◆小さな冒険
アクエリアンエイジ開発チーム

  ぼふっ
  ふんわりとした高級な寝具をゆらし、小さな女の子が倒れこむ。
  真っ白いシーツの上に綺麗な金色の髪が広がり、彼女の真っ赤な服が彩りを添える。
  だがその美しい光景とは裏腹に、ぷるぷると小さな手を震わせているその姿に、怒りの感情が見て取れる。
「お父様の分からずや!」
  そう言って、手に持つ白いうさぎのぬいぐるみを怒りのまま投げつけようとするが、その振り上げた腕はぬいぐるみを抱きかかえてやめる。
  この子はローズマリー・フォンブリューヌ。 西方魔術結社WIZ-DOMに出資する貴族フォンブリューヌ家の令嬢である。
「今日は大事な日なのに……忘れちゃったのかな」
  今日はローズマリーの母が他界した日だった。
  気分が収まらないのか、ローズマリーはベッドに大の字でもう一度倒れこんだ。
 
 
  がたがたがたがたっっっ
  フォンブリューヌ家の屋敷に馬車が到着する。
  馬車のドアが開き、さらりとした黒髪を流しながら女性が外に降り立った。黒いドレスを纏った彼女は、そのほっそりとした顔立ちに、どこか東洋の女性の繊細さを思わせる美貌がある。ただ胸に下げている逆十字だけが、全てを否定するような違和感を出していた。

悪魔召還師“真理亜・ファウスト”
イラスト/尾崎弘宜

  彼女は真理亜・ファウスト。
  ファウストとは、かつて悪魔メフィストフェレスを召喚し、その力を存分に使ったとされる伝説の錬金術師である。ゲーテの戯曲ファウストのモデルにもなっている。
  西洋魔術結社WIZ−DOMにおいて、悪魔召喚師と呼ばれる召喚術のエキスパートである。
  そのファウストの名が示すとおり、悪魔と契約し使役する秘術はWIZ−DOMで並ぶ者は無い。
  そんな彼女が、屋敷の主から招待されてここにいる。
  なにか胸騒ぎを感じて、真理亜は胸の逆十字をぎゅっと握った。
  突如、ずんっと館が縦にゆれたような感覚が真理亜を襲う。その瞬間から屋敷の中に恐ろしく高い霊力の塊が現れたように真理亜には感じられた。
「この気配、すでになにか始まっているようね」
  真理亜は出迎えの現れない屋敷に、慎重な表情で向かった。

  ローズマリーはまだベッドの上で頬を膨らませていた。
  !!
「地震かな?」
  先ほど真理亜が感じた振動を屋敷の中でローズマリーも感じていた。
  ふとベッドがふわりと揺れる。
  ローズマリーが沈んだベッドの方向を振り返ると、そこにちょこんと女の子が座っている。
「だ、だれ?」
  突然現れたその女の子は、宝石の散りばめられた冠をかぶり、黒いドレスを着ているどこか高貴な印象をうける子供だった。

悪魔“パイモン”
イラスト/あづみ冬留

「余はパイモンじゃ」
  どこかぼんやりとした瞳でその子は無表情に答えた。
「パイモン?……変わった名前ね。私はローズマリー。あなたどこから来たの?」
「パンデモニウムじゃ」
(ぱんでもにうむ? 聞いた事無い地名ね、どこの国だろ?)
  質問に帰ってくる答えに、ローズマリーの疑問は解決されそうになかった。
(お父様の言っていたお客様なのかな?)
  どこか不遜な口調と、その豪華な衣装を見て、ローズマリーはどこかのお嬢様なんだと見当をつけた。
  そんなパイモンの膝元の、かわいい黒猫のぬいぐるみがふと目にとまる。
(ぬいぐるみなんて持って、ずいぶんとお子様なのね)
  自分の事は棚に上げてローズマリーは一人で妹を得た気分になり、その突然の訪問者に興味が沸いてきた。
「屋敷が広いから迷子にでもなったの?」
  パイモンは少し考えた後こくんと頷く。
「私が案内してあげましょうか?」
  またこくんと頷く。頷くたびパイモンの冠がゆれる。
「わかったわパイモン。ここはこのローズマリーお姉様にまかせなさい!」
  そう言ってウインクすると、パイモンの手を取って部屋を出て行った。
 
