◆鬼が来たりて3
アクエリアンエイジ開発チーム

  一隻の船が海の上を走っている。
  日差しを受けて煌く水面、その上に風を受け走る帆船、船上には美女。夏の風景ならば、これ以上に絵になるものはあるまい。だが今この海上を走る船は少し様子が違っていた。
  うっすらと霧を纏い朽ちかけた船が、波を切り、しぶきを上げるでもなく、するすると海上を滑っていく。
  そんな奇妙な幽霊船だが、絵になるとすれば、乗船している4人の女性であろうか。
  ダークロアの鈴鹿御前、阿羅耶識の伊雑あざか、狭野うらら、河原瑠璃子、この4人は 日本近海で不穏な動きのある極星帝国に対応する為に、急遽組まれた勢力混合のチームである。
「船旅を期待していたらすまないねえ、今回は急用みたいだから特急でいかせてもらうよ」
  もう一人、舵を握るこの幽霊船の船長がそう言うと、さらに船の速度が増した。
  鈴鹿御前は船首に立ち、ずっと静かに前を見据えている。
「船酔いしないで済みそうで良かったけど、あまり気分の良い物ではないわね」
  通常の船との違いを肌で感じている瑠璃子は気味が悪そうだ。
「私はそんなに船に強いほうではないので助かりますわ」
  あざかはむしろ陽気に受け止めている。
「夢でも見ている気分です、幽霊船もその船長も」
  うららは、自分の周りで繰り広げられる出来事に驚くばかりである。
 
「話しはそこまでじゃ、見えてきたぞ」
  鈴鹿御前の言葉で、場の空気が緊張する。
  船の正面の空に2つの影が見て取れた、その影は急速に距離を縮めている。
  船上の4人は、それぞれ戦闘態勢をとり身構えた。
「船長、お主は下がっておれ、狙われてはやっかいじゃ」
  鈴鹿が促すと船長はすっとかき消えるようにいなくなる。
  2つの影がはっきりと姿を確認できるまで近づくと、船は動きを止めた。
「おっかしな船がいると思ったら、普通の人間が乗ってる訳じゃないみたいじゃん、サリエル?」
  黒い蝙蝠の翼のようなマントを広げ、手にはハープを持った女性がまず口を開いた。
「あらあら、巫女服姿ということは、阿羅耶識の方かしらね、ライラ?」
  ぐるりと船上を見回して、もう一人のサリエルと呼ばれた女性が答えた。その外見は天使のようだが、天使と一言で説明するには異様で、その背中に生えた羽は鮮血の様に赤く、その頭上にある天使の輪も同様に赤かった。

