アクエリアンエイジ フラグメンツ〜冥約の少女〜

断片3「諸葛孔明、策謀をめぐらす」

 司令室のクリスタルディスプレイに、ブレザー姿の小柄な少女――リンナ・アルストロメリアの三面図が表示されている。

「この幼子と、すれ違った者たちはね……」
 諸葛孔明は羽扇の陰で笑みをふくんだ。
「死にたくなるのですよ」

「あァ?」
 不審そうに第3の眼をほそめたのは、ロュス・アルタイルである。

「何だいそりゃ。首でもかき切りたくなるってかい」
「心弱い者はね。電車にふと飛び込む者も出るでしょう」
「ウロンな話だね、マジなの?」
「正確には、人の心の中のタナトスを強く刺激するらしい。彼女に接触すると、“自己を破壊したい”“破滅したい”という欲望がふくらむ」
「それ仮に本当だとして、あんたは何で平気なのさ。手なずけたんでしょ」
「フフフ……」

 諸葛孔明がうつむいておかしそうに笑う。

「私はもう死んでいる。魂を呼び出され、この女の身体に封じられた死者にすぎない。アンデッドとか言うのですか、そういう存在だ。……死んでいる人間を死にたいと思わせることは、さすがにできない道理でしてな」
「はぁー、あんた死んでんのかい。どうりで青白いと思った。……じゃ、どうやって能力の判定をしたのさ」
「もちろん、人体実験をね」
「あ?」

 別の人物がディスプレイに映し出される。なめし革の鎧をまとい、逆棘つきの槍を手にした人物の三面図とデータ……。

「こいつは……」
「極星帝国十将軍、ク・ホリン。……何、簡単なことでした。ちょっと連れて行って、あの小父さんに握手してもらいなさい、と言うだけでしたからね」
「ク・ホリンが単騎で出撃中だって話は聞いてるけど、あんた……」
「タナトスは“死に近づいてみたい”という欲望。戦士たちには、“誰かと戦いたい、それによって死を感じたい”という衝動として機能するようですな。未確認情報では、日本の東海林光に奇襲を仕掛けるつもりらしい。良い相手を選んだものだ」
「何を狙ってる?」
「この世界に、戦いを」
「戦いならもう、いくらでもある」
「何をおっしゃる。小競り合いばかりだ。どの勢力も、強力な戦士を温存しようと思っているから、ポーンばかりがつつきあっている」
「大きな戦闘があれば、状況が動くってかい」
「今も昔も、戦略の基本は変わりません。強い敵がいるなら、敵同士を戦わせること。自分が弱いなら、弱者同士で同盟して敵にあたること。自分が強いなら……敵にそれをさせぬこと」

 諸葛孔明が小さく手を振る。ディスプレイが黒くなる。
 そして画面に、6色のサインが……6勢力の紋章があらわれた。

「われら極星帝国は、他に比べてじゅうぶんに大きく、強い。だからあえて自分から動く必要はない。他勢力の中に不和と争いの種をまき、勝手に消耗するのを待てば良いのです。ところがひとつ問題が。おわかりか?」

 ロュス・アルタイルは髪の毛をかきまぜた。

「わかるよ。わたしら帝国を除く5勢力。イレイザーだけが飛び抜けて大きく、他の4つは小さい。4つの小勢力は自分が滅びるのがこわいんだから、自分からは思い切った行動に出ない。なるほどね、そこに“死の少女”が風穴をあけるわけだ」
「さよう。われらとしては、イレイザーと4勢力には死闘を演じて自滅してもらいたい。そんなわけで、私は幼子を野に放った。いろんな世界を見ておいで、とね」
「小勢力の諸君には、“生き延びるよりも、戦って死にたい”と思っていただく」
「貴公は頭の回転が速い。戦闘記録を見ましたが、貴公が単なる戦闘指揮官としてしか使われていないのは上層部の失策としか思われぬ」
「バカのふりしてたほうが都合のいいこともあるんだよ」
「そういうものですか。さて……」

