◆ダンジョンハック!
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 ここここん。こんこん。ここん。
 小さな金属の棒で石壁を撫で、リズミカルな響きに異音の混じる場所を探る。
 真剣な表情でその作業に没頭しているのは、薄い緑色の髪を大きめの帽子ですっぽりと覆った少女。
 動きやすい短パンの腰には、金色に輝く魔法のマスターキーの鍵束と、罠外しの道具と発見した宝物を入れる魔法の皮袋がベルトから吊るされている。

トレジャーハンター“シュリー・シャンポリオン”
イラスト/藤真拓哉

 少女の名は、シュリー・シャンポリオン。極星帝国きってのトレジャーハンターである。
 作業の邪魔にならずに手を保護するための指なし手袋を嵌めた指先で先端に金属球のついた棒を摘み、石壁の中を音の響きで探っているところだ。
「ここ、か」
 何度か同じ場所を金属棒で撫でて確かめた後、腰の皮袋を探って、小さなノミと金槌を取り出す。
 しっかりと組み合い、頑丈な石壁を構成する無数の石塊の中の、目当ての一枚を金槌で叩いて、もう一度音の響きを確かめた後、ノミの先端を、その石と上の石の間に慎重に当てる。
 すうっと息を吸い込んだ後、ノミの柄の尻をかんっ、と金槌で叩いた。
 と、ぽろり、と石がはがれ落ちる。
「ふぅー」
 息をついたシュリーは、懐から眼鏡を取り出してまだあどけない少女の雰囲気を残した顔にかける。

ダンジョンバスター“シュリー・シャンポリオン”
イラスト/藤真拓哉

 そして、慎重に薄い石板が剥がれ落ちた後にぽっかりと空いた穴を覗き込む。
 眼鏡の縁を指先で軽く擦ると、眼鏡のフレームがぼうっと淡い光を発し、穴の奥を照らす。
 毒矢などの罠から眼球を守りつつ、闇を照らす魔法の眼鏡だ。
 同時に、遠視の気のあるシュリーが近くのものや細かい文字などを見るための通常の眼鏡の機能も持っている。
 眼鏡の発する光に照らし出された穴の奥には、小さな鍵穴が開き、さらにその周囲を三つの穴が囲んでいる。
「ふふっ。やってくれるわね。でも、ここまでやるってことは、いよいよ核心かな?」
 シュリーは不思議な笑みを浮かべ、鍵穴に向かって手の平をかざすと、ゆっくりと呪文を唱え始めた。  ことの起こりは、一週間ほど前に遡る。
 シュリーは、極星帝国はレムリア王国の大貴族、リリア・ベテルギウスの館に招かれていた。

マジックアイテムコレクター“リリア・ベテルギウス”
イラスト/あずまゆき

 マジックアイテムのコレクターとして知られるリリアは、自らコレクションのずらりと並んだ陳列室を案内しながら用件を切り出した。
「欲しい本があるのよ」
「本? そんなものどうにでもなるんじゃないですか?」
 魔神を封じた壺、魔法の絨毯、魔力を持つ宝石……ずらりと並んだコレクションを眺めながら、シュリーは聞き返した。
「それがねえ、魔法の書物で、ちょっと難しい場所に隠されてるらしいの」
 リリアはいとおしそうにコレクションひとつひとつを手入れしながら言った。
「どこかの城? それとも迷宮ですか?」
 難しい場所に隠されている、と聞いて、シュリーはトレジャーハンターとしての興味を掻き立てられた。
「それはね、アレクサンドリアの大図書館」
 リリアはいいながら、コレクションのひとつである魔法の地図を取り出した。
 リリアがほっそりした指先でユーラシア大陸からアフリカ大陸が描かれた地図の一点を指差すと、地図が光り、地中海沿岸の南岸が拡大された。
 その中心に示されているのは、貿易都市アレクサンドリア。
 アレクサンダー大王が覇道の中途で建設した、「地中海の花嫁」と異名をとる貿易の要衝である。
 リリアはさらに地図を操作し、アレキサンドリアの街の全体図を示した。
「アレクサンドリア大図書館?」
 シュリーは怪訝そうな顔をする。
 アレクサンドリア大図書館は、マケドニアのアレクサンダー大王の意を受け、マケドニア王国傘下にあったエジプトのファラオのひとりが建立した、蔵書七十万冊を誇る大図書館である。

