判断がありましょう?」
ラユューは、屈辱の撤退の際に自らにつきつけられた言葉を逆にミカエルにつきつけた。
「それは、そうだが……」
「異次元帝国の皇帝はマインドブレイカーであることがほぼ確実です。これほど強大な特異点が、すでに地球に存在している無数の特異点と接触している状況については、徹底した情報収集が必要かと」
メタトロンがラユューの後押しをする。
心の中でメタトロンに感謝しながら、ゆっくりと、しかし大きくうなずいた。
「ィアーリスの艦隊合流も遅れていますし」
「えー、じゃあまだ船ん中でじっとしてなきゃなのぉ? つまんないのぉ〜。これなら戻ってこないで地球で遊んでたほうが良かったなあ」
ウリエルは口を尖らせた。
「あと48時間ほどお待ちください。ラミエルと『/BLADE』をステルス装備に換装させています。それが完了次第、おふたりにも先発していただきます」
ラミエルは、宇宙戦闘機に変形可能な可変サイボーグ天使、/BLADEはレーザー攻撃型のアンドロイドに白兵戦オプションを装備したカスタムタイプだ。
どちらも、一点突破後の地上戦が可能なユニットである。
「なんだ、総司令も先遣隊を準備していたのではないか」
ミカエルの表情が和らいだ。
「正確には、波状攻撃の第一波ですが」
メタトロンが応える。
「おふたりには主力の第二波、第三波の主戦力をお願いしようと考えていたのですが」
「だいじょーぶ。ガブとラファさえ助けたら、テレポで戻ってそっちにも参加するから」
ウリエルは、白い歯を剥きだしてにかっ、と笑った。
「そっちも面白そうだもんね」
「そうしていただけると助かります。おふたりは一軍に匹敵する戦力ですから」
ラユューはいった。
「了解した。では、失礼する。いくぞ、ウリエル」
ミカエルは満足げな表情でうなずき、踵を返した。
「じゃねー」
ウリエルはぱたぱたと手を振り、ミカエルの後を追った。
「……申し訳ありません。ぎりぎりまで止めていたのですが、私では抑えきれなくなりました」
「……仕方ないさ」
ふたりの大天使が去った後のメタトロンの謝罪の言葉に、ラユューは深いため息で応じた。
「しかし、作戦は変更が必要だな」
「はい」
「……ィアーリスの合流を急がせろ。どうやら温存しておく余裕はなさそうだ。第二波と第三波を統合し、第四波を第三波に繰り上げる」
「かしこまりました」
ラユューの指示に、メタトロンはうなずいて通信機に向かった。
そして、通信機が待機状態から復帰するやいなや、ラユューの作戦を実際に行うための細かい指示を矢継ぎ早に行いはじめた。
「あの……総司令。実は……ご相談があるのですけれど」
指示がひと段落したところで、メタトロンはラユューに話しかけた。
「なんだ?」
常に歯切れの良い口調の総参謀長の、めずらしく物怖じした様子に面食らいながら、ラユューは先を促した。
「私も、この艦に移乗してはいけませんでしょうか?」
「なに!?」
「その……せめて、48時間」
「ぷはっ」
メタトロンの必死な表情に、ラユューは吹き出すのをこらえ切れなかった。
「許可する」
苦笑しながらラユューはうなずいた。
「ありがとうございます。私も出自が出自ですから、生粋の天使の方は苦手で……」
「そういえばそうだったな」
ラユューは、傭兵から頭角をあらわし、サイボーグ化されて天使となったという、メタトロンの複雑な経歴を思い出していた。
「ふう……」
天使に竜にサイボーグ、そして、三つ目族に代表される雑多な少数種族。それらの足並みを揃えさせる苦労を思い返して、ラユューはため息をついた。
地球が間近に迫った今、その困難は最高潮に達しようとしていた。
「地球到達まで、95地球時間」
クラウディアの声が、静かに響いた。
次回予告
魔神学園