◆竜の女王
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 静寂の宇宙空間を飛翔する、巨大な異形のシルエット。
 九本の竜の頭と尾がうねり、三対の羽根を広げた姿は、禍々しい黒い花が咲いたかのようにも見える。
 花の中央には、雌蕊のように、美しい少女の上半身が毅然と顔をあげ、太陽風に長い銀髪をゆるやかになぶらせていた。
 少女と数体の竜が合体した、異形の姿。それは、ドラグーン・クイーン、ィアーリスである。
 イレイザーの従属種族のひとつ、ドラグーン族の唯一の女王だ。
 ドラグーン族は地球の蟻や蜂に似た生殖形態をとっており、産卵が可能なのは女王種のみである。
 そして、女王種が牡竜との生殖行為なしで産卵した卵からは、生殖能力のない兵隊竜と働き竜しか生まれない。
 ドラグーン族がイレイザーこと銀河女王国連邦に征服された戦いの際に、生殖能力を持つ牡竜、女王竜の成体は、ィアーリスのみを残して死滅した。
 ィアーリスは、僅かに残された有性卵の安全と引換えに、自らと自らの部族の服従を決断したのだった。
 その有性卵は全て、天使族の元に保管されており、人質を取られた状態のドラグーン族は、いつ孵るとも知れない卵に種族の未来を賭け、天使族の言うがままに過酷な戦闘を銀河じゅうで強いられてきたのだった。
 ィアーリスの三対の羽根が微妙に角度を変え、宇宙空間の太陽放射を受け止め、推力に変える。
 やがて、ィアーリスの前方に小惑星帯が見えてきた。
 イレイザー地球攻撃艦隊に所属するドラグーン族は、故郷の恒星系に似た小惑星群を仮の巣としていた。
 ぐるるるるるぅぅうううう!
 ィアーリスの接近を感知した竜たちが咆哮を上げ、女王を迎える。
 しかし、その咆哮は歓迎の声ではなく、物悲しい葬送の歌声だった。
 宇宙空間を自身の羽根で渡ることができるまでに成長した竜は、残されたドラグーン族の中ではそう多くはない。
 しかし、そのほとんどがこの地球攻撃艦隊に借り出されている。
 そして、その中の一匹が、今まさに息絶えようとしているのだった。
 きゅるるるるぅぅ……。
 竜たちの中心に寝そべった竜がか細い鳴き声をあげた。
 真っ赤な鱗に青い目を持つその竜は、極星帝国との戦闘で致命傷を負ったが、残された力を振り絞ってこの仮の巣へと戻ってきた。
 その知らせを受け、ィアーリスは艦隊総旗艦『パニッシュメントII』の傍を離れ、このアステロイドベルトに急行してきたのだ。
 しかしそれは、葬送のためではない。
 ィアーリス自身の成長、新たな誕生のためであった。
 宇宙空間を渡る翼を持つ、巨竜たちが悲しげな鳴き声を合唱する中、ィアーリスは赤竜に近づいていった。
 しゃあああぁぁぁ。
 二対の角を首の後ろに、鼻先に縦に並んだ二本の角を生やした赤竜の白く濁り始めた青い目が、ィアーリスの姿を認め、赤竜は最期の力を振り絞り、鎌首をぐい、ともたげた。
 ィアーリスの身体から生えた首のうち二本が、優しくその赤竜の首を向かえ、支え、ィアーリスの本体である少女の元へと導いていく。
 少女ィアーリスの小さな手が優しく赤竜の硬い鱗を撫でる。
 赤竜は目を閉じ、か細い声で鳴き始めた。
 くるるるう……るるるくるるるぅ……。
 それは、瀕死の竜には不似合いな、穏やかで希望に満ちた歌だった。
 きゅるるるう、きゅるるるう。
 周囲で葬送の歌を歌っていた竜たちの鳴き声も、それに合わせるかのように変化していく。
 竜たちのハーモニーに囲まれ、少女ィアーリスは穏やかな微笑を浮かべた。
 微かな少女ィアーリスの頷きに促されるかのように、ィアーリスの身体の竜の首が次々に鎌首をもたげていく。
 そして、その首は逞しい顎を次々にぱっくりと開き、鋭い牙を剥き出しにした。
 るるっるるぅ、きゅるくるるるぅ。
 やがて、赤竜のか細い鳴き声を主旋律にしたハーモニーが最高潮を迎えると、ィアーリスの竜の首が、一斉に赤竜の身体に噛み付いた。
 ある首は喉笛を噛み千切り、ある首は腹を裂き。
 一瞬でバラバラになった赤竜だが、それでもなお首は希望の歌を歌い続ける。
 少女ィアーリスがその鼻面を撫でるうちに、赤竜の身体はィアーリスの竜の顎によって解体され、その肉体は貪るように飲み込まれていく。
 赤竜の肉体が頭だけになった瞬間、九本のィアーリスの首が捧げるように赤竜の頭を一斉に掲げた。
 それを合図に周囲の竜はぴたりと歌をやめる。
 そして、赤竜の首はィアーリスの竜の顎に引きちぎられ、飲み込まれた。
 それを確認して、少女ィアーリスは静かに目を閉じた。
 すると、ィアーリスの竜の首、尾、羽根が少女の上半身を優しく包み、護る形で丸くなった。
 そのまま、ィアーリスは深い眠りに入った。
 竜たちに護られ、眠り続ける間に、ィアーリスの身体を覆った鱗は、次第に白く乾いていった。

 ぱきん。
 数日の後、完全に乾ききったィアーリスの鱗にヒビが入った。
 ぱきぱきぱき!
 ヒビは一気に伸び、枝別れし、ィアーリスの鱗はぱらぱらと砕けて散らばった。
 その中から現れたィアーリスの身体は、眠りにつく以前よりも一回り以上大きく、逞しくなっていた。
 そして、よく見れば、三対の羽根に隠れるように、小さな羽根が一対生えていることに気付くだろう。
 さらに、九本の逞しい尾と首の間から、小さく短い首と尾が生えていることにも。
 その小さな生えたばかりの竜の首は、首の後ろに二対の角、鼻先に縦に並んだ二本の角を生やしており、鱗の色こそ黒いものの、間違いなくあの貪り食われた赤竜の特徴を備えていた。
 それは、優秀な同族と融合し成長する、女王種ドラグーンの能力だった。
 かつては、年に一度、もっとも優秀な竜が部族の長である女王種と融合する慣習だった。
 そのため、頭の数を数えれば、その女王種の年齢がわかったものだ。
 この融合によって、女王と一体化することは、生殖能力を持たない働き竜や兵隊竜にとっては最高の栄誉とされている。
 しかし、ドラグーンの絶対数が減った現在、ィアーリスは逞しい竜が瀕死の状態になったときのみに限って融合することにしていた。
 融合する前に死んでしまうものが多く、ィアーリスはなかなか融合を行うことができないでいる。
 赤竜との融合は、ィアーリスにとって実に数年ぶりの融合の儀式であった。
 ごぉぉぉぉおおおおお!
 ィアーリスの首が咆哮を上げ、身震いして乾いた古い鱗を脱ぎ去り、脱皮する。
 羽根を羽ばたかせ、ィアーリスの巨体が宇宙空間に花開く。
 ぐるるるるぅ。
 喉を鳴らす自らの身体から生えた首の一本を小さな手でぴたぴたと撫で、少女ィアーリスは宇宙空間を飛翔する。
 融合、脱皮の後は非常な空腹が彼女を襲う。
 その空腹を癒すため、ィアーリスは地球へと進路を向けるのだった


次回予告
竜の支配者


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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