◆ヴァンパイア・アイドル 後編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
『だって♪ 生まれた ときには 出会って いたから♪』
 スピーカーから、ステージ上のみさき美宇の歌声が流れてくる。
 E.G.O.が企画した、十組ほどのアイドルによる、サマージョイントコンサートの真っ最中だ。
『み゙〜〜ゔ〜〜!』
 合いの手に、怒号にもにた濁声が轟く。
「コアはがっちり捕まえてるようだけど……この会場で魅了するようなら本物ね」
『気付いた ときには も・お♪ ゴマカせ なかった♪』
 ヘアメイクに髪を任せ、鏡ごしに中継モニターを眺めて小鳥遊ひびきはつぶやいた。
 売り出し中の新人アイドル、KAMILAが、ヴァンパイアの能力をつかってファンを魅了している可能性が高い、という報告を受けて、KAMILAを誘い出し、その能力を調べるために企画されたのがこのコンサートだ。
「で・も♪ 言葉に しちゃダメ この想い♪」
 こんこん。美宇の歌が終わったところで、控え室の扉がノックされた。
「どうぞ〜」
 小鳥遊ひびきは、鏡に向かったまま、澄んだよく通る声で応じた。
「はじめまして、『KAMILA』です」
 扉を開けて控え室に入ってきた短い髪の少女はそういって頭を下げた。
「ステージ前に、大先輩の小鳥遊ひびきさんにご挨拶をしておこうと思って」
「わざわざありがとう。よろしくね」
 顔をあげて笑ったKAMILAに、ひびきは相変わらず顔を動かさずに応じた。
(ヴァンパイアは鏡に映らないっていうけど……まあ、そう簡単に正体バレるような真似はしないか。グラビア撮影できてるぐらいだし、何か対策してるのね)
 ひびきは背筋に冷たいものを感じながら、ヘアメイクを制して立ち上がり、振り返った。
「小鳥遊ひびきです。改めてよろしくね。KAMILAちゃん」
「こんなに早くひびきさんと同じステージに立てるなんて光栄です。ひびきさんは私の目標でしたから」
 KAMILAはそういって、真っ赤な唇を妖艶に歪ませ、やはり真っ赤な瞳でひびきの目をまっすぐに覗き込んだ。
「とんでもない。芸能界は実力の世界だもの。有望な新人が多いから、私もうかうかしてられないわ」
 ひびきはKAMILAの視線を怯まず受け止め、跳ね返す。
 KAMILAの目が驚きに見開かれた。しかしそれは一瞬のことで、舌で唇をぺろりと舐めると、鋭さを増した視線をひびきに向ける。
「アンコール、ワンフレーズずつ順に歌う予定になってますよね」
「ええ」
 KAMILAの言葉にひびきはうなずいた。
「私、ひびきさんの前なんですよね。とっても楽しみです」
 その瞬間、KAMILAの目が妖しい輝きを増す。
(挑戦ってわけね。上等だわ)
 ひびきは軽く顎をあげてKAMILAに向かって笑って見せた。
「そうね、初競演ってことになるのかしら? あたしも楽しみにしてるわ」

