◆転校生 完結編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん

 めっきり風が冷たくなった晩秋の夕刻。
 給水搭の影が長く伸びた校舎の屋上では、四人の少女たちが入り乱れて戦っていた。
「しゃああああっ!」
 浅黒い肌に逆立った黒髪。女神ディーヴィの人格の中でもっとも好戦的な人格であるカーリーが、気合とともに息を吐き、鋭く伸びた爪を閃かせて、朱麗花に襲い掛かった。
「すぅぅっ……」
 半身に構えた麗花は、緩やかに息を吸いながら、風紀委員の腕章のついた制服の腕を肘の外側で捌きながら、カーリーの足を軽く払った。
「っ!」
 くるん、と呆気ないほど簡単にカーリーの身体が回転して宙に舞う。
 ごん。
 鈍い音とともに、カーリーは頭からコンクリートの床面に落ちた。
「いったいなぁ、もう……拳法かぁ。めんどくさいなあ」
 乱れたスカートを直し、埃を払いながら、カーリーは立ち上がった。
 口では痛がっているものの、ほとんどダメージを受けた様子は感じられない。
「麗花、大丈夫?」
 鈴鹿御前に向かって構えながら、軽やかにステップを踏む日比野凛が心配そうに声をかける。しかし、その目は油断なく鈴鹿御前に向けられたままだ。
「ええ、この調子なら……」
 凛の問いに応えながら、麗花は再びのカーリーの攻撃を捌く。
「しばらくは持ちこたえられそうです」
「そっか」
 ほっとした口調の凛に、鈴鹿御前が唇を歪めた。
「妾を前に他人の心配とは余裕じゃのう」
 額の角がぐん、と伸び、豊かに波打った赤毛がざわざわと蠢いて数条にまとまって伸びていく。
「鬼姫と詠われた妾も舐められたものじゃの」
 びゅるるっ! ぎゅるん!
 真っ赤な髪が回転しながら凛に襲い掛かった。
「はあっ!」
 それに対して、凛は気合を発して、左右の拳に意識を集中する。
 すると、赤く、青く、あるときは銀色に光り輝くオーラが立ち上り、凛の拳を包んだ。
「ふっ、はっ! りゃっ!」
 息を吐きながら、左右の拳を振るい、スニーカーを履いた足を高く蹴り上げる。
 がっ! ががっ! こんっ!!
 凛の拳は、襲い掛かってきた鈴鹿の髪全てを打ち返し、弾いた。
「ほぉ……」
 さすがに、鈴鹿の顔に感嘆の表情が浮かんだ。
 蹴り上げた足はもちろん、輝くオーラに守られた凛の拳は鈴鹿の攻撃を正面から受け止めて傷ひとつついていない。
 たんっ、たんっ、ととっ。
 凛は、リズミカルにステップを振りながら、にかっと歯を剥きだして笑った。
「どんなもんだい!」
「さすがに、たったふたりっきりでこの学園に潜入してくるだけのことはあるね」
 給水搭に腰掛けて脚を組んだアシュタルテーも感嘆の声をあげる。
「さすがの鈴鹿御前もてこずりそうじゃない?」
「まったくの」
 鈴鹿も素直に頷き、笑った。
「でも、アタシが加勢してればどってことなかったかも?」
「う……」
 アシュタルテーの言葉に、凛は冷たい汗がじわりと手の平に滲むのを感じた。
 集中力を必要とする凛の能力は、気力を減退させるアシュタルテーの邪眼の能力の前には、あっという間に無力化されてしまうだろう。
「3対2の状況を防げて助かりましたわね」
 麗花が囁く。
「そちの加勢には及ばぬ。ここは本気でいかせてもらおうかの」
 そういう鈴鹿の手には、いつの間にか、鞘に入った大太刀が握られている。
「またまた。最初っから手なんか抜いてないくせに」
「黙れ」
 アシュタルテーの茶々に応えながら、すらり、と抜かれた大太刀の白刃が沈み行く夕日を受けてきらめく。
「なんかやばそ……」
「私もこのままでは長くは持ちません。どこかかで攻撃に転じなくては」
 緊張を抑えきれず、ごくっと生唾を飲み込んでつぶやいた凛に、麗花もうなずく。
「このままいくとジリ貧。今やろう」
 凛はきっぱりと言った。
「……わかりました」
 一瞬躊躇した麗花だったが、ここは、日々ストリートファイトを行っている凛の流れを読む力を信じることにした。

