◆偽りの太陽 後編
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
「我、ポーラ・ウァレンティヌス、ハイプリエステスの名において命じる。汝、古の棺よ、封印よ、太陽を解放せよ!」

ハイプリエステス“ポーラ・ウァレンティヌス”
イラスト/こげどんぼ*

 ポーラ・ウァレンティヌスが呪文を唱えると、手にした錫杖の先端の宝玉から、眩い閃光が迸り、石棺に封をするように嵌めこまれた宝石に吸い込まれていく。
  ずず、ずずずず……。
「わわわっ!?」
  不意に、重い擦過音とともに石棺が横穴から押し出されはじめ、ポーラはぴょこん、と危なっかしい足取りで跳び退いた。
「おっと」
  ポーラの背後に控えていたジャンヌ・ヨハネスがその肩を支える。

女教皇 “ジャンヌ=ヨハネス[”
イラスト/かなん

「あ、すすす、すいません!」
  いまだにジャンヌの付き人だったころの癖が抜けないポーラはぺこぺこと頭を下げた。
「気にするな。今はお前が教皇だ。そんなことより……」
  苦笑するジャンヌが示す先では、完全に横穴から排出された石棺の蓋が緩み、その隙間から、先ほどにも増して眩い光があふれ出していた。
  ごりごりごりごり。がりっ。
  石造りの歯車と歯車が擦れ合っているかのような、固く重い響きが、内臓を揺さぶるような振動を伴って石棺の蓋が観音開きに開いていく。
「からくり仕掛けか。さすがは伝説のオートマータ、サン」
  ジャンヌは、肌を火照らせ、玉の汗を滴らせる熱をも忘れて、魅入られたかのような表情で棺を見つめる。
  サン。
  エネルギー、純真無垢、創造力。
  勇気、希望。そして幸福。
  タロットカードの中でも指折りに強力な一枚の名を与えられたその人形を作った人形師の名は、今に伝わってはいない。
  自らの作品に殺されたとも、作品の出来に絶望して自殺したとも伝えられる、悲劇の人形師の名も、作品も、忘れられて久しい。
  しかし、彼の最後の作品であるこのサンだけは、後世に伝えられ、時の教皇に献上されたとも、取り上げられたともいう。
  いずれにせよ、この人形は、神ならぬ身で人を作るという禁忌に触れ、封印されたのだった。
  しかも、このオートマータには、無限の魔力源として、太陽の力が封じられているという。
  それは、人形師が永久に生き続ける、人も、神も越えた存在を作り出そうとして目指した、恐るべき挑戦の果ての成果、禁忌の魔力炉であった。
 ごうぅん。
  鈍い音と振動を発して、蓋が開ききって停止する。
  棺の中から溢れ出た光はあまりも眩く、熱く、ポーラもジャンヌも直視はおろか顔を向けることもできずにいた。
「ポーラ、呪文だ」
  はっと我に返ったジャンヌが、ポーラの背中を叩いた。
「あ、そ、そですねっ」
  促されて、ポーラはまたハイプリエステス・アイの名で知られる巨大な宝玉の嵌めこまれた、代々の女教皇に受け継がれてきた錫杖を掲げた。

