◆目覚めの器
アクエリアンエイジ開発チーム

  暗い部屋の中に低く呪文の詠唱が響き、特殊な香が焚かれた部屋の中は、ある匂いと交じり合い独特の匂いを作り上げる。
  ある匂いとは死臭である。
  数本の蝋燭が灯す僅かな灯りが、この部屋の主を映し出す。
  暗闇の中に映し出されたその姿は、闇に溶け込むような黒髪と、薄い明かりが滴る汗を浮かび上がらせる白い素肌の女性、身に付けた薄い布で作られた服も汗で素肌に張り付き、艶かしい体のラインをあらわにしている。

ネクロマイスター“グレース・ディアディム”
イラスト/すぎやま現象

  彼女はグレース・ディアディム。極星帝国、レムリア王家に代々仕え続ける死霊術士である。
  彼女の死霊術により、極星帝国の主要な戦力は、戦場で息絶えようとも、アンデッドとして蘇り、さらに凶悪な戦力へと生まれ変わることが出来るのである。その力は帝国内ばかりでなく、打ち倒した敵でさえも蘇らせる。
  今日ではWIZ-DOMのソニア・ホノリウスをアンデッドとして復活させ、新たに極星帝国の戦力として迎えている。

アンデッド“ソニア・ホノリウス”
イラスト/爆天童

  今グレースは目を閉じ、汗を滴らせ、一心に呪文を唱え続けている。
  彼女の正面に横たわる体こそ、今、死霊術を施している体である。
  一糸纏わぬ姿ゆえに、その体の線は見て取れる。その体の持ち主は女性のようだ。
  そして、その体に入る魂の名はウエスギ・ケンシンという。

  以前、極星帝国皇帝にして、レムリア王、マクシミリアン・レムリアース・ベアリスは、帝国の世界進行の際、手駒として、日本に眠る戦国武将、織田信長をアンデッド化させる命をグレースに発した。
  十将軍に任命された信長は、さらにアンデッド化した豊臣秀吉、徳川家康、毛利元就、明智光秀など名だたる武将を従えE.G.O.の斎木遊名を倒すため出陣した。
  が、結果はE.G.O.のサイキック部隊に大敗し、信長本人も野望半ばで散ることとなった。

第六天魔王 “織田 信長”
イラスト/金田榮路
関東管領“上杉 謙信”
イラスト/金田榮路
太閤“豊臣 秀吉”
イラスト/金田榮路
征夷大将軍“徳川 家康”
イラスト/金田榮路
惟任日向守“明智 光秀”
イラスト/金田榮路
治部少輔“毛利 元就”
イラスト/金田榮路

  上杉謙信はこの時、すでにアンデッド化していたが、信長は行軍に組み込むことは無かった。上杉謙信を信頼しきれなかったのか、謙信が女であった事が気に入らなかったのか、今では分からない。
  謙信は、残存兵力を再編成し、今は機を待つのみであった。
  そんな謙信が、グレースの元を訪れる。
  体が思うように動かないのだという。
  一度グレースが術を施したアンデッドは、魂を消滅させるか、肉体を完全に破壊されない限りその活動を止めることは無い。武将たちの体ならば、強靭な魂の器として、どれほど多くの戦士の死体を必要としたか。
  当初、グレースはその不調の原因は上杉謙信の精神の弱さにあると考えていた。精神の弱い者がアンデッドとして蘇った場合、その事実を受け止められず、やがて精神は崩壊し自我も失い、ただの生ける屍となってしまうからである。
  だが、軍神と呼ばれ、知略と武勇に恵まれた上杉謙信である。その精神力は強く、志半ばで倒れた無念さは、誰よりも強いものであった。
  ならばなぜなのか。
  グレースの疑問は晴れないまま、謙信の魂を肉体に縛り付ける術を、再度施している最中である。
  グレースの呪文の詠唱はゆっくりとしたものになり、途絶えると儀式は終了した。
「ふうっ」
  難しい表情のまま、小さなため息をついて、グレースは瞳を開く。
  グレースの生きた長い年月の中で初めて出会ったこの現象は未だ解明出来ていない。
  原因は自分の術の方に有るのかもしれないとさえグレースは考え始めていた。

「グレース様、よろしいでしょうか」
  部屋の外から、声が掛かる、来客のようだ。
「アル?入ってもいいわ」
  グレースには良く知った声の主のようである。
  アルと呼ばれた女性が入ってくる。
  開いた石の扉から差し込む光を受け透き通る白い肌、頬のあたりで切りそろえられた艶やかな黒髪、どことなく格好はグレースと似ている。アルシノエ・アルケス、彼女もまたレムリア王国の死霊術師である。

