断片2「電撃公主、斃れる」
白い光が無数の人々の網膜を焼いて、そのあと、鼓膜が痛くなるほどの破裂音。
電子がある一点から別の一点へとむりやり空間移動させられた、その抵抗が爆発音としてあらわれたのだ。
何人かを巻き込んだ。東海林光はつとめてそれを考えないようにする。
空気の電離発光がおさまり、視界がもとにもどっていく。
東海林光は信じられないものを見た。
焼けこげて半ば蒸発した皮鎧の残骸を身体に貼りつけた、逆棘つきの槍をふりかぶった長身の男。
立っている。
「まさか!? 効いてない!?」
「効いたぜ。体力を相当“持って行かれた”。痛くて死にそうだ」
その口調に死にそうな気配はかけらもない。
ク・ホリンは槍を大きく引き、
東海林光に向けて、全身のバネを極限まで使って、
投げた。
――投擲時の腕の振りが速すぎて見えない。
東海林光は瞬時に地面と自分の身体を電極化する。爆発的なイオン風で自分自身を「吹き飛ばす」。これが彼女の飛行法“イオンクラフト”。これができる電撃使いはおそらく地球で彼女だけ。
ク・ホリンの槍が東海林光の足元に着弾して地面をえぐる。
自分を吹き飛ばした東海林光の身体はいまだ空中にある。
槍騎士の口元がゆがんだ笑みを浮かべた。
「ぴょんぴょん飛ぶやつは早死にするぜ、あの世でかみしめな」
地面に突き刺さった槍の穂先が――爆ぜた。
逆棘が、対人爆雷のように上空に射出される!
そのいくつかが光の身体を狙う。
避けられない――
いや。
東海林光は下方から向かい来る逆棘のミサイルに向けて電撃のビームを発した。
電離した大気のイオンが激しい気流を巻き起こし、迫り来る棘の軌道を、乱す。
光はふらつきながら地面に着地した。
棘を防ぎきれなかった。左腕をえぐられた。白いサマーコートに赤い染みが広がっていく。その程度で済んでラッキーだった。うまく集中できない。
右手の指をさして2発目の電撃を放った。
――放とうとした。
目の前に騎士がいた。間合いを瞬時に詰められた。横からの衝撃を感じる。頭がかたむく。一瞬、車に轢かれたのかと考える。なぜか地面がせり上がってくる。
回し蹴りをくらって地面にたたきつけられたのだと気付く。
それから痛みがやってきた。
倒れた自分の右手からようやく電撃が発射された。
いらだたしげにクラクションを鳴らしていた車の群れに、波打つ電撃が浴びせかけられた。
車は次々に爆発してゆく。
東海林光は、よろめきながら立ち上がる。たぶん腕は折れている。
ク・ホリンは悠々と歩いて、自分の槍を地面から引き抜いた。
「次はその胸のどまんなかだ」
避けられるだろうか。
無理だろう。
電撃ではじき返せるか。
無理だろう。
逃げる?
駄目だ。
なるほど……これが私の最期なのか。
ク・ホリンが槍の石突きを自分の足の上に置いた。
「死ぬがいい」
ク・ホリンがすさまじい脚力をのせて、
東海林光の胸の中央めがけて、
おそるべき槍を、水平に蹴りだす!
その瞬間、時が止まった。
☆
やっぱり気になる。
小石川愛美は、再びあの女の子を探しはじめていた。
あんなふうに、あの子の周りでは、これからもずっと子犬や動物や……もしかしたら人間が、死につづけていくのではないだろうか。
探して会ったからといって、自分にできることなんてなにもないだろう。
けれど、だからといって黙ってなにもしないのも、ちがう気がした。
街を小走りに進みつづけて、渋谷のほうまで出てきてしまった。
駅のほうで、何か騒ぎの気配がする。
迷わずそちらに進む。
そして愛美はスクランブル交差点に出た。
彼女が出くわしたのは、傷だらけの女性に向かって、見たこともないようなぶっそうな槍が、撃ち出されるその瞬間だった。
止まって!
と、愛美は反射的に思った。
彼女のなかの能力が、その願いに応じた。
彼女の超能力が、自分と、女性と、槍男の時間感覚を極限まで減速した。
☆
東海林光は、撃ち出された槍が空中で静止するのを見た。
そして自分も動けなくなっているのを知った。
時間が止まっている。
いや。
槍はごくゆっくりと、こちらに進んできている。
自分も、ひどくゆっくりとなら、動けそうな感じがする。
時間が減速しているのだ。それもおそらく、時間感覚だけが。
自分はいま、〇コンマ1秒を1分のように引き延ばした世界にいる。
誰かの能力だ。
誰の?
