アクエリアンエイジ フラグメンツ〜調和の杯〜

断片4「吸血鬼覚醒」

 サン・ジェルマンは暗闇の中に身を沈めている。

「マインドブレイカーを何人か捕獲できないかな?」

 スイレンがこたえた。
「大師さま、それは少々難しゅうございます」
「なぜ?」
「乱獲がたたって、個体数が少なくなっております。一時期、さかんに人体実験に使われましたので」
「でも、絶滅したわけじゃないだろう?」
「有用性が認められたのちは、生き残ったマインドブレイカーはほとんどがいずれかの勢力に取り込まれてしまっております」
「ふむ……かえって保護されているというわけだね、覚醒促進装置として」

 サン・ジェルマンが金髪の下に隠れたこめかみの三日月傷に触れる。

「勢力の枠組みを破壊し、闘争にさらなるカオスをもたらす……。私はそれを、マインドブレイカーがやってくれるんじゃないかと期待していたんだけどな。マインドブレイカーたちが結束して第七の集団を結成するシナリオを想定していたんだ」
「極星皇帝は、そうした存在ではないでしょうか」
「私もそう思っていた。が、極星皇帝に取り込まれた駒たちは、“極星能力”に上書きされてしまうじゃないか。これはどうしたことだ? それでは“単に一勢力が勝った”というだけの話になってしまう。それではつまらない。――ああそうだ、スイレン、極星帝国といえば」

 サン・ジェルマンは金の腕輪を腕にはめたままくるくると回した。

「君の霊界ネットワークを使って、エルゼベートの居場所をつきとめられないかな?」
「吸血鬼エルゼベートの行方は不明でございます。最後の目撃情報がくだんの塔でございました」
「死んだのかな」
「可能性はございます。生存しているとしても、転向させるのは難しいかと存じますが」
「エルゼベートと、極星帝国のエルジェベート・バートリ。この2人は面白いよね。同次元に異次元同位体が存在するなんてめったにない事例だよ。同一人物が同時に2つの勢力に所属しているという状況も興味深い。そこでなんだけどね」

 サン・ジェルマンは、闇の中のやわらかなソファーの中でくすくすと笑った。

「この2人を捕まえて溶かして合体させてみたら面白いと思わないかい?」


     ☆


 吸血鬼、夜羽子・アシュレイは閉じこめられていた。

 出られない。

「んーっ!」

 出られない。

 彼女がいるのは、自分の棺桶の中である。
 すなわち、吸血鬼の寝床である。
 ひんやりとした、石畳の地下室。夜羽子・アシュレイは、そこに自分の棺桶を置いている。

 夜羽子が棺桶で眠るのは、珍しい。
 彼女は広い寝室に、豪奢な天蓋つきベッドを持っている。ふだんはそこで寝る。

 が、たまに気が向くと、棺桶で寝たくなる。
 彼女の寝室には窓はないから、太陽光は入ってこない。しかし、太陽のエネルギーは、やはり屋敷の壁を通って少しずつ浸透してはくるのだ。

 遠赤外線おそるべし……。ひとりごちる夜羽子である。

 そこで、ゆっくり眠りたい日には、地下室に降りて、棺桶に入る。これなら静かだし、日の光の影響を完全にシャットアウトできる。吸血鬼の伝統もなかなかばかにできない。おばあちゃんの知恵袋みたいだ。夜羽子の棺桶は特注品でビロード張り、エアコン機能もついているから快適である。
 いや、棺桶で寝たくなる理由はそれだけでもないのだが……

 とにかく、その棺桶から出られない。

 フタが開かない。

「っ、んーっ!」

 内側からつっぱってみるのだが、やっぱり開かない。

 なんで? 眠りこけてるうちに、地震か土砂崩れでも起きて地下室埋まった? それとも美晴のアホチビかどっかの霊幻道士が封印でもかけた? もしくは漫画に出てきた吸血鬼狩りの秘密組織が?(ひい、ふう、みぃ、数え切れないぞ) じゃなければ、ギリシャ神話の巨神アトラスが仕事に疲れてちょっとここに置いとこうとか言って支えていた天空を棺桶の上に置いた?