 わあぁぁぁぁあああ……。
 トリを務めるひびきの歌が終わり、いったん緞帳が降りる。
 歓声と拍手が予定調和的に「アンコール」の掛け声と手拍子に変わる中、舞台袖に駆け込んだひびきは衣装を脱ぎ捨て、アンコール用の衣装を着せられるに任せて酸素を吸入して息を整える。
「せぇんぱぁ〜い」
 すでにアンコール用の揃いの衣装に着替えて舞台袖で待機していた美宇が、仔犬のように駆け寄ってくる。
「美宇。KAMILAに何か?」
 ひびきに問いかけられ、美宇はぶるぶると頭全体を大きく横に振った。
「ひびきせんぱいに言われたとおり、ずーっと見張ってたけど、ずーっとニヤニヤ笑ってお兄ちゃんたち見てるだけでしたぁ」
「やっぱり仕掛けるのはアンコールってことね。まあ、勢ぞろいしたところでファンがごっそりKAMILAに熱狂したら……効果的は効果的よね」
「ふぇぇ〜美宇のお兄ちゃんたちとられちゃうぅ〜」
 ひびきの言葉に美宇は泣きべそをかき始める。
「大丈夫。あたしがなんとかするわ」
 ひびきは美宇の頭をぽんぽんと撫でて、美宇の手をとってステージの所定の立ち位置に向かう。
 並み居るアイドルたちを従えるかのように、ひびきが中央、右に美宇、左にKAMILAという並び順になっている。
 既に並んでいたKAMILAが、にっと唇を横に伸ばして笑った。
「いよいよですね、スーパーアイドル小鳥遊ひびきさん?」
「そうね、KAMILAちゃん」
 KAMILAの揶揄するような口調に、ひびきは動じることなく応じる。
「うぅ〜美宇はアウトオブがんちゅ〜って感じです〜」
 ひびきの身体に隠れるように、美宇がKAMILAを睨みつけると、音楽が始まり、緞帳がさっと左右に開かれていく。
 わあああああぁぁぁあああぁぁっ!
 歓声と怒号と拍手の中、スポットライトがステージ上の少女達を順に照らし出していく。
 スポットライトを浴び、昨年の流行り歌や夏の定番の歌をメドレーでワンフレーズずつ順に歌っていく。
 やがて美宇の順番になり、舌足らずな声で美宇が歌い上げると、再び美宇のファンがいっせいに濁声をはりあげる。
『み゙〜〜ゔ〜〜!』
「ら〜びにゅ〜!」
 声援に応えて手を振る美宇は、お決まりのセリフを言い始めた。
「美宇はお兄ちゃんたちのこと、だーい大だい……」
 それを遮るように、KAMILAが一歩前に進み出ると、そこにスポットライトが一気に集まった。
 それが合図であるかのように音楽が転調し、KAMILAの声が響き渡った。
「♪Fanatic on me!」
 歌い出した瞬間からKAMILAの目は爛々と輝き、観客達は次第に酩酊状態に、ついで熱狂状態になっていく。
「あぁ〜 お兄ちゃんたちがぁ〜〜」
 美宇の悲鳴に、KAMILAはにやっと横目でひびきを見て笑った。
「♪Fascinate with you!」
 目前での観客の熱狂ぶりに、他のアイドルたちもショックを隠せない様子だ。
(う〜ん。能力者には間違いないけど、ファンの取り合いに終始するなら大きな問題にはならないし、正体を突き止める手がかりにもならないのよねぇ。この感じ、どうも極星帝国じゃなさそうだけど)
 しかし、ひびきは少々複雑な表情で歌い踊るKAMILAを見つめていた。
(とするとやっぱりダークロアかな。でもそれも確証はないし。う〜ん)
 考え込むひびきに、美宇がすがりついてきた。
「せぇんぱい〜美宇、どうしたら……」
 その言葉に、ひびきは我に返った。
(いけないいけない。とりあえず、その程度じゃ、このスーパーアイドル小鳥遊ひびきのファンは奪えない、ってこと教えておかなくちゃね。ついでに少し挑発して探ってみますか)
「大丈夫よ、美宇。こんなの長くは続かないわ」
 ひびきはわざとKAMILAに聞こえるよう言うと、美宇にウィンクしてステージ最前列に進み出た。
「みんな! 今日はありがとう! 最後まで盛り上がっていこ〜☆ みんな一緒にぃ!」
 その瞬間、大多数の観客の視線がKAILAからひびきへと移った。
 あっけに取られたKAMILAにもウィンクを飛ばし、ひびきは観客と、ステージ上の他のアイドルたちにも歌うよう促す。
「さっすが、スーパーアイドル小鳥遊ひびきね。吸血鬼の虜になった人間をこうもあっさりと」
 大合唱の中、KAMILAは悔しそうに、しかし楽しそうにひびきに囁いた。
「やっぱりヴァンパイアだったのね。ダークロア?」
 肩をすくめてうなずくKAMILAに、ひびきは悪戯っぽくウィンクを飛ばした。
「魅了の力ひとつでのし上がれるほど、簡単なところじゃないってことよ」
 ひびきがKAMILAと美宇の手を取って大きく掲げると、他のアイドルたちも互いに手を繋いでそれに続く。
「お見事。今日のところはあんたの勝ちよ」
 KAMILAは素直に隣のアイドルとも手を繋ぎ、両手を掲げて笑うのだった。

次回予告
竜の女王


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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