◆偽りの太陽 前編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
かつーん、こつーん。
 てってってっ、てってってっ。
 二種類の異なる足音が、石作りの螺旋階段に響く。
「ジャンヌさま〜、待ってくださいよぉ〜」
 悠々と先を行くジャンヌ=ヨハネスVIII世を必死で追うのは、ポーラ・ウァレンティヌス。

女教皇 “ジャンヌ=ヨハネス[”
イラスト/かなん
ハイプリエステス“ポーラ・ウァレンティヌス”
イラスト/こげどんぼ*

 ジャンヌにWIZ-DOMの頂点、女教皇の座を突如委譲されたばかりの少女だ。
 ジャンヌが後見役兼参謀として『エンプレス』の地位に退き、傀儡としてポーラを立てることで、WIZ-DOM内におけるアルカナメンバーの発言力を高めることが目的だと誰もが思った電撃委譲から、まだ半年ほどしか過ぎてはいない。
 しかし、ポーラは思わぬリーダーシップと政治力を発揮して、なかなか立派にWIZ-DOM最高権力者の役割を果たしている。
 イレイザー、極星帝国との同盟という新方針を打ち出したのはジャンヌだが、早くもイレイザーの天使勢との中立状態を作り上げたのは、ポーラの功績だ。
 付き人をしていた当時の天真爛漫、抜けたところも多かったポーラに隠された資質を見抜き、強引に後継者に指名したジャンヌとしてはまずまず、満足の行く結果である。
「まだですかぁ〜? 降りた分は戻らなきゃいけないんでしょぉ?」
「もう少しだ」
 付き人だったころと変わらぬ幼い口調で泣き言をもらすポーラをジャンヌは振り返った。
「危険だということで封印されているのだから、この程度の深さで済んでいるのはむしろ感謝すべきだぞ?」
「だったら、やっぱりそんなもの解放するのはやめましょうよぉ〜」
「ん……できれば私も、封印したままにしておきたかったのだがな……」
 ポーラの素直な感想に、ジャンヌは眉をしかめた。
 この先には、かつてアルカナメンバーとして作られ、そのあまりの威力に封印された人造人間が眠っている。
 封印のために掘られた深い竪穴、その上には入り口のない搭が聳え立つ。
 搭に出入りできる部分は、最上階の鎧戸しかない。
 ジャンヌとポーラは、宙を飛んで、その鎧戸から搭の中に入った。
 内部には明かりなどは当然無く、手にした錫杖の宝玉の淡い光を頼りに、無限に続くかのような螺旋階段を降りてきたのだった。
「困ったことに、そうも言ってはいられない。ちと、パラケルススめの発言力が強すぎるからな」
 ジャンヌは苦々しげに呟いた。
 クラリス・パラケルスス。

マッドアルケミスト“クラリス・パラケルスス
イラスト/後藤なお

WIZ-DOM円卓会議の一角を長期に渡って占めている、WIZ-DOMの開発部門の長である。
 長らく教皇不在の時期が続いたことと、クラリス本人の知謀と技術力により、円卓会議におけるその発言力はかなり大きいものとなっている。
 戦闘部門のステラ・ブラヴァツキ、経済部門のディーナ・ウィザースプーンともにクラリスには頭が上がらない状態だ。

黒の大魔導師“ステラ・ブラヴァツキ”
イラスト/かわく
白の大魔導師“ディーナ・ウィザースプーン”
イラスト/館川まこ

 犬猿の仲のステラとディーナの対立を抑えていると言えば聞こえはいいが、対立を利用してクラリスの都合の良い方向へと会議を進めているのが実情といえた。
 その、クラリスに対抗するため、ジャンヌは封印を解くことを決断したのだ。
 かつーん、こつーん。
 てってってっ、てってってっ。
 再び、靴音が螺旋階段に響く。
「なんか、暑くないですかぁ?」
 行儀悪く、豪奢な法衣の袖で額と首筋を拭いながら、ポーラが尋ねる。
 ハイプリエステス・アイと呼ばれる、女教皇に代々受け継がれている巨大な宝玉の嵌った錫杖も、だらしなく肩に担ぎあげてしまっている。

