◆鬼が来たりて2
アクエリアンエイジ開発チーム

  厳島神社は、慌しい空気に包まれていた。
  早朝届けられた一通の手紙は、阿羅耶識の本拠地である厳島神社を揺るがしていた。
  手紙の送り主は鈴鹿御前。鬼姫の呼び名を持つダークロアの大物である。
  手紙の内容は、話し合いの場を設けたいとだけ書いてあった。
  これに対して阿羅耶識は急遽人員を集める。今この場にいるのは、伊雑あざか、河原瑠璃子、狭野うらら、そして厳島美晴の4人であった。
  先ほど結界内に侵入者が入った事は4人全員が感じ取っていた。
「来たみたいですね、一人……のようです」
「結界の確認を、何があっても一般人に被害が出ることがあってはなりませんわ」
  緊急時には、一般人が自然と近寄れなくさせる特殊な結界を張る事になっている。
  あざかの言葉に、美晴も巫女達に指示を行き渡らせる。
「それじゃ私達は、鬼姫にご対面といきましょうか」
  瑠璃子の言葉で4人は部屋を後にした。

  森の木々が一陣の風にざわめくなか、鬼姫は林道から漆黒の馬に乗って現れた。
「あれが、鈴鹿御前……」
  年齢のころは17、8、収まりの悪い赤い髪を結び、緑の着物を着た、落ち着いた感じを受ける女性が、鞍も手綱もつけぬ馬に乗っている。
  鬼姫は静かな視線を4人に向けると、ひらりと馬からおりた。
  その瞬間に4人は身構える。
  鬼姫はすたすたと無造作に近づくと、すっと頭を垂れた。
「鈴鹿と申す、此度は急の申し出にも対処して頂き感謝いたす」
  その言葉にも4人は緊張をとかない。
  顔を上げた鈴鹿は4人のその反応に少し表情を曇らせる。
(よほど警戒されておるようじゃな)
  彼女達の反応を過剰と感じてしまう。
「鈴鹿御前、この地に訪れた目的をお聞きします、その理由によっては私達がお相手いたします」
  身構えたままの美晴が答えると、その対応に鈴鹿の頭の中にイヤな予感が芽生える。
「……すまぬが、天狗が手紙を届けに来て、話をしておらぬのか?」
  うららはふるふると首を横に振っている。
  鈴鹿は頭をおさえ後悔した。
「……あ奴めぇ無精しおって、これなら狐にでも頼んでおけば良かったわ」
  手紙を預かる時の天狗の笑顔が思い出され、一層怒りが込み上がってくる。
「すまぬ、こちらの手抜かりじゃ、全く話が通っていないようじゃな」
  再び頭を下げた鈴鹿は、今回厳島に来た理由を話し出した。

涼風鬼姫“鈴鹿御前”
イラスト/後藤なお

  話の内容は、最近日本の近海で極星帝国の不穏な動き有りとの報が入り、その対応に力を貸して欲しいというのだ。
「この厳島神社も海の安全を守る社であろう。それならば協力も仰げようと思ったのじゃ」
  断られることなど考えていないようである。
「本当にそれだけ?なにか他にも理由があるのでは?」
  静かに聞いていた瑠璃子が言葉をはさんだ。
「……まあ、正直に申せば、今度富士で行われる文化復興イベントとやらに、ダークロアからも多くの人員を割いておる。人手不足という訳じゃ」
  鈴鹿の口から出た文化復興イベントとは、イレイザーや極星帝国の侵攻によって失われた、多くの命の、慰霊の意味もあるイベントである。
  阿羅耶識からも、難波いのりを含めた能力者たちが参加を予定していた。
「富士は妾達の膝元じゃからのう、あれだけ大規模な催し物ならば尚じゃ」
  富士の樹海にはダークロアの拠点があるのだ。
「さらに正直に申すならば、厳島の者が力を貸してくれれば、小細工などに気を使う必要も無く単純な力勝負が出来ると思ってのう、はははっ」
  あまりにぶっちゃけた本音に鈴鹿も笑いが出てしまう。
  その屈託のない物言いは、美晴に裏表のない性格の女性なんだろうなと思わせる。
  そんな彼女だからこそ信用されるはずと、ダークロアは今回の使者に、この鈴鹿御前を送り出したのかもしれない。
「まあこんなところじゃ。この件、力を貸してくれぬか?」
  そう言って鈴鹿は真剣な表情になり、美晴に向き直った。
「……少し、お時間をいただけますか」
「うむ、話しが通って無かったのはこちらの手落ちじゃ。迎えが来るまで時はある、妾は見物でもして待たせてもらうかの」
  美晴の返しに謝った後、ちょっと嬉しそうに鈴鹿は境内に向かった。
 
