◆魔神学園
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 春の気配が少しずつ増していることを肌で感じられる朝の空気の中、丘の上の高校へと上る坂道を、ひとりの少女が歩いていた。
 今時には珍しく、制服のスカートの丈をやや長めにし、ゆったりと波打つ豊かな赤毛の、少女。
 制服を着る年齢にはやや似つかわしくない落ち着きを持った美貌の少女は、片手で手持ち無沙汰そうにゆるく巻かれた赤毛をいじり、もう片手はスカートのポケットに指をひっかけている。
 背中にもなにも背負っていないため、登校途中であるはずが、鞄ひとつ持っていないというのが奇妙といえば奇妙だった。
 さらに注意深く彼女観察すれば、額に鈍く光る突起物、角が生えていることに気付くだろう。
 鬼姫のふたつ名を古今東西に轟かせる、鬼神、鈴鹿御前である。
 鈴鹿はふと、視線を空に上げた。
 敵意を持つものの気配を感じたからだ。
 すうっと目を細め、その気配を探る。
「天使か。噂には聞いていたが思ったよりも早いのう」
 つぶやきながら、周囲を見回す。
「ここではちと拙いかの」
 思案の後、雑木林へと続く横道に足を踏み入れた。
 ぱき、と枯れ木を折り、かさかさ、と枯葉を踏みしめて歩く感覚に、鈴鹿はふとその名の元となった鈴鹿山麓を思い出した。
 彼女は鈴鹿御前と呼ばれているが、千年以上前にインドで初めて生を受けたときの名は別にある。
 鈴鹿は、かつて棲家としていた、伊勢の鈴鹿山のことであり、御前は貴人に対する尊称に過ぎない。
 よって、『鈴鹿山に住んでいるお方、女性』という以上の意味はない。
 その、鈴鹿山の空気の感覚を一瞬取り戻した鈴鹿は、その瞳を赤く光らせ、瞋恚の炎を宿らせた。
「この地は我等のものじゃ。よそものなどのいいようにはさせん」
 そう言い切った鈴鹿の角が、みるみる長く伸びていく。
 雑木林の奥のちょっとした広場についたとき、角は30cm以上に伸びていた。
 真っ赤な髪をうねらせ、見事な一角を美貌の額に飾ったその姿は、まごうことなき鬼女であった。
「ここらでよいじゃろ」
 そういった彼女の背後には、十数体の天使とアンドロイドが迫っていた。
 かつて、『消し去るもの』と名づけられた、外宇宙からの侵入者。イレイザーこと銀河女王国連邦の地球攻撃軍である。
 天使はその翼で、アンドロイドは飛行ユニットで飛行し、揃いの戦闘服に身を包み、手に手にレーザーライフルやガトリング砲といった武装を構えている。
「はぐれものよりは手ごたえがあるのじゃろうな?」
 鈴鹿はうそぶいた。
 ここしばらく、戦った天使やアンドロイドといえば、イレイザー撤退の際に置き去りにされた者や、E.G.O.のできの悪い試作品に過ぎない。
 天使の超能力と、地球よりも遥かに進んだ科学力とを兼ね備えたイレイザーと本格的に戦うのは数年ぶりのことだ。
 ぴっ! びっ!
 かすかに空気を振るわせるのみで、静かに発射されたレーザーを、鈴鹿はわずかな動きで避けた。
「このようなもの、避けるまでもないが……妾は火傷すらせずとも、服は保つまいからの」
 鈴鹿はうっすらと笑みを浮かべた。
「が、得物を使うまでではないのう」
 そういった瞬間、鈴鹿の髪が四方八方に伸びた。螺旋状にねじれて長く伸びた髪は天使とアンドロイドを貫き、大きくうねって返す動きで、さらに数体を切り裂いた。
 ががががが! どしゅ! どしゅう!