ハイプリエステス・アイ
イラスト/こげどんぼ*

「確かに……」
 ジャンヌも不快そうな表情を見せて頷いた。
「おそらく、魔力が封印から漏れ出しているのだろうな」
「そんなに凄いんですかぁ?」
「うむ。何しろ、『サン』、太陽の力を持つというからな」
「おひさまですかぁ? どうやって?」
「それは私も知らん。先々代から口伝えで聞いただけだからな」
 ジャンヌはそっけなく応え、足を進める。
「あっ、待ってください〜」
 慌ててポーラもその後を追う。
 強大な魔力を持つ人造人間。
 その構造を解析して、クラリスに対抗しようというのがジャンヌの考えだ。
 もちろん、戦力としてもかなり期待できるはずだ。
「ここだな」
 ジャンヌがぴたりと足を止めた。
 螺旋階段が途切れ、分厚い石の扉が前を塞ぐ。
 観音開きの石の扉には、魔法の文字が刻まれ、合わせ目には小さな宝石が嵌めこまれている。
「やっとついたぁ〜。それにしても、なんか、むちゃむちゃ暑くなってません?」
 襟元を崩して手をぱたぱたと扇いで風を送り込みながら尋ねるポーラに、ジャンヌも額に玉の汗を滲ませて頷き返す。
「うむ。これほどとはな……」
「ほんとに、大丈夫なんですかぁ?」
「さあな」
「えええぇ〜!?」
 ジャンヌの無責任な言葉に、ポーラは目を白黒させる。
「まあ、一度は封印できたのだ。万一のことがあっても、何とかなるだろう」
「そんな、無責任なぁ〜」
 嘆くポーラの両肩を背後から押して、ジャンヌは促す。
「さあ、ここからは女教皇位の者でなくては進めない。教えた通りにやるんだぞ」
「うぅうぅ〜」
 泣きそうな顔で、ジャンヌを肩越しに見た後、ポーラは石の扉に向き直った。
「もぉ、どうなっても知りませんからね〜 えっと……」
 ぼそぼそといいながら、ポーラは錫杖を構え、宝玉を石の扉の中央に施された封印に向けて突き出した。
「我、ポーラ・ウァレンティヌス、ハイプリエステスの名において命じる。汝、古の扉よ、封印よ、太陽への道を示せ!」
 不意に女教皇らしい真剣な表情を見せ、ポーラはキーワードを唱えた。
 唱え終わった瞬間、錫杖の宝玉から一条の光が伸び、石扉の宝石に吸い込まれて行く。
「えと……?」
 おそるおそる宝石を覗き込むポーラの目の前で、宝石から刻まれた魔法の文字へと光が移って行く。
 ばしゅっ!
「きゃんっ!?」
 呪文を詠唱するかのように、魔法の文字が一文字ずつ明滅した後、宝石が弾けとんだ。
 尻餅をついて、それでも慌てて後ずさるポーラと、じっと見守っているジャンヌの前で、石扉がゆっくりと開いて行く。
「いよいよだな」
「あうぅ〜」
 頷いて見守るジャンヌの脚にしがみつくポーラ。
 やがて、石扉が完全に開くと、その奥には小さな横穴と、そこにぴったりと収められた石作りの棺が横たわっていた。
 石棺と、同じく石作りの蓋の間の隙間からは、暑さの源と思われる眩い光が漏れ出している。
「さあ」
 ジャンヌがポーラにこっくりと頷いて、先を続けるよう促す。
「ほんとに、どうなっても知りませんよぉ?」
 言いながら、ポーラは膝で石棺に擦り寄っていく。
 石棺の蓋に嵌めこまれた宝石にハイプリエステス・アイをもう一度あてがい、再び呪文を唱える。
「我、ポーラ・ウァレンティヌス、ハイプリエステスの名において命じる。汝、古の棺よ、封印よ、太陽を解放せよ!」


次回予告

偽りの太陽 後編



COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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