  しばらくの話し合いの時間で、彼女たち4人は意志をまとめた。
  鈴鹿御前を信用に足る人物と感じた美晴は、協力する旨を鈴鹿に伝えた。だが今美晴が厳島神社を留守にする訳にもいかず、同行するのは美晴を除いた3人となった。
「そうか、来てくれるか、ありがたい。……しかし厳島の者が行かぬとなるとのう」
「御心配には及びませんわ、私も美晴ちゃんと同じ、浄化や破魔の力を使うことが出来ます。鈴鹿さんは存分に御力を振るってくださいませ」
「ほう……すまぬ、いらぬ心配であったか」
  鈴鹿の残念そうな表情にあざかは答えると、鈴鹿の表情は明るくなる。
「よしよし、ではそろそろ出発するとしようかのう、迎えの船も来たようじゃ」
  鈴鹿は海のほうへ視線を向ける。
「船?」
  今の時間、厳島の浜辺は潮が引いており、船など入って来れないはずと、美晴が口に出そうとすると。
「心配無用じゃ」
  そう笑顔で言うと、辺りにはこの時間には珍しい霧が海から流れてきた。霧によって辺りの視界が悪くなったころ。
 
  ざざざー……、ざざざざー
  波の音が聞こえ出すと、霧の中からぬっと大きな帆船が出てきた。
「こ、これは幽霊船?」
  その外見は、高いマストには三段に帆が張られているりっぱな帆船だが、その船体や帆は所々朽ち、色もくすんでいる。
「見た目は悪いが便利な船じゃぞ、風や波に縛られることなくどこでも行ける」
  驚いているうららに、自慢げに鈴鹿は答えた。
「鈴鹿様、お待たせいたしました」
  いつのまにか鈴鹿の側には、片目に眼帯、ドクロの描かれた帽子と、絵本の中から飛び出て来た海賊船の船長のような女性が立っていた。
「船長、すぐに出発するぞ。阿羅耶識の客人は3人じゃ」
「承知いたしました。乗船準備はよろしいですかみなさん」
  船長と呼ばれた女性がそう言うと、幽霊船からするするとタラップが降ろされ、船長は乗船をうながす。

幽霊船
イラスト/純珪一

「行ってくるわ美晴ちゃん。うららちゃんの事は、私と瑠璃子さんで必ず守りますわ。鈴鹿御前を信じると言ったあなたの判断を、私も信じているわ」
  あざかは残る美晴にそう告げると、恐れる事無く一番にタラップを渡っていく。
「ふう、じゃあ行って来るね、ダークロア相手かと思ったら極星相手なんてね。もっと冗談の通じない相手だから、貴重な体験が出来そうだわ」
  瑠璃子があざかに続く。
  初めて尽くしの事で緊張しているうららの手に、美晴は手を重ね落ち着かせる。
「い、行ってきます」
  決心したうららはゆっくりと船に向かった。
  3人を見送った後、美晴は鈴鹿と向き合う。
「3人を、よろしくお願いします」
  美晴のその瞳には、一人残らねばならないという悔しさ、大事な仲間を敵である鈴鹿に預けなければならないという不安、そして仲間を傷つける者があれば容赦はしないという決意、様々な思いが見て取れた。
「妾を信用してくれたそなた達に感謝しておる。3人は鈴鹿御前の名に掛けて必ず帰すと約束しよう」
  その小さな身体から発される強い意志に応えるように、鈴鹿は答え、手を差し出す。
  美晴はその手を握り返す。その手から伝わる温もりは、彼女の持つ内面の暖かさと同じであると信じたいと美晴は思った。
  しばしの交流の後、鈴鹿も乗船しタラップは幽霊船へと収納された。
「場所は見当が付いておる、朗報を待っておれ」
  そう言って、霧とともに幽霊船は沖へ去っていった。
 
  一人船着場に残された美晴に夏の暑い日差しが再び降り注いだ。

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