 天使たちの持つガトリング砲が轟音を発し、アンドロイドの体内からミサイルが発射された。
「ふん」
 しかし、鈴鹿はそれを鼻で笑って、顔の両脇に垂れた巻き毛の房を、螺旋の穂先として持つ、自在に動く武器として放った。
 弾丸は髪がはじき、ミサイルは髪が貫いて鈴鹿の身に届く前に爆発四散させる。
「ひょーう、さっすがあ」
 わずかに残った天使に向かって、獲物を前にした蛇が鎌首を持ち上げるように、髪を二条、ゆったりと伸ばした鈴鹿の頭上で、ぱちぱち、という手を叩く音と同時に声がした。
「アシュタルテーか」
 鈴鹿の頭上で木の枝に腰掛けた、黒髪に浅黒い肌の制服姿の少女に、鈴鹿は声をかけた。
「アタシのリハビリもかねて手伝おうかと思ったんだけど、必要なかったみたいだねえ」
「それはすまなかったのう。もう終わってしもうた」
 鈴鹿がにっこりと笑った瞬間、最後の天使が鈴鹿の赤毛に切り裂かれた。
「武器も抜かず、髪ひとすじ傷つけず。さっすがだよねえ」
 戦いが終わったことを見届けて、アシュタルテーはくるりと身を翻し、枝からおりた。
 黒髪が一瞬翼に変じて着地の瞬間の衝撃を消し去り、ふわりと音とも立てずに地面に降り立った。
「そうでもない」
 身体を、正確には制服をあらためていた鈴鹿は、仏頂面で応えた。
 鈴鹿の指先が示す先では、上着の裾に焼け焦げとほつれができていた。
「またドゥルガーに叱られてしまうのう」
 元の通学路に向かって歩き始めながら、鈴鹿は嘆息した。
「それでなくとも遅刻だしねえ」
 鈴鹿の後に続いて歩きながら、頭の後ろで手を組んだアシュタルテーは笑った。
「そこはこの際見逃してもらうとしよう。ぬしが証人じゃ」
「りょーかい。そしたらアタシの遅刻も見逃してもらえるしね」
 アシュタルテーは笑った。
「でも、鈴鹿っち、最近調子いいみたいだね。アタシはダメだあ。復活してからイマイチ調子が出なくって。あんな風に戦ったらまた殺されちゃうよ」
「ぬしは無理に戦わなくともよかろうが? 妾は正面からの戦いしか知らぬでのう」
 こうして話している間に、鈴鹿の額の角は短く縮んでいく。
「確かにこの身体は以前の身体よりも妾に合っているようじゃの」
 鈴鹿は、先ほどの戦いの感覚を思い出して、うなずいた。
「あとは、この髪さえなんとかなればのう」
 そう嘆いて、鈴鹿は赤い巻き毛に指を絡める。
「そお? かっこいいじゃん?」
「やはり、すべらかな黒髪のほうがの……長いことは長いのじゃが……」
「鈴鹿っちはそういうとこ古風だよねえ、やっぱ」
「古風なのかのう。ただ、あの方は妾の髪をお気に召しておいでだったでの……」
「それが古風だってゆーの。名前変えないのだってその人のためなんでしょ?」
『鈴鹿御前』という名前は、その意味するところのとおり、通称に過ぎない。
 しかし、彼女はここのところ数世紀に渡ってこの通称を使っている。
 それは、そう呼ばれていた時期に、そう呼んでくれた人物への想いが、数度の転生を経ても強く残っているからに他ならない。
「そういえば、なんで鈴鹿っちはおとなしく高校生なんかしてんの? 鈴鹿っちの今の力なら実戦出てもなんも問題ないじゃん? アタシはまだまだリハビリ必要だからしゃーないけどさあ」
「人間の身分があったほうが何かと便利なのでな。それと……もしやあの方にお逢いできるやも、とつい考えてしもうてのう……」
「一途じゃのう」
 アシュタルテーは鈴鹿の口調を真似ながら、鈴鹿と腕を組んで絡みついた。
 そんな会話を続けながら歩くうち、校門が見えてきた。
「ドゥルガー、かんかんだねえ」
 門の前に腕組をして仁王立ちしている、ポニーテールの少女を見て、アシュタルテーは囁いた。
「うむう」
 ふたりがひそひそ話を交わしている間に、ドゥルガーと呼ばれた少女は、制服のスカートの裾を翻してつかつかと歩み寄って来た。
「ふたりとも、また遅刻ですよ」
「途中、ちと面倒な数のイレイザーに絡まれての。アシュタルテーが証人じゃ。のう?」
「うんうん。アタシも慌てて駆けつけたんだよねえ」
 鈴鹿に腰を小突かれ、アシュタルテーはこくこくとうなずいた。
「ぬしも気配は感じておったろう?」
「ええ、もちろん。ですが、問題はその後です。走ってくれば間に合ったはずなのに、のうのうと談笑しながら歩いてくる態度は風紀委員としては許すことはできません」
「自分だってカーリーのときは遅刻早退ズル休みし放題の癖にい」
「そ、それとこれとは話が別です」
 ドゥルガーは顔を赤くした。彼女は、インドの女神の人格を複数持つ、多重人格能力者である。
 真面目なドゥルガーの人格と、自由奔放なカーリーの人格で交互にこの高校に通っている。
 彼女もまた、一度倒され、復活を果たした魔神のひとりだ。
「それに、私はカーリーの不始末を補うためにこうやって頑張ってるんですから」
「そうじゃ。補いついでに……ここ、繕っておいてたも」
 鈴鹿は上着を脱いで、焼け焦げとほつれを示しながらドゥルガーに手渡した。
「どうして私が?」
 ドゥルガーは目を白黒させる。
「身だしなみをきちんと、いつも言うておるじゃろう。しかし、困ったことに妾は繕いものなぞ、ついぞしたことがなくてのう」
「ドゥルガー、そういうの得意じゃん?」
「そ、それとこれとは……」
 ふたたび顔を赤くするドゥルガーの様子に、鈴鹿とアシュタルテーは顔を見合わせて笑い、さっさと校門をくぐるのだった。


次回予告
剣聖VS魔剣士


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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