◆動く山
アクエリアンエイジ開発チーム

ずずん……ずずん……
  朝靄にけむる山脈の間を、一定の間隔をおいて、大地を揺るがすほどの地響きがこだまする。
  その地響きの主を見た者がいたならば、視界を埋め尽くす風景が動いていると驚いたであろう。山そのものがゆっくりと移動しているのだ。
  あまりに大きすぎて視界に全てを捕らえる事の出来ない動く山。それはもっと遠くから全体を見ることが出来たなら、さらに驚く事になる。その山を背負い歩いているのは、巨大な老齢の亀だと分かるからだ。


  その巨大な亀は霊亀と言われている。
  霊亀とは、古代中国の神話において四霊と呼ばれる、この世の動物達の長と考えられた四つの霊獣の一角である。
  千年以上生きた亀は巨大な霊力を発揮し、未来の吉凶を予知できたとされ、それに伴い、身に付けた霊力で巨大化したと言われる。
  背中の甲羅の上には蓬莱山と呼ばれる山を背負っており、その蓬莱山には不老不死となった仙人が住んでいる。
  また、四霊とは他に、麒麟、鳳凰、応龍などがあり、麒麟は信義、鳳凰は平安、応龍は変幻を表すとされている。
 
  霊亀のその歩みは、周りに気を遣っているのか、前の振動が消えるのを待つように、のんびりとした速さで進んでいる。

  霊亀はふと足を止めると、首を持ち上げ、大きな瞳で空を見上げる。
  すると、その方向から、ふわふわと雲に乗って空を飛ぶ女の子が霊亀に向かってくる。
「霊亀さまー」
  声をあげ近づいて来るその女の子は、雲の上でぶんぶんと杖を持った手を振っている。
  霊亀の顔の側に停止すると、ぺこりと頭を下げる。


「お久しぶりです霊亀さま。お迎えに来ました」
  明るい笑顔で挨拶する女の子はメイホウと言う。
  可愛らしいピンクのコスチュームに、赤いオーブのはめ込まれた杖。まるで魔法少女のような外見だが、阿羅耶識の立派な仙女である。
  霊亀は、ゆっくりと大岩の様な顔で笑顔を作ると。
「どのぐらいぶりじゃろうか。長いこと生きとると、時間の感覚が無くなってしまってのう」
  そう言って再会を喜んでいる。人の言葉を解すばかりでなく、話すこともできるようだ。
「えーっと、そうですね一年前ぐらいかな。そう言えばあの時も……って、ダメですよ、霊亀様はのんびり屋さんで聞き上手ですから、私がしゃべり始めると終わらなくなっちゃいます」
  前回、日が暮れるまで延々話した事を思い出したメイホウは、赤面しながら注意する。
「ふぉふぉふぉ、そんなこともあったかのう」
  笑いながら応える霊亀も、思い当たることが多そうだ。

「しかしメイホウ。わしが呼ばれるとは世の中は随分と慌しくなっているようじゃのう」
  少し表情を曇らせ、霊亀は今回呼び出された事を思い直す。
  霊亀の言葉に、真剣な顔になってメイホウは頷く。
「そうです、西方の魔法使い達は凶悪な呪文を持って来るし、なかでもあのクラリスって人は、りびんぐきゃっするとかいう大きな城を人形みたいに動かして、拠点ごと攻めてくるって話です。極星帝国になると、城の地下から掘り出したあるごとかいう巨人が、凄い熱の火を吐くとか、もう大変そうで」





  そうやって一気に話し、荒い呼吸をするメイホウの表情は、心配なのか期待しているのか少し高揚している。
「なるほどのう。メイホウが来る少し前じゃが、わしが空を行く麒麟を見たのも、余程世界が荒れていると言うことかのう」
  霊亀の目撃した麒麟もまた四霊の一角であり、乱れた世を正すため、仁に厚き王の元に舞い降り、それを助けると言われている霊獣である。


「そういう訳で霊亀様、よろしくお願いします」
「そうじゃのう、少しゆっくりしすぎたかもしれぬ。100年ほど体を動かしていなかったから、木の根や苔が随分と絡まっておったが、もう大丈夫じゃ」
 
「では失礼します」
  そう言うとメイホウは乗っていた雲から霊亀の頭に飛び移る。
「縮地を使います」
「ほう、縮地を覚えたか」
  縮地とは、大地に流れる霊的エネルギーである地脈を使い、長い距離を瞬時に移動する事ができる仙人の術の一つである。
「行きます」
  メイホウは真剣な表情になり、精神を集中する。
  霊亀も目を瞑り、地脈のエネルギーとメイホウの霊力に自身をゆだねる。
  手にしている杖をバトンの様に回転させると、メイホウの霊力が高まり、静寂が訪れる。
 
 
 
「くるくるー!」
 
  真剣な表情で唱えられた、それとは全く対極の、明るく気の入らない言葉が響き渡る。次の瞬間、巨大な霊亀のシルエットは、大地に溶け込んだかのように消えた。
  その後に起こった大地の揺れは、地脈の中を行く霊亀の笑い声のようであった。

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