◆剣聖VS魔剣士 後編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
「偉大なる極星帝国初代皇帝、マクシミリアン・レムリアース・ベアリス陛下にお誓い申し上げる。我、レジーナ・アルキオーネは陛下の臣民として、永久の忠誠を捧げ奉る」
 レジーナの言葉に呼応するように、レジーナの身体と剣とが、淡い光に包まれていく。
「我が永遠の忠誠と引き換えに、卑小なるこの身に、寛大なる皇帝陛下のご威光と庇護を、ほんのひととき許したまえ」
 主君に忠誠を誓うことで、戦士が受けた致命傷を癒す呪文である。
「そんなことしても、無駄だよ」
 しかし、レジーナに相対した上泉巴は、視線をレジーナに向けたまま、静かに言った。
 青眼に構えたその剣尖には毛筋ほどの揺るぎもなく、ひたとレジーナの喉元へと向けられている。
「陛下の偉大なお力を知らぬ痴れ者が……!」
 全身を魔力の淡い光に包まれ、レジーナも不敵な笑みを返す。
「………………」
 ひゅん!
 風が鳴った。
「うっ!?」
 巴に動いた素振りは見えない。しかし、レジーナは、自分が斬られたことを理解した。
 剥き出しの引き締まった腹が、ばっさりと斬られている。
 魔力の光がその傷を急速に回復しているが、斬られたことは間違いのない事実だった。
「速い……」
 レジーナは我知らずうめいたが、真にレジーナを戦慄させたのは、その斬撃の見えないほどの速さではなかった。
 あまりの速さによって、斬られたレジーナ本人が、痛みをまったく感じなかったことだ。
「一度で足りないなら、何度でも斬るだけ」
 しゅん!
 再び風がだけが鳴り、レジーナは今度は袈裟懸けに斬られていた。
 魔力による回復は先ほどよりも遅い。
 集中力が乱れ、魔力が不足した結果、剣を包んだ光も薄れ、消えかけている。
「ぐ……うぅっ!」
 恐怖と敗北感に喉元までつかりながら、それでもレジーナに剣を振るわせたのは、戦士としてして受けてきた教育の賜物による反射だった。
 きんっ!
 しかし、その打ち込みも呆気なく弾かれた。
 だが、打ち込みを受けたはずの巴に動きは見られない。少なくとも、レジーナの目には。
 にも関わらず、レジーナの体勢は大きく崩れ、みっともなく尻餅をつく。
 慌てて立ち上がるも、戦意は今にも雲散霧消してしまいそうだった。
 それでも、帝国貴族そしてアトランティス王国の王族としての誇りが、レジーナに剣を構えさせる。
「私に勝てないの、わかってるんでしょ?」
 巴は小首を傾げた。
「………………」
 レジーナは答えない。黙って、巴を睨み返す。
 ただの一撃、打ち込むだけで倒せることがわかっているはずだが、何故かその目に、巴は気圧された。
 じっとふたりの少女がにらみ合ったまま、じりじりと時だけが過ぎていく。
 傍らの立ち木に寄りかかった北辰も、身じろぎすらできない緊迫した時間が流れていく。
 すぅ……。
 永劫にも続くかに思えたその睨み合いに決着をつけるべく、巴は静かに、しかし深々と息を吸い込んだ。
「いぇ……」
 巴が、裂帛の気合とともに、とどめの一撃を放とうとした、その間際。
 どぉん!
「そこまで!」
 鋭く、涼しい声とともに、轟々と燃え盛る炎の壁が、ふたりの剣士の間に割って入った。
「双方、剣引け!」
 そう、レジーナの背後から声をかけたのは、白銀の鎧に身を包んだ、金髪の女戦士。
「レイナお姉さま……!」
 レジーナはその女戦士の姿を見て息を呑んだ。
「れいな……? おねえさま……?」
「レイナ・アークトゥルス。極星帝国の十将軍の親玉で、極星皇帝の右腕。でもってアトランティスのお姫様だ」
 北辰の言葉に、レイナは炎越しにうなずき返した。
「お初にお目にかかる。レイナ・アークトゥルスだ」
「お姉さま、何故止めるのです?」
 レジーナはレイナに食って掛かった。
「既に勝負はついていた。それは貴女にもわかっているでしょう?」
「でも……」
「そもそも、陛下のご許可も得ずにこんな私闘を仕掛けることが間違い。そして、魔法を使いすぎよ。あんな魔法の使い方では、陛下にご迷惑がかかる。貴女の魔力は貴女のものであって、貴女のものではない」
「あぅ……」
 こういった形で皇帝の名を出されては、レジーナに一言もあるはずがなかった。
「今回の私闘の件に関しては、追ってご沙汰が下るはず。それまでは私預かりとします」
「ぇと……」
「いいわね?」
「はい……」
 レジーナはしゅん、とうなだれ、か細い声でそう返事をするのがやっとだった。
「と、いうことでここは剣を収めてはもらえまいか?」
「この状況じゃそうするしかないだろなあ」
 レイナの言葉に、北辰は炎ごしに肩をすくめた。
「そちらは?」
 レイナは視線を巴に向けた。
「北辰もああいってるし」
 巴はこくりとうなずき、ぱちん、と音を立てて刀を鞘に収めた。
「感謝する」
 レイナは優雅に頭を下げた後、巴をまっすぐに見つめて、不敵な微笑を浮かべた。
「この借りはいずれ戦場でお返しする。個人的にも、貴女と剣の速さを競ってみたくはある」
 そしてそのまま、呪文を唱え、レイナとレジーナの姿は、炎の壁とともに、かき消すようになくなった。
「とんでもない相手に見込まれたもんだな」
 北辰はそういって巴の肩をぽん、と叩いた。
 巴は怪訝な表情で北辰の長身を見上げた。
「北辰、怪我は?」
「ん? もともと致命傷ってわけじゃなかったからな」
「え?」
「あ……」
 北辰は露骨にしまった、という表情を浮かべた。
「どういうことですか?」
「あー、そのーなんだ、面倒くさそうな相手だったから、巴に任せようかなと」
「面倒くさい?」
「いや、その、巴の修行相手にぴったりかな、って」
「修行相手……ですか。私けっこう死にかけたんですけど」
「そのー、なんか、ここのところ伸び悩んでるみたいだったから、一度全力で戦ってみるのもいいかなって」
「やっぱり、伸び悩んでましたか」
「あー……」
「………………」
 巴にじっと見つめられ、北辰は口ごもる。
「……でも、確かにすっきりしました。何かつかめた気もするし」
 巴は不意に表情を緩め、くすりと笑った。
「来週、またお相手お願いします」
「あ、おお。任せとけ。痛てて」
 北神は胸を叩き、顔をしかめた。
「そのためにも、まずは怪我の手当てです」
 巴はそういって北辰に肩を貸し、屋敷へと歩き出した。


次回予告
WIZ-DOM魔法学院


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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