◆吸血の宴
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 分厚いベルベットのカーテンで日の光を遮った浴室に、妙に落ち着かない気分にさせる香が焚きしめられている。
 漂う香の煙で視界には靄がかかり、ちらちらと揺れるランプの光にいくつかの人影が照らし出されている。
「あなた……こっちへいらっしゃい?」
 黒いレースの下着を着たまま、陶器のバスタブに半身を浸した、長い黒髪の女性が手招きする。

ブラック・カウンテス“エルジェベート・バートリ”
イラスト/村上水軍

 手招きされるまま、扇情的な半裸の衣装でランプを捧げ持っている少女のひとりが、ふらふらとバスタブの女性に近づいていく。
「あなたの若さを私にちょうだい……」
 バスタブの女性は細く伸びた爪先で少女の喉をそっと撫でる。
「…………」
 少女は朦朧としてほんのり上気した表情のまま、ゆっくりと頷く。
「いい子ね……ありがとう……」
 黒髪の女性はゆったりと微笑み、爪を閃かせた。
「……!」
 少女の喉と手首がぱっくりと切り裂かれ……一瞬の後にどぷどぷと血が溢れ出した。
 その血を全身に浴びながら、女性は命じた。
「グラスをくださらない?」
 その、言葉の上では疑問系ではあるが、有無を言わせぬ迫力を持った命令に従い、浴室の入り口近くに待機していた薄い緑色の髪のメイドが動き出す。
 すでに用意されていたワイングラスを捧げ持ち、女主人へと差し出す。
「ありがとう……」
 黒髪の女性……エルジェベート・バートリは優しく微笑み、受け取ったグラスで溢れる温かい血を受け止めると、口に含んで舌の上で転がし、残った血を頭からばしゃりとかぶった。
「ふふ……美味しいわ……あなた……素敵よ……」
 喉と手首から血を流し、くず折れてバスタブの縁にもたれかかった少女は、薄れ行く意識の中で、微笑む女主人の顔がみるみる若返っていくのをわがことのように誇らしげに見つめていた。
「あなたも……わたしの中で永遠に生きる……」
 事切れた少女の髪を優しく撫でたエルジェベートの姿は、先刻よりも十歳近く若返り、少女の姿になっていた。

ブラッド・カウンテス“エルジェベート・バートリ”
イラスト/村上水軍

 サイズの合わなくなった下着は肩からずり落ちかけ、バスタブに半身といわず鎖骨近くまで浸っている。
 もちろん、バスタブに張られているのは、水でもお湯でもなく、真っ赤な……血。
「はふぅ……」
 幸せそうに一息ついたエルジェベートは、白い手の平に血を掬い上げてはぱしゃぱしゃと薄い身体にかけて命じた。
「片付けてくださらない?」
 その視線の先には、一瞬前自分にうら若い命を捧げた少女の肉体があった。
「…………」
 黙って頷いた先刻グラスを運んだメイドが、もうひとり、薄い水色の髪のメイドとふたりがかりで少女の死体を浴室の外に運び出し、本来は配膳用に使用される台車にどさりと載せると、台車を押して歩き出した。

「うひーぃ」
 死体置き場に死んだばかりの少女の死体を片付けた薄い緑色の短い髪のメイドが、冷や汗を拭って奇妙な声をあげた。
「センパイ、これきっついですよぉ……」
 もうひとりの水色の長い髪のメイドは泣きそうな声で嘆いた。
「ウチのエルゼも相当イカれてると思ってたけど……こっちのエルジェベートも負けてないね。こっちが上かも?」
 うんざりした顔で応じた、緑色の髪のメイドは、夜羽子・アシュレイ。

ヴァンパイア・ハイブリッド“夜羽子・アシュレイ”
イラスト/ルゴシエラ

 細身の身体にお仕着せのメイド服をきっちりと着込んで、白いエプロンに白いブリムを頭に飾っている。
「初めてアシュレイセンパイと一緒の任務だっていうから楽しみにしてたのに……」
 そう嘆く水色の髪の後ろ髪を長く伸ばしたメイドは、KAMILA。

