◆ハイプリエステス
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 バチカン市国。世界最小の国にして、世界最大の影響力を持つ国。
 ローマ法王が統治し、国民の大半が聖職者である。
 この国の経済は切手や書籍の販売、観光、そして募金によって成り立っている。
 その、バチカン市国にあるサン・ピエトロ大聖堂。
 殉教の聖者ペテロの墓地に建立された、ローマ法王にのみミサを執り行う権利がある、もっとも権威ある寺院である。
 その、聖廟の扉は今は厳重に閉ざされ、美しいステンドグラスで飾られた窓や、荘厳な薔薇窓も全てぶ厚いカーテンで閉ざされている。
 明かりは祭壇の燭台に揺れる蝋燭のみだ。
 その隔離された聖廟に、数十人の少女たちが集まっていた。
 三重の輪になった少女たちの中央に立っているのは、青地に金糸の刺繍で縁取りがなされた豪奢な法衣を纏い、額に宝冠を戴いた、金髪の女性。
 ジャンヌ=ヨハネスVIII世。

女教皇“ジャンヌ=ヨハネス[”
イラスト/かなん

 伝説に幾たびかその姿を現す、女教皇。
 それは、WIZ-DOM円卓会議の議長を意味する。つまりはWIZ-DOMの最高位の人物である。
 伝統的なカトリックの正統な教義では有り得るはずのなかった、女性にして教皇という存在は、WIZ-DOMが秘密結社であった時代に、その秘密が人の口から口へと漏れ伝えられたものだ。
 ジャンヌは、周囲に集まった少女たちの顔をゆっくりと見回した。
 フード付きのマントで、端正な顔も美しい肢体も半ば覆ってしまっている、エディス・ハーキュリー。
 ジャンヌに似た法衣に身を包んだ、鋭い眼差しのヨアンナ・ウェルギリウス。
 金属鎧を着込み、長剣を腰に佩いた美しい金髪を三つ編みにまとめた少女、アンドレア・ヴェルレーヌ。
 背徳的な革のボンデージ衣装を見につけ、妖艶なスタイルと滑らかな肌を露出した、オルガ・レフトウィック。
 豪奢なドレスを着こなした美しい少女、アレクサンドラ・メディナ。
 おっとりした表情で透けるワンピースをゆったりと羽織ったシャロン・プラティニ。
 炎の鳥を肩にとまらせた、フレア・シュナイダー。
 そして、板金鎧に身を包んだ長身の女性、イザベル・フランドール。

隠者“エディス・ハーキュリー”
イラスト/あづみ冬留
法皇“ヨアンナ・ヴェルギリウス”
イラスト/COM
テンパランス
“アンドレア・ヴェルレーヌ”
イラスト/椋本夏夜

