◆歌う小鳥
アクエリアンエイジ開発チーム

  宇宙空間。
 
  一切の音の無い静かな世界。
 
  その静寂の空間を、白い尾を引いて進む宇宙船がある。
  その宇宙船の一室は、美しい琵琶の音色と歌声に満たされていた。
  無機質な金属の床、その上に真っ赤な絨毯が敷かれている。その部屋は展望室なのだろう、ドーム状になっている天蓋は、ゆっくりと流れる星の海を一望できた。
  煌く星々の優しい光は、その音色を紡ぐ歌姫を映し出す。
  一目で言うなれば天女であろう。羽衣や琵琶を持つその姿は、宇宙船という金属の塊という世界の中でも、柔らかな空間を作り出していた

妙音鳥“迦陵頻伽”
イラスト/CARNELIAN

  彼女の名は迦陵頻伽(かりょうびんが)。
  仏教ならば、極楽浄土に住むとされる鳥。殻の中にいる時から鳴きだすと言われ、非常に美しい声を持ち、仏の声を形容するのに用いられるとある。
  彼女もまた、背に美しい翼を持つ天使であり、かつての銀河女王国連邦軍の一員として、地球方面軍総司令官ラユューと共に戦った経緯を持っている。
  歌う彼女のうっすらと上気した頬を汗が伝っていく。
  彼女の表情が憂いを帯びているのは、今奏でている曲が望郷の歌だからであろうか。
  愛しい故郷を持つものならば、涙を流さずにはいられぬその音色は、彼女自身にも思い起こさせるものがあるのだろう。

  しゅっ。
  軽い空気の流れる音と共に、不意に扉が開く。
「またそんな湿っぽい歌を歌っているのか」
  逆光に写し出されたシルエットに、一瞬悪魔を連想した迦陵頻伽は、身を固くし歌を止めてしまう。
  「ふうっ」
  そんな反応に、シルエットの主はため息をついた。
「いい加減馴れてはくれないかな、迦陵頻伽」
  そう言って部屋の中に入ってきた影の主は、白い軍服に身を包んだ天使であった。

増援部隊指揮官“ゾフィエル”
イラスト/久坂宗次

  「申し訳ありません……ゾフィエル様」
  ゾフィエルと呼ばれた天使のシルエットに彼女が驚いたのは、その頭に生えている雄牛のような立派な角があるからである。
  その名は「神の密偵」の意味を持ち、「最も早き翼を持つ」とされ、堕天使の攻撃をいち早く天の軍勢へと報せると言われている天使である。
  ゾフィエルはこの船の艦長であり、今回の銀河女王国連邦の地球方面軍の増援部隊を指揮している指揮官である。
  迦陵頻伽も前回の地球進行時の経験者として、今回の増援部隊に組み込まれている。
「まあそんなことはどうでもいいや。今日はあなたに会わせたい人達がいるのよね♪」
  そう言ったゾフィエルの表情は、どこか楽しそうな小悪魔的な笑顔を作る。
「みんな入ってきてー」
  ゾフィエルが呼ぶと。
  「「はぁーいっ!!」」
  迦陵頻伽には、最も聞き慣れた声が返ってきた。

  翌日、ゾフィエルの船の展望室は、いつもとは違う、賑やかな音と光に満たされていた。
  あの憂いを帯びた望郷の歌では無く、楽しげで人々を鼓舞するような歌が流れている。
  その中心にいるのは迦陵頻伽。だが、その場には3人の迦陵頻伽がいた。
  いつものように琵琶を奏で歌う者、その横で笛を吹く者、そして前に出て扇情的な衣装で躍動的に踊る者。全てが同じ容姿を持っている。
  一見異様な光景だが、その曲と舞の息の合った一体感は、見る者を魅了していた。
  一糸乱れぬ美しさは、修練では身につかない、それぞれの体に流れる、血に刻まれたリズムが同じと感じさせる。
  曲が終わった後でさえ、その活力に満ちた余韻は、辺りを包み込んでいた。

妙声鳥“迦陵頻伽”
イラスト/CARNELIAN

  ぱちぱちぱちぱち
  拍手の音で視線が集まる。
  拍手の主は、三つの瞳を持った、美しい黒髪の軍人であった。
  地球方面軍総司令官ラユューである。

総司令官“ラユュー”
イラスト/楠桂

  「「ラユューさま♪!」」
  黄色い歓声に一瞬にして踊り子と笛の迦陵頻伽に挟まれるラユュー。
  「いつこちらにお着きになられたのですか」
  あまりの歓声にたじろぎながらも、ラユューは視線の先に一人の女の子を捕らえる。
  静かに女の子達をなだめると、すっとその間を抜け出して、琵琶を持つその子の元に向かう。
  「本当に久しぶり、迦陵頻伽」
  ラユューのその表情は、本当の旧友へ向けられる優しいものだった。
  「は、はい、お久しぶりですラユュー様。」
  白い肌をうっすらと赤らめ、恥ずかしそうに迦陵頻伽は答える。
  「君の声は何時聞いても美しい」
  「あ、ありがとうございます……」
  嬉しさや懐かしさ、緊張など色々な感情が溢れ、言葉に詰まってしまう。
  「随分賑やかな曲もあるのね、それにあの子達は?」
  そう言って、同じ容姿を持つ2人を指す。
  「最近できた妹達なのですが……」
  その言葉にラユューの表情が一瞬曇る。
  「最近……、クローンなのか……性格まで調整しているなんて」
  クローン技術は、銀河女王国連邦では当たり前の技術になっている。最新の技術では、そのクローン体の性格も、戦闘の1パーツとしてコントロールすることさえ可能なレベルに達している。
  軍の戦力として割り切っているラユューだが、どうも好きになれない。
  「はい、でもあの子達を悪く思わないで下さい。あの子達は、私が持てないポジティブさや大胆さを持っている、私のもうひとつの可能性なのです」
  そう言った迦陵頻伽の瞳は真剣そのものだった。
「君は随分変わったようね、ただ泣くばかりの小鳥ではなくなったみたい」
  そう言って昔を思い出し、柔らかな表情に戻ったラユューは、迦陵頻伽の頭をなでる。
  その懐かしさと心地良さは、迦陵頻伽に地球圏への帰還を実感させるものだった。

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