血翼天使“サリエル”
イラスト/CARNELIAN
ハープヴァンパイア“ライラ・ライア”
イラスト/高田裕三

「巫女さんだけじゃなくオマケもいそうだわ?」
視線の先に鈴鹿御前をとらえサリエルが言った。
「オマケとは言ってくれるのう」
見れば鈴鹿御前の額から生えた黒い角が、彼女の感情の高まりと共に、びきびきと音を立てて大きくなっていた。
「赤い髪に黒い角の鬼?ひょっとして鈴鹿御前?」
その角を見てライラと呼ばれた女性は目を細めた。
「オマケの名を知ってもらえているとは、光栄じゃな」
鈴鹿の声が怒気をはらむ。
頭上の2人は顔を見合わせると、にんまりと笑い合った。
「思わぬ大物が釣れたみたいじゃん。いい土産になるわ」
そう言って2人の瞳が、ぎらりと殺意の光を放った。
ライラは少し高度を上げ、空中で腰掛けるように足を組むと、ハープを奏で始めた。そのメロディは生物の戦闘本能に働きかけ、戦いに仕向ける効果をもっている。
「面白い音色じゃな、こちらのやる気も上げてくれるとは」
そのメロディに刺激される様に、鈴鹿も戦闘状態へと切り替える。
前触れも無く、サリエルは無造作に鈴鹿御前に突っ込んできた。
ががしっ、めきめきめき
表情を変えず鈴鹿は突き出された拳を片手で受け止める。想像以上の力が2人の間で働いているのか、受け止めた鈴鹿の足元の甲板が猛烈に軋しみ、へこむ。
「思ったよりも力はあるようじゃな」
「鬼姫の怪力も流石ねぇ」
拳を交えたお互いの口元が、にやりと歪む。
「でも、こっちはどうかしら?」
その言葉と共にサリエルの瞳が赤く妖しく光った。
鈴鹿は、サリエルの瞳に魂を根こそぎ奪われる様な感覚を味わう。
「うらら、不動明王法の印をっ!」
あざかが危険を感じ取って言葉を発した時、うららも感じ取っていたのか一瞬で印を完成させていた。
2人の巫女が印を完成させた直後にはその妖しい光は消え失せる。
「ちっ、ラッキーだったわね鈴鹿御前。今ので魂ごと美味しく食べてあげたのに」
残念そうにサリエルは言うと上空に間合いを取った。
「あざか殿、うらら殿、感謝いたす」
鈴鹿の頬を冷たい汗が流れ落ちる。この新しい体の力に馴染むにつれ、心に隙ができていた自分に腹が立つ。
「お気になさらず集中してください、私達はこのためにいるのですから」
サリエルには相手の精神や魂を衰弱させる能力もあるのだ。
「邪眼とは、ヴァンパイアの十八番か」
「ばれちゃったらしょうがないわね。これなら最初に倒すのは邪魔な巫女さんにしようかしら?」
サリエルは阿羅耶識の少女達を眺めながら、いつの間にか腕から流れ出した血を舐めとる。さっきの数瞬の間に鈴鹿も反撃していたようだ。
「それはさせぬ、妾を倒してからにするがよい」
ずいっと巫女達を庇うように鈴鹿は前にでる。
「あら勇ましい、でもそれはどうかしら……ねえファリス?」
サリエルの口から新たな名前が出た瞬間、船の背後の海面が盛り上がると、水しぶきをあげ、青い閃光が一直線にうららの首へと向かった。
うらら本人も気付かぬうちに首を跳ねられると思えた一撃に、一人、河原瑠璃子だけは反応していた。
予めうららに放っておいた瑠璃子の傀儡の糸、その糸が繋がる指を数ミリ動かす事でかろうじてこれを回避させる。
水しぶきを上げ青い閃光が着水した場所には、新たな人影が水面に腰掛けていた。

サーペントナイト“ファリス・アルファルド”
イラスト/純珪一

「うそっ!ファリスの一撃を避けるの?」
さすがにこれは驚いたのかサリエルも声を荒げた。
必殺の一撃を放ったファリスと呼ばれた女性は、手に持つ青い剣に血が付いていない事を無表情に眺めている。
何が起こったのか、うらら自身も自分の姿勢がかわっていることに気付いて驚いている。
「大丈夫うらら、傷は無い?」
その声でうららは我に帰ると、全身を確認して、大丈夫としらせた。
「サリエル、次はどうするの?」
その様子を見ていたファリスと呼ばれた少女は、透き通った抑揚の無い声でサリエルに指示を求めた。
「まあ見てなさいよ、こっちにはまだ手があるわ」
そう言うと今度は両手を不規則に動かし、呪文の詠唱を始めた。
「数多の世界へ繋がる次元の扉よ、今は顎となり……」
呪文が完成に向かうにつれ、サリエルと鈴鹿の間の空間がぐにゃりと歪み始める。
たたん、たたったん
サリエルの詠唱を遮るように、船上に独特のリズムで刻まれた音は、あざかによる神楽舞の靴音によるものだった。両手の扇を開き、優雅に舞う彼女の動きが、靴音と共に止まった瞬間。辺りの空間は浄化される。
サリエルの呪文により集められたその魔力は、霧散した。
「あーらら、すごいわね阿羅耶識の巫女さんは……せっかく時元の狭間に放り込んであげようと思ったのに」
呪文を止められたサリエルは、すこし残念そうに、物騒な事を言った。
「サリエル、次はどうするの?」
ファリスは無表情に同じ言葉を繰り返す。
「うーん」
サリエルが、赤く長い爪で頬を二三度かいていると。
「サリエル、ファリス、テンポアップしちゃう?」
上空からライラは不思議な問いをする。
「あなたが本気出したらあたしら死んじゃうでしょう。今日はそんな装備持って来てないし、そこまでやらないわ」
「わたしも、こまる……」
ライラの持つもう1つの能力は、彼女の曲を聞く者の肉体のリミッターを解除し、極限までの力を引き出す事が出来る。だがその力は凄まじく、対象の肉体は最後に極度の負荷に耐えられず死を迎えるという条件付だ。
2人に断られると、ライラはつまらなさそうに口をつきだした。
「ちぇっ、んじゃあここまでじゃん」
そう言ってハープを奏でる手を止めた。
「鈴鹿御前と泥試合してもつまんないもんね」
そういって2人に目配せする。
「勝手に帰る気になっておるようだが、簡単には帰さぬぞ」
そう言った鈴鹿の髪は、ざわざわと槍の様に形を変ると、ファリスに向かって急速に襲い掛かる。
ざばあーっっ
無表情で身をかわすそぶりさえ見せないファリス、その前方に水柱が上がると、その一撃は何者かに遮られた。
「水竜!?」
水面から首を出し、その攻撃を受け止めたのは、ファリスの髪と同じ様に青く美しい体のサーペントであった。
「ありがとう、ヒューイ」
ファリスの礼に甲高い声で応えたサーペントは、獰猛な視線を鈴鹿に投げかける。
「ほら、巫女さんもいるからこれでネタ切れ。情報は取れたんだから土産は諦めるしかないわ」
サーペントの登場で、手の内を出し切ったのか、撤退の意思を決める。
そう言うと上空の2人は、高度をさらに上げ間合いをとり始める。しんがりはファリスなのか、彼女とサーペントはその場を動かない。
「今日はここでさようならー、鬼姫と手合わせ出来て面白かったわ」
サリエルはひらひらと手を振る
「バイバイ、空気読まない娘さん達、いいもの見せてもらったから、次はもっと面白い曲をプレゼントしてア・ゲ・ル」
ライラは投げキッスする。
「待たぬか!」
一方的に戦闘を切上げる極星帝国の3人に、鈴鹿は声をあげる。
「焦らなくとも、きっとまた会える」
「?」
「その時は存分に戦いましょう」
「どういう意味じゃ?」
ファリスは、無言のまま、サーペントと共に音もなく水中に沈んで行く。水面の波紋が収まるより早く、すっと気配はかき消える。
撤退したのだろうが、先ほどの一撃を思うと4人は緊張を解けなかった。

