◆転校生 後編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん

 丘の上に立つ校舎の屋上を、冬に向かって深まっていく秋の風が吹き抜けていく。
 そこにいるのは、4人の少女。
 浅黒い肌に漆黒の髪。制服の短いスカートが翻るのも気にせず、妖しく光る金色の目に傲慢な表情で立っている少女は、古代フェニキアの女神、アシュタルテー。
 古代バビロニアの女神イシュタルと同一神格であり、キリスト教によって淫猥なる邪神として断罪され、のちにアスタロトの神格を生んだ魔神。
 しかしその名は本来金星を意味し、戦、性愛、豊穣などを司り、ヴィーナス、アフロディーテ、アストライア等の女神たちの起源となった最古の女神のひとりである。
 その背後で、風紀委員の腕章をつけた細い腕を胸の下で組んで立っている、小麦色の肌の少女は、ディーヴィ、ドゥルガー。
 ディーヴィは神、ディーヴァの女性形であり、女神そのものを意味する。サティ、カーリー、パールヴァティなど、数多の神格をその身に宿すヒンズーの主要神格のひとりである。
 彼女たちはかつて、仮初めの肉体を破壊され、滅ぼされた。
 そののち、復活を果たしたが、能力を完全に取り戻してはおらず、この学園で学生生活を送りながら、ゆっくりと鋭気を養っている。
 無限ともいえる生命力を持つ彼女たちにとっては、わずかな気分転換、暇つぶしと言えるかもしれなかった。
 一方、そのふたりの魔神に対するように立っているのは、少年のような引き締まった身体の日比野凛。
 制服のスカートを履いていなければ、少年だと思うものも多いだろう。
 今も、スカートの下にハーフパンツを履いて、色気のないことはなはだしい。
 その傍らには、秋風に揺れる長い髪を手で押さえた、朱麗花。
 こちらは長めのスカートに楚々とした居住まいで、女らしい雰囲気を醸し出している。
「これが、氷上さんと万城目さんの情報だ」
 凛はそういって、封をした小さな封筒を差し出した。
「さんきゅー。話がわかるね」
 アシュタルテーは金色の眼を片方つぶって笑い、封筒を受け取ろうと手を伸ばした。
 だが、凛はひょい、とその手を避けて封筒を引き戻した。
「何のつもり?」
 アシュタルテーの目がぎらりと光る。
「そっちこそ」
 凛は、その迫力に総毛立ちながらも、怯える気配を気取られまいと、ごくりと唾を飲み込みたくなる自分を抑えて言った。
「カーリーには知らせないはずじゃなかったのかよ」
「ああ」
 アシュタルテーはポン、と手の平を拳で打って、ドゥルガーを振り返った。
「この子もアンタらと話したいんだって。二対一じゃ危ないしい? それから、これはカーリーじゃなくってドゥルガーだって。カーリーなら今頃アンタたちに襲い掛かっても不思議じゃないって」
「カーリーと間違われるのは心外ね」
 ドゥルガーは一歩進み出て言った。
「私は現在の状況は認識してるわ。でも、カーリーはそんなことは気にしない」
「カーリーは動物と一緒だもん」
 笑うアシュタルテーをきっと睨んで、ドゥルガーは続けた。
「私とパールヴァティは、今あなたたちと事を構える意志はないわ。そのことを伝えておこうと思って」
 その言葉を聞いて、凛は肩の力を抜いた。
 しかし、その背中を麗花が叩き、囁く。
「油断しては駄目です」
「へ?」
 無防備に顔を向ける凛を軽く睨みつけ、麗花は尋ねる。
「あなたと、パールヴァティ、と仰いましたね。では、カーリーはどうなのです?」
 核心を突かれ、ドゥルガーは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「アシュタルテーと一緒にお返しをしに行くでしょうね。機会があればあなたたちにも襲い掛かるでしょう」
「それを、見逃せ、と仰るのですか?」
「そういうことになるわね」
 ドゥルガーは頷いた。
「おいおい、なんだよそれ」
 凛は呆れた表情で言った。
「アタシはカーリー連れて行くよ。二対一じゃフェアじゃないっしょ」
 アシュタルテーはそう言って笑った。
「む……」
 アシュタルテーに向き直る凛の袖を、麗花が引いて制止する。
「そのことは今は忘れてください」
「けど……」
 ゴネる凛を麗花が説得しようと口を開いたところに、ドゥルガーが口を挟んだ。
「もちろん、無理なお願いなのは承知ですから、代償は払います」
「代償?」
 凛は聞き返した。
「私とパールヴァティはアシュタルテーに手を貸さないこと。それから、鈴鹿御前との話し合いの仲介をいたします」
「鈴鹿はドゥルガー苦手だからね。立会人としては頼りになるよ。真面目だし。でも、いきなりカーリーになっちゃうかもねー」
 茶々を入れるアシュタルテーを、ドゥルガーはきっと睨む。
「どどどどーする?」
 凛は麗花に尋ねる。
「悪くない条件ですわ。それを渡せばアシュタルテーとも休戦成立ですし。私たちの任務に集中できます」
 麗花は考えながら頷いた。
「そ、そっか」
 凛はこくこくと頷いて、アシュタルテーに封筒を差し出した。
「オッケー。持っていきなよ」
「交渉成立だね。そうこなくっちゃ」
 アシュタルテーは笑って封筒をはしっと掴んで凛の手から奪い去った。
「じゃあ頑張ってね。鈴鹿は手ごわいよ」
「私の話も承諾ということでいいのね?」
 問いかけるドゥルガーに、麗花は頷いた。
「できるだけ早く、鈴鹿御前との場をセッティングしていただけると助かります」
「……妾ならここにいるぞ」
 そのとき、給水搭から声が響いた。
「面子も揃っておるようじゃし、話が早いのではないかの?」
 長いスカートの裾を翻して屋上へと降り立った、真っ赤な長いくるくると巻いた髪の少女。
 額には短い角。
「あ、あいつ!」
「鬼姫、鈴鹿御前」
 凛と麗花はごくりと唾を飲み込んだ。
「妾のいないところで、ようも勝手な話を進めてくれるものじゃのう」
 ゆっくりと歩みを進めて、凛たちに近づく鈴鹿御前。額の角がぐんと伸び、髪がざわざわと蠢く。
「だって、アタシ関係ないもん」
 アシュタルテーは舌を出して笑い、髪を羽根に変型させて、給水搭へと飛んで腰掛ける。
「高見の見物を決め込むつもりかの?」
 それを見て鈴鹿は肩をすくめて笑った。
「ドゥルガー、そなたはどうするつもりじゃ?」
「ドゥルガーは消えちゃったよ」
 鈴鹿の質問に応えた、その言葉に、凛と麗花は慌てて振り向く。
 そこにはドゥルガーと瓜二つの、しかし、黒い髪を逆立て、邪悪な笑みを浮かべる少女が立っていた。
「カーリー……」
 麗花は呟いて息を呑んだ。
「マズイな」
 凛と麗花は背中合わせに立って構える。
 凛が鈴鹿に、麗花がカーリーに対峙する形だ。
「カーリー、久しいの。それで。どうするのじゃ?」
「いいよ。一緒にやろうよ」
 鈴鹿の言葉にカーリーは歯を剥き出して笑うと、スカートを翻して走り出した。


次回予告
転校生 完結編




COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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