◆鬼が来たりて
アクエリアンエイジ開発チーム

  厳島神社
  千四百年の歴史を持ち、世界遺産としてもその名を知られる神社である。
  多くの国宝の安置所というだけでなく、霊的な守護地としても重要な場所となっている。
  阿羅耶識においては、結界術や防護術の破魔の血筋を色濃く受け継ぐ厳島家の本拠である。
  現在の当主は厳島美晴。先代の厳島美鈴が若くして亡くなったことにより、さらに若い彼女が勤めをはたしている。
 
  そんな厳島神社の参拝口の前を、眼鏡を掛けた巫女服の少女が箒で掃除している。
  彼女の名は、狭野うらら。修行中の巫女である。
  夏の暑い日差しを弾くような、まぶしい白と赤の巫女姿。
  なんと清浄な光景なのだろうか、見るものがいれば自然と頭を垂れてしまいそうな空気である。  

捧巫女“狭野 うらら”
イラスト/思い当たる

ざわざわざわーっ
そんな光景に一陣の風が吹いた。
「きゃっ」
長い黒髪を押さえ、舞う砂塵を目をつぶりやりすごす。
風が止み目を開けると、彼女の目の前の地面には、さっきまでは無かった白い包みが置いてあった。
きょろきょろと周りを見回したあと、少女は不思議そうに手を伸ばして拾い上げると、まだ日差しの強い太陽に透かして見た。
「危険物じゃなさそうだけど……」
透かした中には、四角い紙が入っているようだ。
「なんだろこれ?、手紙?」
真新しい白紙で封などは無く、綺麗に折った紙で巻かれている。
「ふふ、まるで挑戦状みたい」
漫画やテレビで見たことのある、学園番長物の映像が思い浮かび、くすりと笑いが出た。
「中身を見ても大丈夫よね……」
包み紙をはずし中身を取り出し、読み始める。
「わあ、綺麗な字」
顔をほころばせ、達筆な差出人を想像してみる。
しかし読み進めていくと、その表情はみるみる変わっていった。

 かたーん
  ふるふると震える手が、箒をとり落とした音も気にできないほどに取り乱していた。
「た、大変、美晴さまに伝えなくちゃ」
  そう言うと、彼女は早足で境内に向かっていった。
 
  くすくす
  そんな光景を、遠くの森の木の上から笑いながら見ていた者がある。
  扇を手に木の枝に腰掛る彼女の外見は、昔話に出てくる天狗のようだ。
「手紙はちゃーんと届けたわよ、鈴鹿」
  そう言った後、悪戯っぽく笑いながら扇を一振りすると、森の木々を揺らすほどの風が舞い起った。
  木々の揺れが収まると、もうそこに天狗の姿は無くなっていた。
 
  そう、厳島神社に鈴鹿御前がやって来るのだ。
 
 
  それから数時間後、厳島神社内にはそれぞれ神妙な面持ちで、四人の阿羅耶識の能力者が集まっていた。
「急遽集まっていただき、ありがとうございます」
  そう言って厳島美晴は深く頭を垂れ、まず礼を述べた。

榊巫女“厳島 美晴”
イラスト/七瀬葵

顔を上げてから、ゆっくりと集まった面々に視線を走らせた。

集まった女性の中でまず目を引くのは、この神社という建物には場違いな印象を受けてしまう、黒いスーツ姿の女性であろう。
スーツの上下だけでなく、中に着たシャツ、靴にいたるまで黒一色でコーディネートされている。
黒い服装で統一してこともあり、大きく開けた胸元と両手の肌の白さが際立って美しくみえている。
彼女は河原瑠璃子。傀儡師と呼ばれる、人形使いである。
人形使いとだけ聞けば、一般には糸で吊るされた人形や、ぬいぐるみなどの人形劇を思い浮かべそうだが、彼女は糸を使って人形だけでなく、時には人間を操り戦わせるこも出来る能力を持っている。

傀儡操匠“河原 瑠璃子”
イラスト/愁☆一樹

「話は聞いてるわ、私も工房に連絡があって、慌てて駆けつけたけど、にわかには信じられなかったわ、本当なの?」
  眼鏡を直しながら瑠璃子は聞いた。

「ええ、私も同じ気持ちです……その手紙は彼女が受け取ったんです。うららちゃんもう一度お願いできる?」
  瑠璃子の確認に美晴は答え、うららを促した。

「は、はい」 
  美晴に名前を呼ばれ、一瞬びくっとしたうららは、周りにいる阿羅耶識の重要人物に対する緊張と、突然の思いもよらぬ事態に、何度も言葉を詰まらせながら手紙を拾った経緯を話した。