 ぱちん
「さすがにもう大丈夫でしょう」
  そう言ってあざかが扇を閉じたのは、上空の2人の影が完全に見えなくなって、しばしの時がたってからだった。
  ふうーっ、大きくゆっくりと安堵の息を吐き、瑠璃子は繋いでいた傀儡の糸を解く。
  糸から開放されると、うららは安堵の表情になり、ぺたんと尻餅をついて座り込んだ。
「すまぬ、危険にさらしてしまったようじゃな、美晴殿にああ言っておきながら」
  そのやり取りの間も鈴鹿は険しい表情のままだった。
「そんなことは無いです、あの天使の初撃は、私達では受けられなかったでしょう」
  瑠璃子はそう分析していた。
「しかし不甲斐ないのう」
  あざかは首を振る。
「敵があんなに早く引き上げたのも、あのままでは負けると判断したからだと思いますわ」
「私達がサポートに徹することが出来たのも、鈴鹿さんが前に立ってくれたからです」
  うららは座り込んだまま言った。
「まったく……、小さいのに強い娘たちじゃ、この鈴鹿が慰められるとはのう」
  鈴鹿は、照れ臭そうにうららの手をとり立たせる。その時見せた笑顔にうららは、どきっとする。
「そうですよ、みんなが無事であることが、なによりの証明です」
  笑顔でうららも返す。
「そういう事にしておくかのう」
  とりあえずの決着と、鈴鹿は思う事にした。
「鈴鹿様、お戻りになりますか」
  いつの間にか、甲板には船長の姿が現れている。
「うむ、美晴殿の所に帰るとするかのう」
  みんなが頷き応えると、船はゆっくりと来た方向に向きを変え動き出した。

 帰路についた船の中で、鈴鹿にはまだ気になる事があった。彼女が海を眺めながら考えていると、すっと側にうららが来ていた。
「あのファリスって子が言った事、気になるんですか?」
「うむ、うらら殿もそうであったか?」
  うららは頷く。
「また……、大規模な攻勢をしかけてくる気でしょうか?」
  うららの表情が曇る、前回の阿羅耶識の払った犠牲はそれほどに大きかった。
「むしろ次が本気なのかもしれぬ、極星帝国はまだ力を全て出したわけではないであろう」
「……もっと厳しい戦いになるんでしょうね」
「戦いとは、いつも厳しいものじゃ。強くならなければならん、守りたいものがあるのならば」
  口にした鈴鹿もうららも、もっと強くならなければと深く思った。
  2人を夕陽が赤く照らす、夕暮れが迫っていた。
  厳島の大きな赤い鳥居が見え始めると、おお、と感嘆の声が鈴鹿から漏れる。
  満潮になり水を湛えた厳島神社は、赤い夕日を浴びて、さらにその美しさを増していた。

「……美しいのう」
  そう言葉にした鈴鹿の微笑みは、涼風のようであった。

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