◆竜の支配者
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 かっ!
 銀色のブレストプレートに、赤い髪と揃いの赤いマント姿の少女が、緋色の絨毯の上で踵を鳴らして敬礼した。
「ソフィー・エルタニン、お呼びにより参上しました!」
 少年のような短い赤毛の外見どおりの、軽やかな声が謁見室に響く。
「うむ。ご苦労」
 鷹揚に頷いたのは、極星皇帝、マクシミリアン・レムリアース・ベアリス。
 レムリアースはレムリア王家の姓であり、ベアリスは子熊座を意味する。
 子熊座は、北天にあって不動の座を占め、無数の星々に君臨する北極星をその身に抱く星座であり、北極星は不滅の星として、極星帝国の名の由来でもある。
「こちらへ」
 皇帝の玉座の脇に控えた、レイナ・アークトゥルスが、玉座に近づくよう、ソフィーに身振りも交えて指示した。
 アークトゥルスは牛飼い座のアルファ星であり、『熊の番人』を意味している。
 本来の意味はまったく逆であるはずだが、レイナはまさしく皇帝の番人として、帝国に所属する七王家に鋭く睨みを利かせる、皇帝の片腕としての手腕をふるっている。
「失礼します」
 ソフィーは緊張した面持ちで、絨毯を一歩一歩踏みしめて皇帝の元へと近づいていった。
 やがて玉座の間近に達した所で足を止めたソフィーは、助けを求めるようにレイナを見る。それに対してレイナは跪くよう身振りで示した。
 アトランティス王家の城が巨大な多頭竜の背に据えられていることから明らかなように、アトランティス王家と竜使いの一族の繋がりは古く、深く、ソフィーにとってレイナは遠縁の親戚に当たる。
 ややほっとした表情で玉座の前に跪いたソフィーに、皇帝が言葉をかけた。
「ソフィー・エルタニン、そなたにドラゴンロードの称号を与える。十将軍として余に仕えよ」
 すでに内示によって知らされていたこととはいえ、皇帝自身の口から聞かされる衝撃は、ソフィーの予想以上に大きかった。
 俯いたまま口をぱくぱくとさせるソフィーを、皇帝とレイナが不審気な表情で見つめる。
「……あ、ありがたき光栄に存じますっ!」
 何度か練習してきた言葉を、やっとの思いで叫ぶように発する。
「歴代のドラゴンロードの名に恥じぬよう、精一杯務めますっ」
「うむ。期待しているぞ」
 ソフィーの態度を面白がるような口調で皇帝は応え、さらに言葉を続けた。
「ついては、新たにラスタバンの姓を授ける」
 ラスタバン。
 それは、先代のドラゴンロードにして十将軍、ソフィーの従兄であるシャルルマーニュが賜っていた姓である。
 ラスタバンは竜座ベータ星の名であり、代々のドラゴンロードが与えられてきた姓だ。ソフィーのつい先ほどまでの姓のエルタニンは、ラスタバンに次ぐガンマ星の名である。
 順序で言えばアルファ星であるツバーンの名が本来ドラゴンロードの姓には相応しいのだが、かつて北極星の座にあり、アトランティス王家の古い姓として今では忌避される姓となっている。
「立て、ソフィー・ラスタバン」
 皇帝の声に操られるかのように、ソフィーは立ち上がった。
 レイナが、剣を捧げるよう、また身振りで示す。
 それに目でうなずき返したソフィーは、腰に佩いていた剣を抜くと、刃の部分を持って柄を皇帝に差し出した。
 皇帝はそれを受け取ると、刀身に口付け、その刀身でソフィーの左右の肩をひた、と叩くと、横にしてソフィーの目前に差し出した。
「よ、よろしくお願いしますっ!」
 ソフィーは叫んで、剣を恭しく両手で受け取ると、鞘に収めた。
(これで、儀式は終了のはずだけど……)
 ソフィーは恐る恐る皇帝とレイナの顔をかわるがわる上目遣いに見た。
 と、皇帝が言葉を発した。
「下がってよいぞ」
 レイナも同時にうなずく。
 ほっとした表情で、ソフィーは回れ右をして、絨毯を踏みしめて謁見室を出ていった。