 
  同じ屋敷の別の場所で、真理亜・ファウストは驚愕していた。
  屋敷の主人であるフォンブリューヌ氏が真理亜を招待した理由を、彼の書斎で見つけたからである。
「パイモンを召喚しようとしていたなんて……」
  悪魔パイモン。
  ソロモン72柱の魔神の1柱、序列9番目の地獄の王と呼ばれている悪魔で、200の悪魔の公爵と400の小公爵を束ねるともいわれ、魔界の200の軍を率いる四方の王の一人である。
  力を求める者に秘密の知識を与えると言われている。
「この気配は、間違いなく本物ね。急いで儀式の場所を探さないと」
  真理亜は、胸の逆十字を握ると短く呪文を唱える。
  次の瞬間、真理亜の影が不自然に蠢き、数体の小さな悪魔の形をとる。真理亜が命令するとその影は四方に散っていった。
 
 
  ローズマリーはパイモンをつれて屋敷を歩き回っていた。パイモンは案内してほしいと言ったわりにはローズマリーの部屋の説明など聞かず、興味のない部屋は一瞥するだけで、ローズマリーの服の裾をひっぱり、次の場所へと促すのだった。
  移動の途中に、突然カーテンの束や置物の陰に隠れたりする事もあり、面白くなってローズマリーも一緒になって隠れたりもした。
  そして最後、最も見せたい部屋へ案内することにした。
  ローズマリーのお気に入りの場所。そこはドーム状の室内プールになっている部屋だった。
  昼はガラス張りされた天蓋から差し込む光が、プールの水面に乱反射して、辺りはきらきらとした幻想的な雰囲気になり、夜は星たちが水面にこぼれ落ちたかのように夜空を映す。ローズマリーにとっては、何時でも落ち着ける癒しの空間である。
「どう?パイモン」
  今まであまり興味を示さなかったパイモンだったが、今回はプールを見つめ微動だにしない。ローズマリーは得意そうに腕を組んで頷く。
「ここか」
  しばらく水面を見つめていたパイモンは、そうつぶやくと、すたすたとプールに向かって歩いていく。
「私のお気に入りの場所なの。どんな季節だって……」
  ローズマリーの言葉は最後まで続かなかった。視線の先のパイモンはプールに一歩踏み出すと、そのまま中央まで歩みを進めていく。
「え?ちょっ、パ、パイモン?」
  プールの中央で立ち止まったパイモンを中心に、丸いプールの底いっぱいに大きな魔方陣が白く浮かび上がる。
「面倒な……余計な手間をかけさせおって」
  パイモンが軽くつま先で水面を蹴ると、そこから波紋が広がっていく。浮かび上がった魔法陣に波紋の揺れが重なったところから亀裂が入りはじめ、魔方陣はその光を失っていった。
  瞬間、辺りの温度が突然下がったようにローズマリーは感じた。
「感謝するぞ、ローズマリーおねえさま」
  そう言って近寄ってくるパイモンを前に、ローズマリーは後ずさりしてしまう。
  今まで彼女が見たことのあるWIZ−DOMの魔女達とは違う、異質な力を目の当たりにしたのだ。
「おまえの父親は気に入らなんだが、おまえは気に入った。褒美をとらせるぞ」
  パイモンそっと目を閉じ、ローズマリーの耳元で何か囁いた。
  その瞬間、電流に打たれたように小さく震えていたローズマリーの動きが止まる。
  ローズマリーは虚ろな表情になり、ぼんやりと立ち尽くしている。
  これから起こる変化を期待するように見守るパイモン。その表情が、突然険しくなる。
  ローズマリーの体から、白い光が溢れ出しはじめている。
「この光……、この娘、天使の血が混じっているとは……」
  光に照らされ、パイモンは目を細める。ローズマリーを中心に広がる光は、天使達の持つ特有の神聖さを持っていた。
  光は大きくなり、部屋中を埋め尽くそうとしている。
「面倒なの目覚めさせちゃったかなぁ……」
  そう言葉を残してパイモンは残念そうな表情のまま霧のように姿を消した。

  光の奔流が収まった時、ローズマリーは、まだ虚ろな表情のまま立ち尽くしていた。
  だが次の瞬間、全ての力を出し切ってしまったのか、そのままその場に崩れ落ちる。
  そんな彼女を抱きとめる柔らかな腕があった。
  真理亜・ファウストである。
  ローズマリーは薄れゆく意識の中で、柔らかな抱擁の記憶が蘇る。
「お母様……」
  そのつぶやきと、大事そうに抱きしめたうさぎのぬいぐるみや、ほほをつたう涙の跡、眠るその寝顔は、まだ幼い少女のそのものだった。

ローズマリー・フォンブリューヌ
back
AquarianAge Official Home Page © BROCCOLI