「まるで天狗にでも騙された気分ですわね」
  すこし冗談めかし、重い空気の質を軽くするように、柔らかな物言いで最後の一人が答えた。
  その女性は、煌びやかな装飾の目立つ巫女装束を纏っている。特に目に付くのは胸元に下げられた真っ赤な水晶と、長い黒髪を結っている赤く長いリボン。そして手に持っている金色の扇であろうか。
  彼女は伊雑あざか。和巫女、調巫女とも言われている舞の巫女である。
  その神楽の舞によって、場の穢れを浄化させる能力をもっている。

和巫女“伊雑 あざか”
イラスト/後藤なお

厳島美鈴亡き今、防護術においては阿羅耶識で一、二を争う実力者である。最近は、若い美晴をサポートするため、頻繁に厳島へ足を運んでくれている。
幸か不幸か、この場に間に合う事が出来たのもそのおかげである。

「騙された、で済めばいいんだろうけど、鈴鹿御前が来るとなるとね」
  あざかの答えで少し軽くなった空気を、瑠璃子が言った鈴鹿御前というキーワードがまた重くしてしまう。
「で、ですが手紙には、話し合いたい事があるからって書いてありましたし」
  そんな空気に抗うように、明るい方向性をと、うららが手紙の内容を補足した。
「いえ、相手は鬼や悪魔なんです。甘い考えはこの際捨てておきましょう」
  当主として、皆の身の安全も預かる彼女は、相手にしている者の危険性を再確認して言った。
「それでも、鈴鹿御前なら人間に協力して鬼退治したって昔話も……」
  不安を少しでも掃いたいのか、うららは話続けようとするが語尾は続かなかった。

「時間が無いのですもの、此処にこれだけの術者が集まれただけでもとりあえず良ししましょう」
  そんなうららに助け舟をだすように、あざかは話を一度打ち切ることにした。

「そうね、相手は台風みたいなものだと思って、やれることをやりましょう」
  少しの間でそれを理解した瑠璃子も、ポジティブな思考に切り替えたようだ。
  うららの表情が明るくなるのを感じた美晴は、また一つ大事な事を知った気がした。

「それでは、作戦会議とまいりましょうか」
  そんな美晴を見て顔をほころばせた後、あざかは切り出した。
  四人は頷き、身を乗り出す。
「作戦と言ってもこの四人では出来る事も限られてますし、前衛がいないから編成もまともに組めませんね」
  今置かれている状況を分析して、悔しそうに美晴は言った。
「そうね、各務先輩の拳法があれば、相手がダークロアでも心強いし、私のサポートもしやすいのだけど」
  瑠璃子も自分のサポート能力を最も生かせる、荒事向きな戦士がいない事を残念そうに言った。
「前衛は、私とうららさんでお引き受けいたしますわ」
  あざかは、さらりと言ってのけた。
「?!」
  自分の名前が出た事にうららは驚き、言葉も出なかった。
「あざかさん、うららちゃんは狭野神社から大事にお預かりしている身ですし、第一にまだ彼女は修行中で」
「分かってるわ美晴さん。でも、あなたもうららさんの力を知っているからこそ、ここに呼んだのでしょう?」
  あざかは、まだ決断しかねている美晴の心を見透かしたように言った。
「大丈夫。うららさんは秘密兵器ですし、私が命がけでお守りますわ」
  これまた、さらりと口にしてしまうあざかを、本当に心強いと美晴は思った。

「秘密兵器?」
  そんな二人のやり取りの中に気になる言葉を聞き、うららを見ながら瑠璃子は尋ねた。
「ええ、この子は特別ですのよ」
  笑顔で応えるあざか、真剣な顔でうなずく美晴。
  話題の中心になったことで、さらに恐縮してしまっていたうららだったが、かけられた期待の大きさや周りの意気込みの強さを受け、その瞳には強い光が宿っていた。

「わたし、がんばります!本当にがんばります!!」
  言わずにはいられないという、熱のようなものがうららの口を開かせた。
  思ったよりも大きな声に、美晴、あざか、瑠璃子、そしてうらら自身も驚いていた。
 
  誰とも無く笑い声が漏れ、四人に広がる。それは、四人の中に一体感のようなものが生まれた瞬間であった。
  美晴は、新たな守るべき者と、その力を手に入れた気がした。

 次の瞬間。

 ぱちん
 
  小さな破裂音のようなものが部屋に走った。部屋の中が緊張感で瞬時に満たされる。
  彼女達にはある意味馴染みのある音なのだ。厳島神社の周囲に張り巡らされた結界に侵入者が入った知らせである。
  遂に来たのだ、鬼姫が。




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