◆ヴァンパイア・アイドル 前編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
「おはよーございまーす」
 小鳥遊ひびきが、ひょっこりと扉から顔を覗かせて挨拶した。
 現在、E.G.O.芸能部は、E.G.O.本部を兼ねるイツキインダスリー本社ビルに間借りする形で、事務所を運営している。
 ひびきは変身能力を持つため、デビュー時から今に至るまで、平気で単独行動を取る。
 今日も、ここまで電車を乗り継ぎ、徒歩でやってきていた。
 服装も、膝丈のパンツにタンクトップとノースリーブのデニムのブルゾン、髪は流してキャスケットを被っただけという、ラフな私服姿である。
 本人曰く、情報収集と潜入任務の訓練ということだが、基本的に変身能力を使っていないところを見ると、スーパーアイドルの小鳥遊ひびきだと気付かれる瞬間を楽しんでいるようだ。
 無論、気付かれた直後にまったくの別人に変身してやり過ごすのだが。
 それについても、ひびき本人は変身能力の使いすぎは危険であると主張し、ダークロアの変身能力者たちの多重人格化などの例証があるため、誰もその愉快犯的な行動に口を挟めずにいる。
 そんなひびきだが、今日は誰にも気付かれることがなかったため、多少不満気味な表情を見せている。
 なんといっても、一般人の反応は人気のバロメーターには違いないし、彼女たち芸能部の能力者たちの能力はファンの思念によるところも大きいからだ。
「せんぱぁい〜! おにいちゃんたちがぁ〜」
 そんなひびきが事務所内に足を踏み入れるやいなや、こちらもTシャツの上にキャミソール、ミニスカート姿のみさき美宇がまるでタックルでもするかのような勢いで抱きついてきた。
「な、何!? ちょっと、落ち着いて……」
 押し倒さんばかりの勢いの美宇を受け止め、頭を撫でて落ち着かせようとするが、美宇はひびきからはなれようとせず、抱きついたままずるずると足元にうずくまってしまう。
「せぇんぱぁいぃ〜美宇、もうどぉしたらいいかぁ」
 足にしがみついてめそめそと泣く美宇の様子に、ひびきは美宇から話を聞くことはあっさりと諦め、周囲のスタッフを見回して尋ねた。
「いったい何があったわけ?」
「それが……最近美宇のファンがずいぶん減ってきている、という話をしたところ……」
「はぁん。なるほどね」
 ひびきは鼻を鳴らしてうなずいた。
「でも、そんなに目に見えて減ってるの? 美宇のファンってそもそもかなーりコアでディープな傾向じゃない?」
 しゃがみこんで美宇を軽く抱きしめ、よしよしと慰めてやりながら、ひびきはスタッフを見上げた。
「そうなんです。ですから、これには何か理由があるはず、ということで調査を進めた結果を教えて対策を練ろうとしたのですが……いきなりこの有様で」
 スタッフは困り果てた様子でひびきにしがみついて離れようとしない美宇を示した。
「結果? 理由がわかったの?」
 ひびきはずるずると美宇を引きずって応接セットのソファへと向かいながら耳聡く反応した。
「はい。実は美宇だけでなく、減少傾向は全体に見られる傾向でして」
 ポットから冷たい麦茶を注いでひびきと美宇に差し出しながら、スタッフは頷いた。
「結果だけ単純に言えば、ひとりの新人のせいです」
「なーんだ」
 ひびきは肩透かしをくらった、という表情でソファに背をもたれかけさせ、麦茶をすすった。
「そんなのよくあることじゃない。みんな新しいもの好きだから。美宇とターゲットが近かっただけでしょ。元気出しなさい。すぐ戻ってくるわよ」
 ひびきに慰められ、美宇は涙と鼻水でくしゃくしゃの顔をあげた。
「ほんとですかぁ〜?」
「ほんとほんと。そんなことあたしだってしょっちゅうあったもの」
 ティッシュで涙と鼻水を拭いてやりながら、ひびきは優しく笑ってうなずいた。
「それが……」
  美宇が機嫌を直しかけているだけに、非常に言いにくそうにスタッフは切り出した。
「そう簡単な相手ではないようなんです」
「わ〜ん!」
 その言葉を聞いて、美宇はひびきの膝に顔をうずめてふたたび泣きだした。
「もう美宇はダメなんですぅ〜……お兄ちゃんたちに嫌われて、引退になって、事務所からも追い出されちゃうんですぅ〜」
「ちょ、ちょっとぉ」
 ひびきは困り果てた表情で美宇とスタッフを交互に見る。
「大丈夫、引退とかまだまだ先だし、追い出されたりなんかしないから」
「でもでもぉ、美宇は……美宇はお兄ちゃんたちに嫌われたら生きていけないですぅ」
「う……」
 ひびきは思わず口ごもった。
 美宇の能力は、ファンの共同意識の中に存在する『みさき美宇』のイメージを利用するものだ。そのイメージがある限り、年老いることも傷つくこともない。しかし逆に言えば美宇の存在そのものがファンの思念によって支えられているとも言えるだけに、美宇の言葉は正鵠を射ていた。
「だ、大丈夫だってば! あたしも一緒に対策考えてあげるから、ね?」
 必死に美宇を慰めながら、ひびきはスタッフに先を促した。
「簡単な相手じゃないって、どういうこと?」
「最近、美宇に限らず、うちの事務所のタレントのファンが全体的に減っていまして」
 いいながら、スタッフは数冊の雑誌を取り出し、グラビアを広げて見せる。
 そこには、さまざまなボンデージ系の扇情的な衣装を身に付けた同じ少女がポーズをとっていた。
「時期的にはこの子が活動し始めた時期に一致しています」
「『KAMILA』……『カミラ』って読むのかしら?」
 ひびきの言葉に、スタッフはうなずいた。
「その名前に聞き覚えはありませんか?」
「何よ。やけにもったいぶるじゃない?」
 そういいながらも、スタッフの問いにひびきは眉をしかめてしばし考え込んだ。
「まさか……吸血鬼?」
 記憶を探った結果、映画や芝居として上演されるある古典のタイトルにたどりついたひびきの言葉に、スタッフはうなずいた。
「シェリダン・レ・ファニュ著の吸血鬼ものの古典ですね。『KAMILA』とはスペルが違いますが、あえて変えている可能性が高いです。『KAMILA』がカーミラ本人である可能性があります」
「本人って。相当の年寄り……もとい大物ってことじゃない。証拠は?」
「ファンを魅了する能力は吸血鬼のものに間違いありません」
 スタッフの言葉に、ひびきは手を額に当てて嘆いた。
 文字をイメージできない言葉の応酬に、美宇はいつの間にか泣き止んで、膝に抱きついたままきょとんとした顔でひびきを見上げている。
「やっばい相手が出てきたもんね。ダークロアならまだいいけど、極星だと手に負えないかも?」
「その辺りの調査をお願いしたいのです。そして……」
「やばそうなら倒してこいってわけね。はいはい」
 ひびきは肩をすくめて笑った。
「ジョイントコンサートを企画中です。その場でなんとか」
「直接ファンがいる場は心強いけど……逆にまずいことにならなきゃいいけど」


次回予告
ヴァンパイア・アイドル 後編


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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