「ん?」

 何か、フタのすぐ向こうで、呼吸音らしい音がする。

「何だ?」

 夜羽子は耳をすませた。
 漫画の擬音ふうに表現すると、こんなふうに聞こえた。

「すぴー…………すぅぅぅー…………ぐぴー………」

 かちーん。
 夜羽子は力いっぱい、棺桶のフタを蹴やぶった!
 フタの上に乗っていたものが、フタごと宙に吹っ飛ぶ!

「くぉあらあ! このバカ犬―っ!」
「はうう、ひいいいーっ」

 人狼、宿利原ぽちは一発で起きた。石畳におなかからべちゃっと着地すると、そのまま床をごろごろ転がって、壁のすみっこで小さく、耳を折ってしっぽをまるめた。

「何やってんだばかーっ!」
「でもでもー、お休み中のごしゅじんさまをお守りするのが犬の役目ッスー」
「何がお守りだ、この漬物石。だいたい、あんたが夜中に勝手に私のベッドにもぐりこんでくるから、安眠できなくてこんな箱で寝てるっていうのに、追いかけてきたうえに追い打ちでこの仕打ちか」
「えっと、それはー、寝ぼけたらふわふわ気持ちいい寝床に入っちゃうのは不可抗力なのですぅー」
「寝ぼけてんじゃん! 寝てんじゃん! 護衛とかになってないじゃん!
「はっ、言われてみればその通り。ごしゅじんさま、いいところに気がつきました!」
「うぜー! この犬、うぜー!」


     ☆


 サン・ジェルマンは、そんな夜羽子とぽちの様子を、次元のはざまからのぞき見ていた。

「何だ、コレは……」


     ☆


「いいから! 何度も言ってるように、私のベッドに入ってくるの禁止! 私の棺桶の上で丸くなって寝るのも禁止!」
「そんなごムタイなぁ! ぽちはさみしいと眠れなくて泣いちゃうのですぅ」
「自分の部屋がいやなら、そのへんの床に転がって寝ればいいじゃん。とにかく一緒のベッドに入ってくんなって言ってんの」
「それむりですぅー」
「何でよ!」
「それはーごしゅじんさまの体がひんやりして冷たくて気持ちいいのがいけないのですー」
「そのBL小説みたいな俺を本気にさせたオマエがいけないんだぜ的発言は何だー!」

 ぽちの耳がぴくりと動いた。
 宙を見上げる。
 ぞわっと髪の毛が逆立った。

 姿勢を低くし、ほとんど四つんばいになって、攻撃態勢をとる。

「わんわんです! わんわん! わんわん!」

「おい、うるさい」
「くせものッス! わんわんなのです。ぐるるるるー」
「あァ?」

 夜羽子も宙を見上げた。

 地下室の天井近くに闇が集まり、その闇が、紙を剥がすようにぺろりとめくれて、そこから、金髪の少年がぬるりと顔を出したところだった。

 夜羽子はギョッとして「おおぅ」と変な声を上げてしまった。

 少年、サン・ジェルマンは、自分で作った空間の裂けめに腰をおろして、両足をプラプラさせた。
「お初にお目にかかるね、吸血鬼、夜羽子・アシュレイ。君とも一度話を」
「わんわん! わんわんわん! わん!」
「手短に言うと、少し訊ねたいことがあってね、それでこうして」
「わんわんわんわんわん! わん! わんわん!」
「君、エルゼベートがどこにいるか、知」
「わんわんわんわんわんわんわんわんわん! わんわんわんわんわん! わんわんわんわんわんわん!」

「わんわんうるせー!」
 夜羽子・アシュレイは、背後からぽちのうしろあたまをべちーんと思い切りひっぱたいた。
「吠えたいんならニャーって鳴いとけ! それなら多少うるさくないから!」
「そ、そんなー! いくらごしゅじんさまとはいえそんな恥辱をあたえるなんてー! そんなのイヌ的には死んだほうがましっすー!」
「え……あそう。へえ……。ニャーは駄目なんだ?」