ハイプリエステス・アイ
イラスト/こげどんぼ*

「えーっと……あれ? なんでしたっけ?」
  呪文を唱えようとして、ポーラは泣きそうな顔でジャンヌを振り返る。
「まったく……」
  ジャンヌは呆れた顔で、膨大な熱量と光量の中、ポーラに歩み寄った。
  ぼそぼそ、と呪文をポーラの耳に囁く。
  扉や、石棺の扉を開く呪文と同じく、ジャンヌが空位だった教皇位に就いた際、遥か昔に引退し、行方をくらまして隠遁生活を送っていた、彼女の先々代の女教皇をやっとのことで探し出して聞き出した呪文だ。
「これからはおまえが伝えていくのだからな? 毎回私に期待するでないぞ」
  そう注意はしたものの、ジャンヌ自身があまりにも早い引退を決めたのは、それが理由だった。
  権力や知識が女教皇に集中しているシステムは、正常に動いている間は強固かつ迅速である。
  しかし、一度そこを突かれると、脆い。実際にジャンヌの前の女教皇が戦闘に倒れて後、WIZ-DOMの指導部は長い混乱に陥った。
  各部門の長による権能分割、代行、そして代表合議制の確立を経て、やっとジャンヌが女教皇に選出されたという経緯がある。
  そこで、ジャンヌは自身が早期引退し、後見に回ることで、保険をかけたのである。
  もちろん、円卓会議における女教皇サイドの権力を高める狙いもある。
  女教皇位復活によって、ようやく人数も回復してきたとはいえ、女教皇直属のタロットメンバーは、まだ数が少なく、実力も不足している。
  この、封印されたオートマータの解放も、実はその一環として考え出したものだ。
  無限の魔力と、禁忌によって封印された伝説の人形。
  首尾よく復活させ、制御できれば、頼もしい戦力になることは疑いなかった。
「む、無限の光、汝の名は太陽! 古の契約に基づき……女教皇、ポーラ・ウァレンティヌスの名において命ず! 汝太陽、永久の命、無限の魔力もて我に仕えよ!」
  ややたどたどしくはあったが、ポーラが三度目の呪文を唱え終わる。
  と、徐々にだが熱と光が落ち着く気配を見せる。
「どうやら上手くいったようだな」
  呟くジャンヌを、ポーラは不安げな表情で振り返る。
「そーですかぁ? ぎゅーってなってから、どかーん、っていったりしないですかぁ?」
  ポーラの抽象的かつ本能的な表現の意味することに気付いて、ジャンヌは眉をひそめた。
「確かにな」
  先ほどまで溢れ出していた光と熱は、無限の力を持つという魔力炉の、余剰なエネルギーを放出していたものに違いない。それがこうして収まっていっているということは、制御システムが作動し始めたか、あるいは防衛システムの起動のどちらかである可能性が高い。
  制御システムであれば、むろん問題はないが、防衛システムであれば、ポーラとたったふたりで太陽の力、無限の魔力を持つ伝説のオートマータと戦うことになるかも知れない。
「私の目に狂いはなかったな」
  自分の思考の不足を指摘されたにも関わらず、ジャンヌの顔は晴れやかだった。
  それは、ジャンヌが期待する、ポーラの潜在能力の高さを示しているからだ。
「え? だいじょぶそうですかぁ?」
  ジャンヌの呟きに、ぽかんとした表情でポーラが反応する。
「いや、なんでもない。よく見ておけ。何にせよ、こやつを目覚めさせたのはお前なのだから」
  ジャンヌの独り言を勘違いした様子のポーラに向かって、笑いを噛み殺しながらジャンヌは言った。
  しかし、その心中では失敗であれば己が身を挺して、ポーラを救う覚悟を決めている。
「そ、そんなぁー」
  泣きそうな顔でポーラは棺に向き直る。
「おねがいします、おねがいします、いうこときいてください、いい子にしてください」
  両手を組み、跪いて懇願するポーラの姿に、ジャンヌは再び笑いを噛み殺した。
「ん……どうやら、上手くいったようだぞ。祈りが神に通じたな」
  肩をたたくジャンヌの言葉に、ポーラは恐る恐る目を開ける。
  すると、棺の中で身じろぎしながら半身を起こす少女の姿が目に入ってきた。
  ポーラが口をぽかんとだらしなくあけていると、裸の胸元に魔力の光を宿した少女人形、サンがゆっくりと目を開き、ポーラの目を見つめてきた。
「わわわっ」
  あたふたするポーラの肩に、ジャンヌがまた手を置いた。
「さあ、名前を呼んでやれ」
「名前?」
  事態を飲み込めずにきょとんとした表情で、しかしまっすぐにポーラを見つめる少女に向かって、ポーラは生唾を飲み込み、言葉を発した。
「お、おはようございますっ、サンちゃんっ」
  そういって深々と頭を下げたポーラが、おそるおそる上目遣いにサンの顔を見上げると、そこにはまさしく太陽のように眩い少女の笑顔があった。

サン“コロナ”
イラスト/ささきむつみ
太陽の恵みメインビジュアル
イラスト/ささきむつみ

「おはようございます、ポーラ・ウァレンティヌスさま」
  それが、何百年振りに封印を解かれた、伝説のオートマータが口にした言葉だった。


次回予告

次回 月の巫女



COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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