 諸葛孔明は画面をまた切り替える。

「イレイザーに送ったニセ通信が、そろそろ結果を出す頃だと思うが、どうかな……」


     ☆


 イレイザー。地球方面軍総司令部。旗艦パニッシュメントII。

 総司令官ラユューは、通信オペレーターが傍受したWIZ-DOMの秘密通信を、不審そうに眺めていた。ローマから世界各地のWIZ-DOMの拠点に送られたらしい暗号文である。
 復号してみると、以下のような内容であった。

“アルカナメンバーの1人が出奔。発見した場合、報告せよ。可能ならば保護すること”

 どうも気に入らない。
 出奔したなにがしとかいうのは、重要人物らしいが、それにしては対処が雑だ。
 それとも、よほど慌てているのか。それほど重大なことが起こっているのか?

「データを出せ」

 傍受した暗号通信に含まれていた、その「出奔メンバー」――リンナ・アルストロメリアの各種データを空間投影させる。
 そして、

「これは……」

 ラユューは驚いている。
 滅びと死をふりまくもの。リンナ・アルストロメリア。

 我らの理想を結晶化したような人物ではないか。

「おもしろい……」

 ラユューはつぶやいた。この小さな星の、地面の上に、最も純粋な“破壊と闘争の使徒”が現われたのであるか。
 見てみたい……。

「総司令官閣下」
 総参謀長メタトロンが声をかけた。
「これは危険でございます」

「危険?」ラユューは意外そうに額の目を向けた。「この者ひとりが、大きな脅威になるとは思えないが」
「はい、対象じたいは、脅威ではありません」
 メタトロンはうっそりと答えた。
「我々にとっての脅威は、大天使閣下がたがこれに興味を持たれることです」
「……うむ…………」

 大天使たちは気ままな存在だ。
 気分のおもむくままに地上に降臨し、好き勝手な行動をとる。それを掣肘できるものは誰もいはしない。
 大天使が作戦を無視して独自に戦端をひらいたため、それまで構築してきた戦術運用が台無しになる……というのは、地球方面軍の悪しきパターンであった。

「ミカエル閣下はまだしも説得が可能ですが、ウリエル閣下となると」
「確かにそうだ。お歴々を地上に降ろしてはまずい」
「先手を取って、我々が対象を確保すべきです。作戦指揮官の人選を」
「その意見は正しい。……参謀長」
「はい、閣下」
「私が地上に降りようと思う」
「閣下……」

 メタトロンは目を伏せて小さく言った。
「それでは大天使の方々と同じでございます」

 ラユューは言葉につまったが、
「そういうな、許せ」
 渋い顔をしながら、参謀の反対意見をしりぞける。
「私だって鬱屈しているのだ」


     ☆


 ラユューはステルス揚陸艦を使い、日本の山間部に降り立った。
 夜であった。

「雨か……」

 自然現象としての降水に身体を触れさせるのは、珍しい体験だ。何年ぶりか。
 このような、循環水分の落下現象すらもコントロール下に置けない程度の文明レベルの星に、イレイザーがこれほどまでに手こずっているとは……。

「メタトロン、対象の位置は特定できたか?」ラユューが通信で訊く。
“まだです。その近辺にいることは間違いありません。もう少しで絞り込めます”

 護衛のために連れてきたグラッジボーグ“ランカ”が、濡れた草をふみしだきながら、感情のない声でつぶやく。
「殺害対象を設定してください。どれを殺しても宜しいですか? 殺しても宜しいですか。誰を殺して宜しいですか。殺しますか? もしくは殺害しますか? あるいは殺傷しますか? 破砕しますか? 破断しますか? 分解しますか? 粉砕しますか? 圧殺しますか? または殺しますか? どれ? 誰? 可ですか? 殺します可? どれ?」
「要は、もう全部やっちゃったらいいんですよね?」
 そう訊いたのは同じく護衛の“アル・ゲルド”だ。