死霊術士“アルシノエ・アルケス”
イラスト/壱河きづく

  アルシノエはグレース自身が才能を認め弟子にした少女で、部族の違いはあれ、同じ死霊術士として妹のように接している。近年めきめきと力をつけ、皇帝にアルケスの姓を与えられるほど成長している。
「ケンシンへの術は終わったのですか?」
「今終わった所。未だ不調の原因はわからないままだけど。少し分かった事は、魂がこの体から抜け出ようとしているみたいに感じること。」
  術を施す過程で生まれた違和感をグレースは伝えた。
「その事でお話があるんです」
  アルシノエはグレースから聞いていたその事実を独自に調べていた。
「ムー王国のラユュー様にお会いした時に聞いたのですが、この次元にはこの次元のラユュー様がいるとの話を聞いたのです。そこで思ったのですが、私達の次元にもウエスギ・ケンシンがいるのではないでしょうか」

ロイヤルトライ・オブ・ムー“ラユュー・アルビレオ”
イラスト/あさぎ桜

  グレースの表情が変わる。
「ありえる話ね。それなら今まで見たことが無い事実も説明がつく。ケンシンの魂は、より絆の強い肉体があることを感じているのかもしれない。」
  グレースは今までの理解できなかった闇に光が差したように感じた。
「でも、どうやって探しましょう」
  アルシノエは困った表情になるが、グレースの表情は明るい。
「探し物のことなら適任者がいるわ、アル、ケンシンを連れてゆく支度をして」
  グレースには考えがあるのか支度を始めた。

  数時間後2人はある屋敷の前に馬車で辿り着いた。
  レムリア王国の大貴族、リリア・ペテルギウスの館である。

  館の正面玄関の大扉が開くと、煌びやかな宝石を身に付けた女主人が迎えに現れた。
「これはこれは、我がレムリアの死霊術士お二人がいらっしゃるなんて、ついに死霊の杖を私に譲ってくれる気になってくださいましたの?」
  満面の笑みでそう話し掛けてくる、リリアはマジックアイテム・コレクターと呼ばれ、様々なマジックアイテムを収集、所蔵している。死霊術士の杖にも興味があるらしく、会う度に同じように話し掛けてくる。彼女なりの挨拶のようだ。
「まだまだ私達とこの杖は、レムリアに必要なものです、ご容赦くださいリリア様」
  いつもと同じようにリリアに軽く詫びをいれ、グレースは用向きを話す。
「今回お訪ねしたのは探し物がありまして、リリア様のお力でその行方を調べていただけないかと」
  詳しく話を聞くために、2人は館の中に通された。

マジックアイテム・コレクター“リリア・ベテルギウス”
イラスト/あずまゆき
死霊の杖
イラスト/かわく

魔法の地図。
  使用者の望むものを、探し出し大まかな場所を教えるマジックアイテム。リリアのアイテム収集に無くてはならぬ物である。
  グレースの願いにより、リリスはこの秘蔵の宝の使用を許可してくれた。
  代わりに、調べている間だけでもグレースの死霊の杖を貸す約束をする。どうしてもリリアは、一度自分のコレクタールームに並べて飾りたいと言うのだ。
  コレクター欲とは分からないものだと思いながらも、グレースは地図により、目的の場所をつきとめることに成功する。
 
 
  2人の死霊術士は、また薄暗い儀式の部屋で呪文を唱えていた。
  ぼうっと光る2つの魔方陣のそれぞれに座して向かい合う2人、その中央には横たえられた2つの体、ウエスギ・ケンシンの魂と極星のケンシン。
  2つの魂を重ね合わせ1つとして肉体に収める。通常の死霊術とは違う新たな試みは7日間に及んでいる。
  違う次元の2つの同じ魂を溶かすように混じり合わせ1つの意志とする。
  その瞬間は遂に訪れた。
 
  !!

 2人は世界全体が身震いするような感覚に襲われた。
  部屋の全ての蝋燭が消え真っ暗になる。そのなかでゆっくりと人が立ち上がる気配がする。
  今、間違いなく、ウエスギ・ケンシンは蘇ったのだ。
  扉が開き部屋の中央に光りが差し込みケンシンを照らす。
  美しく長い黒髪がさらりと流れる、黒い瞳が開かれ、その中に宿る強い意志が光る。
  その美しい姿は、光を浴びると言うより、内側から眩いばかりの光りを放っているかのように見えた。
  グレースもアルシノエも、時が止まったかのように身動きせず、ただ見つめることしかできなかった。
 
「我は上杉、上杉謙信なり」
  その整った口元から凛と発せられた声にまで、世界は震えているようだ。
  その美しい体と自らの声に謙信の口元がゆるむ。
「全て手に入れた……。我が覇道はここよりはじまり、いずれ神をも絶つものとなるであろう」
  謙信がつぶやく。

上杉謙信

  グレースの背筋を冷たい汗が流れ落ちる。グレースには、この汗が疲れによるものか、恐怖によるのか分かる事無く意識を失った。

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