◆修行者たち
アクエリアンエイジ開発チーム

  どどどどど……

  大量の水が、激しい音をたてて流れ落ちている。その音は、いつの時代も尽きる事無く鳴り続けてきた。
  辺りは美しい秋の紅葉からその色を失い、冬の姿へと変わりつつあった。
  ここは長く守られてきた、阿羅耶識の隠れ里である。





  その大きな滝の下で、一人の女性が水に打たれている。
  長い黒髪と白く薄い衣は濡れて貼りつき、彼女の華奢だがしなやかな身体を浮き上がらせていた。
  彼女の名は水樹鏡花。阿羅耶識に所属する、修行中の巫女だ。
  この滝行に挑む彼女の表情は固く、その目には苦悩の色が濃い。

  新たな増援部隊の登場で戦力を再編したイレイザーの猛攻は、世界各地に新たな傷痕を残し、その被害は増していく一方だった。
  阿羅耶識の日本支部も、その被害を免れる事は出来なかった。
  守りには長けるものの、戦闘力に乏しい巫女達だけでは戦況は厳しく、E.G.O.の協力をもってしても、被害の拡大を抑える事が精一杯であった。現在のこの状況は若い巫女たちにも大きな不安を与えていた。
  急速に人員を補強しなければならない状況となった阿羅耶識は、この隠れ里に多くの修行中の巫女を集め、安全を確保すると共に、集中的に修行を行なわせていた。
  鏡花もその為に集められた巫女の一人である。

 今、彼女は一人滝に打たれている。
  既に日は落ち、月の青い光が辺りを照らしている。他の修行中の巫女は既に眠りへと誘われている時間帯だ。

 流れ落ちてくる滝の水は身を切るほどに冷たく、体温や体力と共に気力さえも奪ってゆく。
  その水は身体だけでなく、心をも揺さぶっていた。
  鏡花は幾度も膝をつき、何度となく倒れてしまう。

 そんな鏡花の脳裏に、家族の面影がよぎる。

  彼女の家族は、極星帝国の侵攻の時、その戦火に巻き込まれ父、母、妹、全てが失われた。
  その記憶が鮮明に思い出される。
  それと同時にこみ上げる後悔と復讐の念が、彼女の心をさらに掻き乱す。
  心の乱れはさらに身体のバランスを崩させる。鏡花は滝から弾き出された。
 
「……!」
  振り上げた腕を激しく水面に打ちつける。
  その水音は、激しい滝の音に呑み込まれ、掻き消された。
  声も無く、唇を噛みしめる。

「……水樹さん?」
  その姿を見つけた者がいる。
  透き通る様な声でそう呼びかけた声の主は、厳島美晴だった。
  現在の阿羅耶識日本支部の代表である美晴も、里の守り役として、また講師を兼ねてこの里を訪れていた。





「なんて無茶を……滝行をひとりでやるなんて」
  足早に駆け寄る美晴の表情は険しい。
  滝行はその過酷さからも危険であり、行う修行者には必ず付き添う者が必要と定められている。
  この大きな滝、まして寒い季節のことである。ひとつ間違えば命を落としかねない。

「美晴さま……」
  振り向いた鏡花の表情で悟ったのか。
「水樹さんは頑張りすぎですね」
  その言葉に鏡花はうつむいてしまう。鏡花も自分では分かっているのだ。何かに打ちこんでいないと、押しつぶされてしまう気がする事を。

  美晴は、そっと鏡花の手を握る。

「もう、許してあげて……」
  美晴は、悲しそうな目で小さく呟く。
 
「私は、誰も……」
  続けた鏡花の言葉は力を失っていく。

「私にも大事なものがあった。それを失った痛みは分かります」
  美晴の真っ直ぐな視線に耐えられず、鏡花は目を逸らしてしまう。
  これまでも、避けていたのかもしれない。
  きっと、同じ痛みを悟られてしまうと。
  そこで甘えれば、自分を許してしまうのではないかと。

「私もお姉ちゃんが倒れた時は何も出来なかった。私がもっとしっかりしていれば、私がもっと強ければ……何度もあの瞬間が思い出される。そうやって自分を責めてた。気がついたら、前に進めなくなってた」
  そう話す美晴の表情は、悲しげな笑顔だった。

「誰もあなたを責めてなんていない。あなたは受け止めるの。目を逸らすのではなく、全てをあなたの心で」
  美晴の手から伝わる暖かい想いが、凍てついた心を溶かしていくように思えた。
  涙が頬を伝う。
  全てを失ったあの日から流す事の無かった、流すことが出来なかった涙が、堰を切ったように溢れ出してゆく。
  鏡花はしばらく美晴に抱きしめられるまま、ただ涙を流し続けた。

「落ち着いた?」
  美晴の問いかけに、赤くなった瞳と頬で笑顔を作ると、こくりと鏡花は頷く。
  その表情に美晴も笑顔を見せた。
「ありがとうございます、美晴さま。私は全て失ったと思ってました。でも違う、私を思ってくれる人たちはまだ沢山いて、ひとりぼっちじゃなかったんですね。凄いですね、美晴さまは。修行では得られないものを、一瞬で教えられちゃった」
「これでも日本の阿羅耶識のトップなんですから……、なんてね。私も教えられたの。私を思ってくれている大切な人達に」
  そう言って見せた美晴の笑顔は、阿羅耶識の長ではなく、年相応の少女の微笑みだった。

  この時鏡花は、美晴が自分を守ってくれる存在であり、また、自分が守るべき大切な存在であることを、深く心に刻んだ。

  数日後。
  鏡花は再び戦火の地に降り立つ。
  その表情には、修行の時の迷いは感じられない。
  すーっ
  静かに息を吸い込み、意識を集中する。
  周りの人々の姿が、彼女の身体を通り過ぎてゆく。
  楽しみや苦しみ、怒りや悲しみ……その全てが彼女の中に流れ込み、心を満たす。

「もう誰も傷つけさせない……私が守る!」
  ゆっくりと正確に払われた刀印に薄赤い光が走り、風が巻き起こる。

  彼女の心は、想いという水で満たされた水鏡。
  その水面は凪ぎ、静寂さを備えた結界を生み出す。

  水鏡巫女、水樹鏡花、ここに覚醒す。

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