◆メイドたちの午後
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 春間近の日差しが温かい、晩冬の午後。
 E.G.O.総本部である、斎木家の屋敷はひとときのゆったりした空気に包まれていた。
 黒いベルベットのロングスカートに、純白のエプロン。袖口にはこれも純白のカフス。
 長い髪をきっちりと編み上げ、ヘッドドレスでまとめた、銀縁眼鏡の女性がゆったりした足取りで屋敷内を見回っていた。
 彼女の名は佐々原藍子。斎木屋敷のメイドたちを束ねる、チーフメイドである。

チーフメイド“佐々原 藍子”
イラスト/桜沢いづみ

 E.G.O.の本部であるこの屋敷には人の出入りは激しく、来客も引っ切り無しに訪れる。
 そんな屋敷の一切を取り仕切り、同時にメイドたちの教育係も兼ねている藍子には、気の休まる時間はほとんどない。
 しかし、今日は珍しく来客の予定は無く、住人である斎木家の女性たちも全員が外出している。
 であれば、ゆっくりしても罰は当たらないはずが、藍子はこんなときでもなければチェックできない、倉庫や納戸といった部分をチェックして回っていた。
「きゃはははっ! 似合ーう!」
「ほんと、似合うわぁ……」
「や、やめろよっ!」
「そんな目で見るなってば!」
「可愛いーってばぁ」
「びっくり……!」
 と、昼下がりの廊下に、少女たちの嬌声が響いた。
 颯爽とした足取りだが、一切の足音を立てずに歩いていた藍子は、眼鏡のつるの下のこめかみに人差し指を当て、溜息をついた。
「まったく、あの子達は。また執事見習いの子をからかって遊んでるのね」
 そう呟いた藍子は、きっと顔を上げ、眼鏡の位置を僅かに直すと、革のローファーの踵を磨き上げられた廊下にこつっと当てた。
 こつっ、こつっ、こつっ。
 主の邪魔をしたくないとき、それとなく存在を気付かせなければならないとき。
 状況によって足音を消すことも、立てることもできるよう、訓練されているのがこの屋敷のメイドたちの特徴だ。
 なかには、思考までも消すことを求められるメイドもいる。
 それは、思考を読み取ることのできる超能力者の邪魔をしないためだ。
 テレパスも多く出入りする、斎木家ならではのことといえるだろう。
 嬌声の源である、メイドたちの控え室の扉の前まで、かなり靴音を立てて歩いてきた藍子だが、中の嬌声は一向に止む様子ががなく、藍子に気付いた気配もない。
「今度はこっち着せてみよ?」
「うっわーちょーミニじゃない!」
「や、やめてよぉ」
「これじゃ見えちゃうんじゃないの?」
「だったら、下着からきちんと整えないと?」
「きゃはははっ!」
「あたし、ガーターベルト取ってくるっ」
 そんな騒々しい会話の後、どたどたと足音が扉に近づいてくる。
 藍子はまたひとつ、溜息をついて、扉を一気に開けた。
「あなたたち、いい加減になさいっ」
 藍子の鋭い一声で、少女たちの嬌声がぴたりと止んだ。
 アンドロイドのメイド、犬の耳を持ったメイド、天使の羽を背中に生やしたメイド。生意気そうなメイド、おとなしそうなメイド、メイド、メイド、メイド……。

アンドロイドメイド
イラスト/okama
メイドウルフ
イラスト/早瀬あきら
エンジェルメイド
イラスト/竹美家らら

 他の勢力から預かって教育している少女たちも含めた、バラエティに富んだ少女たちが、揃いの斎木家のメイド服に身を包んで、気まずそうな表情で固まっている。
 その中央には、少女たちと同じメイド服を着せられた少年が、半泣きの真っ赤な顔で手足を取り押さえられていた。
 藍子はこつこつと靴音を立てて、部屋の中を一周すると、ひとりのメイドに人差し指を突きつけた。
「冷蔵室の在庫のチェック」
「ははは、はいっ」
「三階の納戸から美奈様の春物を出してチェック、クリーニング」
「は、はいっ」
「はいっ」
「裏庭の倉庫のお茶道具を虫干し」
「はいっ」
「はい〜っ」
「二階の納戸のティーセット磨き」
「はいっ」
「はいっ」
「中庭の掃き掃除」
「はいっ」
「は、はい」
 藍子が矢継ぎ早に下す指示に、メイドたちは短く返事をして、足早に控え室を飛び出していく。
「静かに! 走らない! 必要以上に足音を立てない!」
「はいっ」
 その背に浴びせられた藍子の声に、少女たちは背筋を伸ばして、駆け出しそうな脚を急ぎ足程度にスローダウンする。
 腰に両手を当ててそれを見ていた藍子は、軽く頷いて、ひとり部屋に残された少年に向き直った。
「執事長が探していましたよ。届け物があるとか」
「あ、は、はいっ」
 ぺこっと頭を下げて駆け出そうとする少年に藍子は声をかける。
「お待ちなさい」
「は、はい?」
 振り返ってきょとんとする少年に、藍子はにこやかに微笑んだ。
「着替えてからお行きなさい。あれはあなたの服でしょう?」
 藍子は、椅子の上に乱雑に放り出されたモーニングを指差した。

 ぺこぺこと何度も頭を下げて礼を言う少年に微笑んで、控え室を後にした藍子の前に、不意に人影が現れた。
 音もなく藍子の前に現れた、メイド服に似合わぬ鉢金を額に巻いた少女は、廊下に片膝をついて頭を垂れた。
「チーフどの、曲者にござる」
 阿羅耶識から預かっている、女忍者の少女だ。

くノ一メイド
イラスト/みづきたけひと

 阿羅耶識からは常識外れな部分を直し、立ち居振る舞いを矯正して潜入任務や護衛の任に適うよう教育を頼まれているのだが、当の本人は腕を見込まれて同盟相手の屋敷に送り込まれたと信じ込んでいるため、なかなかその奇矯な振る舞いが直らないでいる。
「どの、は要りません。侵入者ですか?」
「はっ」
「返事は、『はい』ですよ。それから、膝をつくのもおやめなさい。きちんと立っての会釈で充分です」
「は、ははっ……じゃなくて、はい、心得ました!」
 立って顔を上げたはいいものの、びょこん、と90度腰を折った少女になにから注意しようかと藍子が眉根を寄せて考えていると、もうひとりメイドが小走りに駆け寄ってきた。
 両手で拳銃を構え、短い髪を揺らして走ってきたが、足音はほとんど立てていない。

護衛メイド
イラスト/すぎやま現象

「チーフ、正面玄関に侵入者です。イレイザーの大天使級です」
 息も乱さずに報告する、こちらはきちんと守衛としての訓練を施されているメイドに、藍子は頷いた。
「場所は? アイナを向かわせます。あなたたちは足止めを」
 I-9、アイナ。E.G.O.の開発したアンドロイドの最新型のテストタイプである。

バイオニックメイドI-9”アイナ”
イラスト/村上水軍

「ははっ!」
「はい」
 それぞれに返事をするふたりに頷いて、藍子は足早に歩き出した。
 主の留守を預かる責任者として、侵入者など許さない。
 藍子の眼鏡の奥の鋭い瞳は、そう書いてあるかのように静かに燃え上がっていた。


次回予告

裏切り者



COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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