「そっか、殴るからダメなんだ」
 一方、数度攻撃を捌かれては転がされているカーリーは、ぽん、と手を打った。
「拳法に拳でいっちゃダメだよねー。失敗しっぱい」
 いいながら、やおら拳を給水搭の立つ建造物の壁面にたたきつけた。
  どごっ!
「うひゃっ!?」
 鈍い音と悲鳴がして、建造物が半壊し、給水搭が崩れる。
「いきなり危ないってば」
 給水搭の上というポジションを奪われたアシュタルテーは、黒髪から生やした翼をばさばさと羽ばたかせて空中でホバリングしながら唇を尖らせる。
「これならぐるぐる回されないもんね」
 しかし、カーリーはアシュタルテーをまったく無視して、散らばった壁の残骸や金属片を、念動力で自らの周囲に浮かべる。
「死んじゃえっ」
 カーリーは、念動力でコンクリ塊や金属を弾丸のように麗花に向かって射出した。
「ふぅううううう……把っ!」
 麗花の目がかっと見開かれ、その細身の身体から裂帛の気合が迸る。
 両腕が大きく回転し、打ち出された残骸を絡めとり、その方向を変えていく。
「うそっ!」
 目を丸くするカーリーの目前に、カーリー自らが打ち出したコンクリ塊や金属片とともに飛び込んでくる麗花の肘が迫ってきた。

「おおおおおお!」
「ほぉ」
 咆哮とともに肘から指先、膝から爪先までをオーラで包み込んだ凛の姿に、鈴鹿は二度目の感嘆の声を漏らした。
「これほどのつわものだったとはの。これはちと調子に乗りすぎたかのう」
 しばらくぶりに、獲物ではない、敵に相対した感覚に鈴鹿の目が、すっと細められる。
「しかし、お互い一度振り上げた剣と拳。交えずには終われぬな」
 凛の戦士の目を見て、鈴鹿は笑った。
「ゆくぞ……」
「来い! 鈴鹿!」
 ステップを踏む凛に向かって、大太刀が振り上げられ、赤毛が逆巻く。
「鈴鹿ちゃ〜ん。今日はもうやめにしよ?」
 と、そこに間延びした声がかけられた。
「は?」
「へ?」
 お互いだけに集中しきった状態の虚を突かれ、一気に気を削がれた鈴鹿と凛は、声の主へと振り向いた。
「あーあ、もうパールヴァティが出てきちゃった」
 空中でホバリングしたまま状況を見守っていたアシュタルテーは、肩をすくめながら屋上に降り立つ。
 その言葉どおり、先ほどまでカーリーだった少女は、服装や面立ちはそのままに、色素の薄い髪をふわふわとなびかせた柔和な表情の少女、パールヴァティに、文字通り変貌していた。
「鈴鹿ちゃんも、この子たちの実力はもうわかったよね?」
「あ、ああ……まあ、そうじゃの」
 気抜けした表情でうなずく鈴鹿に、パールヴァティは続けて話しかける。
「私に免じて、ちょっとこの子たちのお話、聞いてあげてよ。ねっ、お願いっ」
 両手を合わせて鈴鹿にウィンクするパールヴァティに、鈴鹿は面倒くさそうに頷いた。
 パールヴァティの横では、麗花がほっとした表情で凛にうなずいた。
「肘を打ち込む寸前で、表情が変わったのに気付いたんです。なんとか止められて良かった……」
「さんきゅ。助かったよ」
 凛は麗花に向かって笑った。
「もうちょっと、やってたかった気もするけどね」
 その凛の言葉を耳聡く聴きつけた鈴鹿が応じる。
「妾ならいつでも相手になるぞ」
「うん、そのうちね。できれば、ストリートがいいけど」
 鈴鹿の言葉に、凛は肩をすくめて笑った。
「いやーホント、一時はどうなることかと」
「お主が言うでない」
 呑気なアシュタルテーの言葉に、大太刀を鞘に収めた鈴鹿は鋭く切り返した。


次回予告
ハイプリエステス

 



COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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