東海林光は、ある方向に身体を投げ出した。
身体を投げ出しているのに、いつまでたっても地面にたどりつかない。
ひどくもどかしい。
槍が近づいてくる。
彼女は槍から目を離さない。
少ししなった棘つきの槍が、彼女の胸先をかすめるように、通り過ぎていく。
倒れこみながら、それをじっと見守る。
急に時間流がもとに戻った。背中が地面にたたきつけられる。ざらついたアスファルトで背中をひどくすりむく。
避けた。あれを。
起き上がれない。
「何だ今のは」
ク・ホリンが牙をむいて周囲を見渡している。彼もゆがんだ時間流を体験している。
「邪魔が入ったか」
道路に転がった槍が唸り、ひとりでに飛び上がってク・ホリンの手に戻った。
「ちっ。女、次は必ず狩ってやる。それまで誰にも殺されるなよ」
ク・ホリンは槍をかついで跳躍した。
大渋滞を起こしている車の列を軽々と飛び越え、八艘飛びのようにルーフを踏み抜きながら、たちまち風のように立ち去ってしまった。
「大丈夫ですか!?」
愛美が光に駆け寄って膝をつく。
光は転がったままだ。
「あんた、誰よ」
「そんなことより救急車を……」
「くそう、殺す!」
東海林光は転がったまま拳でアスファルトを叩いた。
小さな稲光が破裂音を立てて道路に吸いこまれていく。
「絶対殺してやる!」
愛美は気配を感じて、群衆の中のある一角を見つめた。
そこにはもう人影は、いない。
☆
ムー王国の宮廷サロン。
ラユュー・アルビレオが、茶飲み話のついでに、こんなことを言った。
「そういえば、夏王朝が風変わりな策略家を登用したそうよ」
「へぇー、あっそう」
はすっぱな受け答えをしたのはロュス・アルタイルだ。
「興味ない?」
「ないよ、全然」
「興味あるだろう」
「なんでよ」
「興味出てきたね」
「気になるから、調べてきて下さいと、自分の口で言えんのかおまえは」
「経歴、交遊、人となりを最低限知りたいな。ムーの公式の使者だといえばむげには扱われないでしょう。いや、ロュス君、あなたがそこまで行きたいというのだからしかたない」
「スカウトでもする気か?」
「内容をみて決める」
「やれやれ……」
「行くの?」
「おまえさんの第3の眼が、そうしろというのだから、しかたない」
☆
クリーム色の内壁で囲まれた、塔の内部のような天井の高いオペレーションルーム。
SFの司令室のような空間に、たったひとり、女性が立っている。
中国ふうの着物をしどけなく着崩し、頭には冠、手には羽毛の扇。
足音がひびいて、入り口が自動的に開き、別の人物が入室してきた。
「諸葛孔明ってのは、あんたかい」
羽扇の女は、その扇で口元を隠して、
「はて、この場所は八門遁甲の術にてまやかしてあるはずだが……」
「私には効かんよ、そんなもの」
「ということは、貴公はロュス・アルタイルどの」
「よく知ってるもんだね。何やらおもしろいことを始めたそうだから、見物に来たよ」
「ああ、では、ごらんにいれましょう」
ロュスは不審そうに眉を寄せた。
「秘密じゃないの? そう簡単に見せていいわけ?」
「いいですとも。私としてもムー王国は味方にほしい。手の内をひらいて協力をあおぎたいところ。見られて困るような策謀があるわけでもない」
「今のところは?」
「そう、今のところは」
孔明は羽扇をあおいだ。壁に何面も設置されている、巨大な水晶ディスプレイに、少女の三面写真とデータが表示される。
それは愛美が出会ったブレザーの少女なのだったが、ロュスも孔明も、そのことを知りはしない。
「リンナ・アルストロメリア。WIZ-DOMのアルカナメンバー“Death”。まことに……よき駒が手に入ったというもの」
「魔女どものアルカナ……? ああ、変わった能力を持っているとかいう連中か」
「さよう」
「手なずけたのかい」
「その通り」
「どんな能力?」
「この幼子と、すれ違った者たちはね……」
諸葛孔明は羽扇の陰で笑みをふくんだ。
「死にたくなるのですよ」


「三国志」に登場する、かつて実在した軍略家・政治家。
史実通り、3世紀に死亡しているが、レムリアの死霊術師によって魂を召喚され、アンデッドとして現代に復活している。
その際、女性の肉体に魂を封入されたため、外見的には女性となっている。召喚者が意図してそうしたのか、何らかの手違いなのかは定かでない。
極星帝国・夏王朝に身を置き、さまざまな策謀をめぐらしている。
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