◆アイドル血風録 前編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 さわさわと観衆のざわめきだけが満ちる薄闇のステージ。
 こつこつと靴音が響き、ステージの中央で止まった。
 薄闇の中にかすかに浮かぶ人影に観衆が気付き出すと、緊張感の高まりとともに、ざわめきが静まっていく
 静けさと観衆の緊張が頂点に達しようとしたそのとき。
 スポットライトがひとりの少女を照らし出す。
「ら〜びにゅ〜う〜♪」
 舌足らずな、発音も怪しいワンフレーズ。
 照らし出されたコケティッシュな衣装の少女の姿と、歌い出しのフレーズに観衆がどっと沸いた。
  その瞬間、メロディが一気に流れ出す。
 少女の名はみさき美宇。最近売り出し中のアイドルである。
「出会った ときには 気付いて なかった♪」
 肺活量の足りない少女に合わせた、途切れ途切れの歌に合わせて、観衆の手拍子、掛け声、足踏みが轟音のようにステージに押し寄せる。
「だって♪ 生まれた ときには 出会って いたから♪」
 混乱と戦乱の続く状況下にあって、むしろその状況下だからこそ、アイドルの仕事は増え、重要性は増している。
 民衆を慰撫し、士気を高める。美宇をはじめとする、カリスマ能力を持った少女たちは、そのほとんどがE.G.O.の所属となっている。
 微弱な、しかし広範囲のテレパシー能力を持つもの。
 範囲は狭いが、素養のないものの潜在意識にも働きかける催眠能力を持つもの。
 歴史上でも、日常においても、超能力の中では比較的知られた類の能力を持つものたちだ。
「気付いた ときには も・お♪ ゴマカせ なかった♪」
 ピンクとブルーの衣装に、緑がかった不思議な色合いのツインテールを揺らして、美宇は歌い、踊り続ける。
「で・も♪ 言葉に しちゃダメ この想い♪」
 そんなアイドルたちの中で美宇は、局所的なカリスマを発揮し、その影響化にあるものたちの力を利用する、というやや毛色の変わった能力の持ち主である。
 しかし、その能力は戦闘で威力を発揮するもので、人気を高める方向には作用しづらい。 そこで、E.G.O.の意を受けた事務所では、妹系アイドルというコンセプトを打ち出し、そのコンセプトに基づいた言動と歌詞とを併用することで、ここのところ確実に人気を上げはじめていた。
「ら〜びにゅ〜! お兄ちゃんたち! だーい大だい大好きだよ〜!」
 歌い終えた美宇は、ぴょんぴょんとステージ上を左右に跳ね回り、両手を大きく振って媚を振りまいている。
 それに煽られた観客たちは、怒号を上げ、足を踏み鳴らす。
 その反応を確かめるようにもう一度ステージ上を一周した美宇は、両手を大きく振りながら舞台袖に下がって行く。
「お疲れさま」
 スーツ姿の男が、大きなタオルを美宇に差し出した。
「わ〜♪ ありがとっ」
 美宇は満面の笑みを浮かべてタオルを受け取るが、それでもメイクが落ちないように軽く額や首筋を押さえるに留める。
「今日も最高の盛り上がりでしたね」
 男は客席を覗き見ながら、成果を確認するようにひとりうなずいた。
「そうだね〜 みんな楽しんでくれたみたいでよかった♪」
 そういいながら美宇は男にタオルを返そうと差し出す。
 男は代わりにミネラルウォーターのペットボトルを差し出す。
 と、美宇の動きが止まり、ペットボトルを差し出した男の手首をつかんだ。
「あなた、誰?」
「え? 何をいってるんですか。マネージャーの……」
「美宇のマネなら、美宇はステージの後30分、体が冷えるまでは、いっさいの水分を取らないことは知ってるはずよ」
 美宇の口調が変わり、男の手首を握る手の力が増していく。
「く……」
 男は観念したのか、唇を歪めると、手首を掴まれているのにも関わらず、関節が極まってしまう方向に自ら身体を捻った。
 予想していた方向とは逆の動きに、虚をつかれた美宇の力が弱まった瞬間、男の身体はぐにゃりと芯がなくなったような手応えに変わって、美宇の手をすり抜けていた。
「あなたが……フェイスレス」
 美宇は、目の前に忽然とあらわれた、薄汚れたマントを羽織り、奇妙な仮面を手にした女性に向かって言った。
「そこまでばれていたのね。E.G.O.も侮れないわね」
 フェイスレスは自嘲気味にうなずいた。
「もう、顔は覚えたからね」
 きっぱりと言う美宇の言葉に、フェイスレスは微笑で返す。
「この顔が本当の顔とは限らないわよ? ……あなただって『みさき美宇』ではないでしょう?」
「さすが。伊達に同じメタモーフじゃないってことか」
『美宇』がにこっと笑うと、その顔が、全身がずるり、と蠕動した。
 次の瞬間、そこに立っていたのは、衣装は同じながら、身長はかなり増し、長い青い髪をなびかせた、ひとりの少女。
「小鳥遊ひびき!」
 フェイスレスは思わず叫んだ。
 小鳥遊ひびき。極星帝国の侵攻以前から、スーパーアイドルとして日本の芸能界に君臨し、同時にE.G.O.所属の強力なメタモーフ−−変身能力者としても知る人ぞ知る少女である。
「若い子たちの周りからいろいろ情報が漏れてるし、怪しい事件も起きてる、っていうから。でも、そこでいきなりあたし本人が出てったら警戒されるに決まってるもんね」
 ひびきは不敵な笑みを浮かべた。
 ひびきは、念動力やテレパシーに秀でているわけではないが、変身能力を応用した肉体的な戦闘能力では定評がある。
「簡単に正体をバラしたものね」
「ちゃんと自分に戻らないと危ないもの。あたしたちは」
 フェイスレスの皮肉に、ひびきは肩をすくめて応えた。
 精神力によって肉体を変貌させる能力は、強力だが自我を崩壊させる危険を常にはらんでいる。精神が肉体を規定するのと同様に、肉体も精神を一定の形に保つ器の機能を担っているのだ。
「ほら、あたしって演技派だし。嘘ついてるとそれを信じきっちゃうのよね」
 うそぶきながら、ひびきは拳を軽く握って突き出した。その手から手首にかけて、眩い電光が縦横無尽に走る。
「悪いけど、さっさと終わらせてもらうね」
「……信じきるのも力の使い方のひとつじゃなくて?」
 戦闘態勢に入ろうとするひびきに向かってフェイスレスはそういうと、懐から取り出した新しい仮面をつけた。
「ディネボラ様。お力をお借りいたします」
 ぐにゃり、とマントと仮面ごとフェイスレスの姿が歪んだ。
 次の瞬間、そこにいたのはもはやフェイスレスではなく、華奢な腰をコルセットでさらに締め上げた、美しいシルエットのドレス姿の少女。
「極星帝国十将軍が末席に名を連ねます、ディネボラと申します。以後、お見知りおきを」
 そういって、直前までフェイスレスであった少女はスカートをつまんで優雅にお辞儀をした。
 歌姫ディネボラ。新十将軍に選ばれた、レムリア王国に太古から存在するアンデッドの少女である。
 その出自はレムリア王国創世にまで遡り、初代レムリア王に寵姫として愛され、その美貌、歌声を永遠に保つためにアンデッド化されたと伝えられている。
「それでは、始めましょうか」
 ディネボラがそういって胸の前で手を組むと、美しい、しかし精神を蝕む歌声が響き渡った。

次回予告
アイドル血風録 後編


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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