「ふぃー、緊張したぁっ」
 ソフィーは、謁見室の大扉を出た廊下を控え室に向かって歩きながら、大きく伸びをした。
「まあ最初は仕方ないさ」
「あ、シャルルにいちゃん」
 ソフィーの仕草にくすくすと笑いながら声をかけてきたのは、先代のドラゴンロード、シャルルマーニュである。
 松葉杖をついて歩く姿が痛々しい。
 ソフィーにとっては従兄に当たり、物心ついたときから竜使いの一族を率いてきた長である。
「どうしたの? もう引退だからのんびりするって言ってたのに」
 ぴったりと寄り添って松葉杖をついたシャルルマーニュの体を支え、ソフィーは尋ねた。
「一応、新しい姓を賜るということで呼び出されたんだ。まあ、エルタニンになるんだろうな」
 シャルルマーニュは肩をすくめた。
「あ、そっか。あたしがラスタバンなんだ。うーん、当分馴れなさそう。急にドラゴンロード、十将軍だなんて言われてもさぁ」
 ぼやくソフィーに、シャルルマーニュは笑いながら忠告する。
「おいおい、これからはソフィーがドラゴンロードなんだからな。しっかり頼むぞ。皇帝にも馴れていかないと。まあ、陛下はあれで可愛いというか、歳相応のところもおありになるからな」
「えぇー? とてもそうは見えないよぉ?」
「戦場でのできごとや、竜たちの生態について話すと熱心に聴いてくださるぞ。一度、竜の洞窟にご案内したときも、熱心に御覧になって、質問もされたものだ」
 ソフィーの疑り深い視線に、シャルルマーニュは応える。
「ふーん」
「そうだ、また洞窟にご案内差し上げるといいかも知れないな」
「うーん」
 あまり気乗りしなさげなソフィーに、シャルルマーニュはふと思いついて言った。
「そうだ、オレの謁見が終わるまで待っていてくれないか? 帰りはソフィーの竜に一緒に乗せていって欲しいんだ。最後に、洞窟の連中に挨拶をしたい」
「それは、構わないけど……」
 シャルルマーニュの言葉に、ソフィーは表情を曇らせた。
「ホントに、ホントに、引退なの? 最後じゃなくていいじゃん。シャルルにいちゃんなら洞窟の面倒ぐらい見れるでしょ?」
「おいおい、その話はもう何度もしたじゃないか。まともに竜に乗れないやつには竜の世話はできないって」
「そうだけどさあ、でも、世話係の指揮とか、やること一杯あるじゃん」
「それこそ、ソフィーがやることだろう?」
 先代がいつまでも大きな顔をしては、ソフィーにとってよくない。そう、シャルルマーニュが考えていることはソフィーにも理解できるのだが、感情が納得いかない様子だ。
「じゃあ、月一回! 月一回様子を見に来てよ。で、気付いたことをこっそりあたしにだけ教えて」
「ん……まあ、それくらいなら」
 確かに、いきなりソフィーにドラゴンロードの重責を全て押し付けるのは無責任だと感じたシャルルマーニュは、首肯した。
「やったぁ! じゃあ、あたしが迎えに行くねっ!」
「おいおい……それじゃ示しが……」
「あたしの腕を採点してよっ。それならいいでしょ? これからどんどん戦場に行かなきゃいけないんだもん……」
「そう、だな……」
 不安そうな少女の表情を見せるソフィーの頭を撫でて、シャルルマーニュはうなずいた。
「その代わり、点は辛いぞ」
「えぇーっ?」
「おっと。そろそろお呼びがかかりそうだ。ちょっと行って来る」
 目を丸くするソフィーに笑いかけ、シャルルマーニュは謁見室の扉へと向かった。


次回予告
転校生


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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