「私がいいと言うまでは殺すな。その程度のしつけはわきまえているのだろうな?」とラユュー。「それが出来ないのなら、おまえたちをイレイズするのが先だ。プログラムリセットされたいか」

「私は戦いに来たのです。戦いを我慢するためではないです」
 アル・ゲルドがあからさまに反駁し、
「殺害対象を要求します。殺害行動が必要です。必ず殺害を要します。求めます。訴求します。殺害対象の未入力を非容認します」
 ランカが超音波じみた高音で訴えた。

 そのとたん、
 ラユューは冷たい声で言った。

「コマンド:プログラムリセット」

 ランカとアル・ゲルドの目から、意志の光が消滅した。手を下ろし、足を揃え、直立して、システムボイスが無機質な声を発した。

『プログラムリセットの準備が完了しました。プログラムリセットしますか?』

「キャンセル」

 2つの殺人人形に、意志が戻った。それ以降、彼女らは不平を言うのをやめた。

 ラユューはその後、しばらく土の匂いに顔をしかめていたが、
「このまま待つのも芸がないな。おまえたち、周囲の人間をサーチしろ。半径50キロメートル、対象と75パーセント以上で適合する個体を洗い出せ」
「了解、理解、把握」
「わかりました」

 そうして2体のメカが索敵モードを起動したそのとき。

 何かを強烈に叩いたような重低音があたりに轟きわたった。
 大気がびりびりと震える。肌が痛いほどだ。

 音を立てて、周囲の針葉樹がつぎつぎ倒れていく。

「ア……」

 ランカが、信じられない、といった顔をしている。
 彼女の上半身が、ずるり、と下方にずれた。
 袈裟懸けに切断された上半分が、斜めにずり落ちて、ぬかるんだ地面にたたきつけられる……。

「敵襲だ、位置確認!」ラユューが命じる。
「反応ありません!」アル・ゲルドが答える。
「実体ではないのか!?」

 ぴちゃり、とぬかるみを踏む足音。

「打ちて響くは彼岸の音、呼びて返るは亡者の声……」

 歌うような、うなるような、そんな言葉が、雨の音のはざまから聞こえてきた。

「ゆえに木霊は、この世とあの世の橋渡し……。今宵、こだまに逢いたる者よ、六文銭はご準備か」

 闇の中から現われたのは、丈の短い和装をまとい、和傘を手にした、人形のような小柄な少女。
 右手には抜き身の白刃。

「何者だ」とラユューは訊いた。

「死神。私は……“谺”」

 谺と名乗った少女は、和傘をふりかぶって、投げつけた。
 アル・ゲルドがラユューをかばって前に出る。傘を装甲で受け止める。爆薬が仕込まれているのではないかと危惧しての行動。

 だが、傘はただの傘。

 傘がまっぷたつに切れた。

 そして、その陰にいたアル・ゲルドもまっぷたつになった。

 びちゃりとぬかるみの中に倒れるアル・ゲルド。その前には、白刃を振り下ろした小さな女の無表情……。

 死神少女は刀をひと振りして風切り音を立てた。不思議なことに刃に雨粒はひとつもついていない。

「イレイザーのラユュー、あなたを地獄が呼んでいる」


     ☆


 この山中の、高い木の枝の上で。

 傘をさしたリンナ・アルストロメリアが、眠そうな目で、この一幕を見下ろしている……


  谺

死神少女“谺”

 谺と書いて「こだま」。
 文字通りの意味での「死神」。生者を冥界送りにする存在。

 死を理解することはできない。よって、彼女を理解することはできない。何のために?誰のために? どうして彼女がその生業をしているのか、誰も知らない。

 彼女の刀に斬れないものはない。
 彼女はこんにゃくが大嫌いだ、という噂がまことしやかにささやかれているが、彼女の刀はこんにゃくも斬れる。


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