大王“アレクサンダー”
イラスト/黒百合姫

 宿舎、講堂などの設備も充実しており、そこに集まる研究者は学生を含めて五千人を数え、研究機関、そして大学としても一流の一大研究施設である。
 地球の歴史においてはアレクサンダー大王の死後建設され、のちにキリスト教徒によって破壊され、蔵書も全て失われた幻の図書館であるが、極星帝国においては現存している。
「それなら氷大公に頼めば済む話なんじゃないですか?」
 シュリーは興味を掻き立てたリリアを恨めしそうに見て言った。
 アレクサンダー大王が戦場に斃れた現在、マケドニアはレムリア王国の大公の地位にある、デューク・フリーズことフリードリヒ・フォン・アイヒェンドルフが執政官として治めている。

デューク・フリーズ“フリードリヒ・フォン・アイヒェンドルフ”
イラスト/ひたき

 レムリア王国の大貴族、皇帝から星の名を賜っているリリアであれば、書物の一冊や二冊取り寄せるのはそう難しいことではないようにシュリーには思えた。
「それで済むなら、あなたをわざわざ呼んだりしないわよ」
 リリアは肩をすくめた。
「アレクサンダーの死後、閉鎖されているの。フリードリヒの命令じゃなく、アレクサンダーに忠誠を誓う研究者たちが勝手にね。しかも、もともと貴重な蔵書を守るためにアレクサンダーの命令で隠し部屋や罠がたっぷり仕掛けられてるっていう話で、フリードリヒもおいそれとは手を出せないらしいの」
「なるほど……」
 シュリーは得心がいった、という表情でリリアの手元の地図に歩み寄った。
「取って来て欲しいのは、バハムートの書。世界を支える大怪物に関わる魔法の書物よ」
「バハムートの書」
 リリアの言葉をシュリーは繰り返した。
「この地図で図書館にあることはわかったけれど、防護魔法がかかってるみたいで、図書館の中の様子もわからないのよね。もちろん、十分な報酬を保障するわよ」
「わかりました。やってみましょう」
 リリアの言葉に頷きながら、シュリーの心は待ち受ける罠や仕掛けに心踊らせるのだった。

 そういったいきさつで、このアレクサンドリア大図書館に潜入して三日三晩。
 途中休息や睡眠をとりながらもシュリーは確実に隠し部屋を発見、罠を解除し、鍵を開けては厳重に守られた蔵書をしらみ潰しに調べあげてきた。
 中には持ち帰って売ればひと財産になると思われる稀覯本も多く、シュリーは既に約束された報酬以上の成果を上げていた。
 しかし、シュリーは探索の手を休めようとはしない。退却などもってのほかだ。
 リリアからの依頼もあるが、それよりも何より、この施設の罠と仕掛けを全て突破せずにはいられない。
 それが、トレジャーハントに魅せられたシュリーを突き動かす原動力だ。
 そして今、シュリーはアレクサンドリア大図書館の心臓ともいえる隠し部屋へ到達しようとしていた。

 呪文を唱え終わると、シュリーの手の平が光り輝き、鍵穴を照らす。
 その光は鍵穴に吸い込まれ、さらに鍵穴を囲む三つの小さな穴のうちのふたつに伸びる。
「やるう。この鍵穴自体がダミー。ここになんらかの手出しをすると、こっちの穴から毒針と毒ガスがお出迎え、ってことね」
 意地の悪い罠に遭遇しながら、シュリーはなぜか嬉しそうだ。
「そして、本物の鍵穴はこれ、ってわけね」
 唯一呪文の光が伸びなかった小さな穴をシュリーはじっと見つめた。
「でも、それ以上のトラップはないのね。これなら、これでいけそう」
 そういって、腰の魔法の鍵束に手を伸ばす。
 これはかつてシュリー自身が発掘した、どんな鍵でも開ける魔法の鍵束だ。
 罠に擬せられた本物の鍵穴に合いそうな細い鍵を鍵束の中から選び出し、すっと差し込む。
 ぼうっと鍵が光ったのを確認してから、くっ、と鍵をひねる。
 かちん、と手ごたえがあってすぐ、ずず、ずずずず……と重い振動を立てながら石壁の一部が観音開きに開いていく。
 壁の中から姿をあらわした隠し部屋に一歩足を踏み入れ、シュリーは指をぱちん、と鳴らして歓声をあげた。
 その隠し部屋の中には、これまでの隠し部屋とは明らかに様子が違っていた。
 書架などは一切なく、ただ中央に石造りの書見台が据え付けられ、その上に一冊の革装の本が鎮座していた。
 呪文を唱え、書見台に慎重に近づいたシュリーは、その本の書名を見て頷いた。
「バハムートの書。間違いないわね」
 その書物を手にしたシュリーの表情は、達成感と満足感で輝いていた。


次回予告

錬金術



COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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