ヴァンパイア・アイドル“KAMILA”
イラスト/木信孝

夜羽子とお揃いのメイド服を、こちらはむっちりとした女らしいシルエットの肉体に着込んでいる。
「いやー、ウチらじゃなかったらこの瘴気にやられて正気じゃいられないだろーね。ショーキだけに。なんちて」
「センパイ……」
 しょうもないダジャレを飛ばしてみせる夜羽子に対して、KAMILAの方は突っ込む余裕もないようだ。
「こらこら、アンタだってヴァンパイアでしょ? しっかりしなさい」
 夜羽子は、KAMILAの肩をぽんぽん、と叩いて励ます。
「そうですけど……私は近くにいるだけで吸えるから……花とかでもいいですし……」
「あー。なるほど。カミラっちは吸精系だもんね。アタシはちょっとは血を吸うけど……アレは逆に吸血鬼としては許せないなー」
「そうなんですか?」
「いくら吸血鬼ってっも、誰の血でもいいってわけじゃないし、吸血は……命をもらったり、あげたりする儀式みたいなものだから。直接吸ってあげるのが礼儀っていうか、感謝っていうか」
 憤慨した様子を見せる夜羽子に、KAMILAは尊敬の眼差しを送る。
「ってもアタシもいつまでたっても慣れないっちゃー慣れないけどね」
 夜羽子は笑った。
「自分がヴァンパイアだって気付いたの遅いし」
「そうなんですか?」
「ウン。子供の頃は……夏に日焼けすると酷い目にあうなー、ぐらい。色素が少ない体質のせいだと思ってたんだよ。この髪も、目の色も」
 そういって夜羽子は緑色の髪と赤い瞳を指差した。
「それが急にがーっと来てさ。そしたらおとーさんがヴァンパイアだったって聞いてビックリ。血統的には日の下に出られるだけでもスゴイらしいんだけど」
「そうなんですか?」
「うん。ウチらヴラド系はねー。でもアタシはほら、ハイブリッドだから。吸精メインだし」
「はいぶりっど?」
「Hybrid。雑種ね。せーかくには一代雑種かな」
「いちだいざっしゅ?」
「ふたつの血統の良いところが両方優勢な雑種ね。ほら、メンデルの法則とかガッコーで習わなかった?」
「えーと……な、なんとなく……」
「血液型がわかり易いかな。AB型同士結婚してもAB型の子供が生まれる確率は半分。O型とだとゼロ」
「あーなんとなくイメージできました」
「ヴラド系の欠点をなんとかしたくておとーさんはがんばってたらしいんだよね」
「……あなたたち。こんなところでおしゃべり?」
 そこに、冷ややかな声がかけられた。
「ひゃっ!?」
「!?」
 ふたりが慌てて振り返った先には、黒衣の女吸血鬼、エルゼベート・バートリが立っていた。

ヴァンパイア・ミストレス “エルゼベート”
イラスト/田口順子

「あ、エルゼ。終わったの」
 夜羽子はにこっと笑って片手を上げた。
「まったく、気楽なものね。ええ、終わったわ」
 エルジェベートと同一存在であることを利用して屋敷内を調査していたエルゼベートは眉をひそめながら頷いた。
「じゃーさっさとこんなところからはオサラバしよー」
 そういってアシュレイはメイド服をばさばさと脱いでしまう。
「センパイとお揃いだったのに……」
 KAMILAは名残惜しそうにしている。
「急いだ方がいいわ。手に入れた書状によると氷大公が私たちに気付いてこちらに向かってるそうよ」

デューク・フリーズ“フリードリヒ・フォン・アイヒェンドルフ”
イラスト/ひたき

「げー。アイツ、めんどっちいんだよね。ミリアムもそうだけど、極星ってめんどいのが多いよねぇ」

氷河戦士 “ミリアム・レムリアース・シリウス”
イラスト/花屋敷ぼたん

「それはお互い様のような気もするけれど」
 エルゼベートはくすりと笑った。
「ですよね。きっと向こうもそう思ってますよ」
 KAMILAもエルゼベートの言葉に笑いながら頷くのだった。


次回予告
陰陽師



COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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