デビル“オルガ・レフトウィック”
イラスト/かわく
塔“アレクサンドラ・メディナ”
イラスト/八重咲馨
スター“シャロン・プラティニ”
イラスト/硝音あや

 
ザ・マジシャン“フレア・シュナイダー”
イラスト/椋本夏夜
パラディン“イザベル・フランドール”
イラスト/あさぎ桜
 

 最も内側の輪を作る彼女たちは、タロットのメジャーアルカナの名を二つ名として冠された、強力な能力を持つメンバーである。
 アルカナ。起源不明な古い魔術意匠は、メジャーアルカナとマイナーアルカナに大きく二分される。
 マイナーアルカナはトランプの起源とされ、メジャーアルカナは現在ではタロットカードとして一般にも用いられる魔術道具となっている。
 一般にも用いられるということは、それだけ強力な魔力を持つことの証であり、そのメジャーアルカナを象徴する名を与えられた彼女たちは、それぞれに傑出した魔力を持つ能力者である。
 そして、その彼女たちは、ハイプリエステス、すなわち女教皇の二つ名を冠される、WIZ-DOM円卓会議議長直属のメンバーであった。
 ジャンヌがその位に着くまで、長らくハイプリエステス不在の期間が続いていた。
 円卓会議ではイザベルが代理を務めてはいたものの、アルカナメンバーの構成員は減り続け、メジャーアルカナの名を冠された主要メンバーも三分の二以上が欠員という惨憺たる有様になっていた。
 しかし、ジャンヌが女教皇となってからは着々と将来のメジャーアルカナ候補であるマイナーアルカナ構成員も増え、メジャーアルカナメンバーも次々に誕生していっている。
 じゃらん。
 ジャンヌが、手にした、巨大な宝玉の嵌め込まれた宝錫を振った。
 この場に集まった全員の視線がジャンヌに集まる。
 「本日は、三名のメジャーアルカナを指名する」
 アルカナメンバーに置いては、ハイプリエステスの決定は絶対である。
 否を唱えるものはただのひとりとしていない。
 「まずは……アンドレア・ヴェルレーヌ」
 名を呼ばれたアンドレアは不思議そうな顔をし、外側の輪をなす少女たちがわずかにざわめいた。
 それもそのはず、アンドレアは既に『テンパランス』のメジャーアルカナを冠されているからだ。
 どん!
 ジャンヌが無言で錫杖で床を突くと、錫杖がしゃらりと鳴って、聖廟には一瞬で静寂が訪れる。
 「アンドレア・ヴェルレーヌに『ジャスティス』の名を与える」
 そう告げられて、アンドレアは一瞬ぽかんとした表情を見せたが、すぐに顔を引き締め、片膝を床につき、礼の姿勢をとった。
 「ありがたく、お受けいたします」
 アンドレアが新たに与えられたメジャーアルカナは『ジャスティス』。すなわち正義。
 外に対してはアルカナメンバーを守り、内に対してはアルカナの秩序と規律を正す役割を担うため、もっとも強く、もっとも厳しくあることを要求される。
 アンドレアの広範囲に届く魔力はまさにうってつけと言えた。

ジャスティス“アンドレア・ヴェルレーヌ”
イラスト/椋本夏夜

 「空席となった『テンパランス』は改めて選定を行い、後日指名する」
 アンドレアに微笑んでうなずいた後、ジャンヌは静かに告げた。
 「続いて……ポーラ・ウァレンティヌス」
 名前を呼ばれた少女は、一番外側の輪にあってぼんやりとしていた。
 聞き覚えのある名ではあったが、まさか自分の名であるとは思いもよらず、聞き流していたのだ。
 アルカナメンバーの構成員として、女教皇にして『ハイプリエステス』たるジャンヌの付き人のようなことはしていたが、自分がメジャーアルカナに指定されるはずなどない、と思い込んでいたのだ。
 「……ポーラ・ウァレンティヌス!」
 どん、と床を着く音と同時に轟いたジャンヌの声に、ポーラはやっと反応した。
 「うわは、ははははい!?」

女教皇“ポーラ・ウァレンティヌス”
イラスト/こげどんぼ*

 反応はしたものの、事態は飲み込めずに目を白黒させる。
 「こちらへ」
 振り返ったジャンヌに促され、アンドレアのときにも増してざわつく人の輪を恐る恐る掻き分けて中央に進み出る。
 ジャンヌはおどおどした態度のポーラに一度微笑みかけ、告げた。
 「ポーラ・ウァレンティヌスに『ハイプリエステス』を与える。同時に私、ジャンヌ・ヨハネスは『エンプレス』とする」
 「はいいい!?」
 ポーラはさらに目を白黒させる。
 「後は任せたぞ」
 ジャンヌは口元に微笑を湛えて、宝玉のついた錫杖をポーラに差し出した。
 「あ、はい……」
 微笑に釣られるように手を差し出したポーラの腕に、錫杖はずしりと重かった。
 「その錫杖の宝玉は『ハイプリエステス・アイ』、女教皇の瞳、と呼ばれている」
 戴いていた宝冠を下ろし、手ずからポーラの頭に戴冠させながら、ジャンヌは言った。
 「強大な魔力と、膨大な知識が詰まっている。この難局にあって、必ずやお前の助けになるだろう」
 「あ、はい……」
 ポーラはまだぼんやりとした表情のまま、頷いた。

ハイプリエステス・アイ
イラスト/こげどんぼ*

 自らの指名によって『エンプレス』となったジャンヌは、そのまま一歩退いて、ポーラの背後に位置した。
 ジャンヌはイザベル、フレアらと目くばせを交わした後、ポーラに囁いた。
 「猊下、本日の閉会の宣言を」
 「あ、はははい! え、えーと……きょ、今日はこれでおしまいにします!」
 促されるまま、ポーラは叫ぶのだった。

ハイプリエステス“ポーラ・ウァレンティヌス”
イラスト/こげどんぼ*


次回予告
吸血の宴



COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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