「君、君たち、エルゼベートがどこにい」

「それだけは駄目です。それだけは駄目なのです」
「わんわんニャーって言ってみ」
「わんわんニ……だから駄目です!」
「それはイヌ的に、ハズカシメなんだ?」
「そうッス!」
「ハダカにひんむいて逆さはりつけにされたりは?」
「そんなの全然いいっす。むしろイイっす」
「ニャーは?」
「やめてください! ゆるしてください!」
「顔まっかだけど?」
「言わないでください〜」
「わはははは」

 異次元に迷い込んだ気分、とは、こういうことではあるまいか。
 サン・ジェルマンは口の中でつぶやいた。
 ……これはいかん。

 あまりにもアンチシリアスな空気に、耐えかねたサン・ジェルマンは……。
 自分で作った空間に裂け目にするりと入り込むと、内側から、ぴったりと、とても丁寧に入り口を閉じた。



「あれ? いない」
 ふとわれにかえった夜羽子は、空中から現われた変な子供がいなくなっていることに気づいた。
「んー」
 しばらく考える。
「ま、いいか」
「ごしゅじんさま、あれは、かいだことある匂いです。青いのです」
「んー、そうね」

 またWIZ-DOMか。
 別にどこでもいいけど。
 まったくもう、あいつら最近ちょっとうるさい。

 夜羽子は、棺桶のへりに浅くお尻を預けると、内張りのビロードの中から携帯電話を取りだした。ピンク色で、キラッキラにデコレーションしてある。

 あの馬鹿魔女にひとこと文句を言ってやろう。片手だけで鮮やかにメールを打ち込むと、WIZ-DOMのさる大魔女に宛てて送信した。仲が良いわけでは決してないのだが、ゆえあってメールアドレスだけは知っていた。携帯の電話帳には「六道志麻」という名前で登録されている。

 以下のような文面であった。


  また変な子供とか送り込んできて。
  あんたんとこは最近何なの? ばかなの? 死ぬの?
  ていうかアンタ私がそのうち殺すから。乳を洗っておとなしく待ってなさい。かしこ。ようこ。


     ☆


 意味不明のメールを受信した魔女ステラ・ブラヴァツキは、
「…………うむ?」
 美しい眉宇を寄せた。

  スイレン・オクリーヴ

助霊巫女“スイレン・オクリーヴ”


ソウルセイバー“スイレン・オクリーヴ”

 WIZ-DOMの魔女にして、阿羅耶識の巫女。その両方の能力をあわせもつ才媛。
 魔女の力を使えば、霊たちの声を聞くことができ、巫女の力を使えば、霊を自分の体に降ろして戦うことができる。その2つの力を彼女は任意に使い分けることができる。二重人格といったことではなく、記憶や認識はあくまでも1人の人間である。

 アレキサンドラ・メディナのバベル計画は、6系統の能力を強制的に融合し、完全な覚醒能力者をつくりだすことが目的だった。塔の暴走によって計画は失敗したが、バベルメインタワーの融合エネルギーは、世界各地に設置されたサブタワーを経由して全地球的に拡散した。
 この影響で、「1人で複数系統の能力を持つ新人類」が、各地に出現している。彼女はその1人である。

 スイレンの先祖は、かつてサン・ジェルマンの弟子だった。魔法の秘儀や、子々孫々にまで受け継がれる才能、といった、さまざまな恩恵を与えられたが、その代償として彼女の家系はサン・ジェルマンが求めるときに必ず協力しなければならないよう条件付けされている。

 この物語では、阿羅耶識の巫女だったものが、WIZ-DOMの魔女の力に目覚めたことになっているが、広い多元宇宙のどこかには、もとから魔女だったスイレンが、巫女の力に目覚めるというパターンも存在しているはずである。


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