◆転校生 中編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
「いやー、まいったまいった。いきなりたたき殺されるかと思ったよ」
 昼休みの学食で、日比野凛は、ラーメンをずずずっと行儀悪く啜りながら頭をかいた。
 同じ丸テーブルを挟んで向かい側に座った朱麗花は、その姿に眉をひそめ、それに気付かれないよう、すっと手元の包みに視線を落とした。
「朝校門にいたの、ドゥルガーだろ? すっげえ迫力だったよ。あいつに襲い掛かられたら、いいとこ相打ちってとこだったろうな」
「凛、声が大きくてよ」
 手元の弁当の包みを開きながら、麗花は凛をたしなめる。
「誰が聞いているかわかりません」
 そういって、あたりを警戒して見回す。
「ああ、そっか。他にもいるかも知れないもんな」
 凛は得心した表情で大げさに、うなずいて、今度は顔を伏せひそひそ声で話を続ける。
「鈴鹿御前にディーヴィ。それからアシュタルテーもいるんだろ? いっぺんにかかられたら頭数が足りないよな」
「……そうですわね」
 行儀よく箸で弁当を口へと運び、よく噛んで飲み込んで、お茶を一口飲んでから、麗花は相槌を打った。
「タイマンなら意地でもなんとでもするけど。やっぱ数の不利はなあ。どうしようもないって」
 麺を食べ終わったラーメン丼に、ざかざかとライスを掻き入れながら凛はひそひそ声で言う。
「援軍とか呼べないのかな? 千里さんとか、純さんとか。頼りになるよー」
「それは難しいですわね」
 麗花はもの思わしげな表情でかぶりを振った。
「私たち二人を転校させただけで精一杯でしょう。短期間にそう何人も転校生を送っては怪しまれるだけですわ」
「うーん。そりゃそうか。純さんは年が問題だしな。あでも、先生とか……体育教師ぐらいしかできないかな?」
 麗花の言葉に、凛は箸の頭で頭をかいた。
「入学式の季節だったら良かったのですけれどね」
 その行儀の悪さに麗花は眉をひそめるが、あえてそれには触れず、先を続ける。
「私たちの任務は彼女たちを倒すことではありませんし。それに、朝の話から分かるとおり、あちらにもすぐに私たちと事を構える様子はありませんから」
  朝のこと、とは、凛がE.G.O.であることを知っていた様子のドゥルガーが、凛に手を出さず、丁寧に職員室へと案内したことだ。
「昨今の情勢もありますし、あちらもまだ態勢は整っていないのでしょうし。なるべく相手はひとりずつ、こちらはふたり、という状況を作り続けましょう。そうすれば無用な戦いは避けることができるはずですわ」
 麗花はそういって、綺麗に食べ終わった弁当を包みなおし、お茶をゆっくりと口に含んだ。
「はー、めんどくさい。戦ってぶちのめして終わり、なら楽なのに。それにあの坂! あれを毎日登るなんて、やってられないよ」
 凛は、校門へと続く長い上り坂を思い出して、うんざりした表情を見せる。
「話が違うよな。ああいうことも漏らさず教えてくれないと」
「それは、あなたが下見をサボったからですよ? 自業自得というものです」
 麗花は澄ました顔で釘を刺す。
「うう……そりゃあ、そうなんだけどさあ……」
 凛は麗花を恨みがましい目で見つめ、丼を持ち上げてラーメンライスをがふがふと掻き込むのだった。
「ねえ、そこのふたり。ちょおっといいかな?」
 そこに、ひとりの女子生徒が近づいてきた。
 浅黒い肌に漆黒の長い髪。金色の瞳のその少女の正体は、魔神アシュタルテーである。
「あ、はい。あなたは同じクラスの……」
 麗花は言葉に詰まる。
「芦田よ。芦田ルミ。ここでの名前は。ま、アシュタルテーでいいけどね」
 アシュタルテーはあっさりと正体を明かして、にっと歯を剥き出しにして笑った。
「あんたたち、E.G.O.と阿羅耶識のエージェントでしょ?」
「……!」
 その言葉を聞いて、凛も思わず腰を浮かせる。
「あー、いいからいいから。やる気だったら問答無用でひとりのときに襲ってるって」
 凛の肩をぽんぽん、とたたいて、アシュタルテーは麗花と凛の座るテーブルを囲む椅子のひとつに腰をおろす。
「まあ最初はアタシも、E.G.O.のエージェントが来るってゆーからやる気まんまんだったんだけどね」
 足を組んで、テーブルに肘をついて手の甲で顎を支え、上目遣いに金色の瞳を輝かせて凛を見つめる。
「それなら、別に遠慮しなくってもいいんだけど?」
 凛はアシュタルテーの挑戦的な瞳を受け止め、睨み返す。
「そーなんだけどねー。でも、ちょっと気が変わってさ」
 凛の言葉に、ぎらっ、とアシュテルテーの猫科の動物のような瞳が獰猛な獣の輝きを帯びる。
「それはどうしてですの?」
 麗花は必死に平静を装って尋ねた。
「……あたしと、取引しない?」
 質問には直接答えず、アシュタルテーはすっ、と上半身を起こして、頭の後ろで手を組んで言った。
「取引ぃ?」
「……どのような?」
 ただ面食らった表情で声をあげる凛とは対照的に、麗花は思案深げな表情で問い返した。
「借りを返したい相手がいてさ。そいつの情報……居場所とか連絡先と引換えなら、アタシはあんたたちには手を出さない。……バレない程度なら手を貸してあげたっていーよ」
「なるほど……」
 その言葉を聞いて、麗花はますますもの思わしげな表情を深める。
 しかし、凛は気にせず、問い返した。
「借りのある相手って?」
 そう問われて、アシュタルテーはギリッ、と唇を噛み締め、搾り出すように言った。
「万城目千里。それから、氷上純」
「……っ!」
 アシュタルテーの口から出た二名の名前を聞いて、凛は息を呑んだ。
「アタシを殺してくれたふたり組さ。さすがに、借りを返さなきゃ魔神の名が廃るってもんだ」
「……少し、時間をいただけますか?」
 まさに先ほど、援軍として名を上げたふたりをこれほど恨む相手がいたことに、目を白黒させる凛を尻目に、麗花はアシュタルテーの表情を窺うように尋ねた。
「そういうと思った」
 アシュタルテーはニヤリと笑うと、椅子を蹴るように立ち上がった。
「いいよ。あまり長くは待てないけどね。それに、ドゥルガーはともかく、カーリーもそいつらを狙ってるからね。あいつはアタシみたいに取引とか言い出さないで、腕ずくで聞き出そうとするかも知れないから、気をつけなよ」
 アシュタルテーはそういって、制服のプリーツスカートを翻して学食を出て行った。
「ど、どどどどうしよう?」
 凛は麗花にすがりつくような目で尋ねる。
「そーっだんだよね。千里さんと純さんがアシュタルテーとディーヴィを倒したんだった」
 頭を抱える凛に、麗花はうなずいた。
「……さっきは、事態を整理する時間が欲しかったのでとりあえずああ申し上げましたけど」
「けど?」
 凛は麗花にしがみつかんばかりの勢いで語尾を繰り返した。
「教えて差し上げませんか?」
「……は?」
「ですから、万城目さんと、氷上さんの居場所を」
 面食らう凛に、噛んで含めるように麗花は繰り返した。


次回予告
転校生 後編



COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


AquarianAge Official Home Page © BROCCOLI