アクエリアンエイジ フラグメンツ〜愚者の宝石〜

断片1「夢の始まり」

 元日の朝。つまり新しい年の1月1日になった朝。小石川愛美はうとうとと目が覚めかけたが、はっきりいって起きたくなかった。
 眠い。
 眠い。
 いやいやいや。
 眠い。
 初日の出とか。どうでもいいし。太陽とか。明日も登るじゃない。
 いや、まあ、最近ちょっとそれ怪しいけれども。

 本格的に、二度寝を決め込むことにした。

 二度寝って、なんでこんなに気持ちいいんだろう。
 いっぺん目が覚めかけて、もう一度寝たときって、ちょっとの時間なのにすごい長い時間寝たような感じがする。あれっておトクだよね……。
 あれ?

 寝ぼけた頭で、小石川愛美は思いついてしまった。体感時間が違う……。
 その手があった。
 きーんと耳鳴りがした、のは、彼女が自分で超能力を使ったせいだ。
 寝ぼけたまま、愛美は、うどんを引っ張るように、自分の体感時間をぎゅーっとひきのばした。つまり、実際の時間に対して自分の時間を長くして、そのひきのばされた時間の中で二度寝することにした。
 何で気づかなかった自分。

 彼女に誤算があったとしたら、寝ぼけていたので、今までやったことがないくらい、極限まで時間をのばしてしまったことだ。

 あ、ちょっとまずいかも。

 と、ぼやけた頭で思ったときには、夢が完全にゆがんでいた。
 ぐにゃり。

 ぐんにゃり…………。


     ☆


 夢の中で、ゴソゴソと何かが身動きして、
「おや、こんなところに出た」
 と誰かが言った。




 アメ細工みたいにぐにゃぐにゃビロビロに変形した変な夢の中で、うつらうつらしながら、意味不明な思考をぐるぐる回転させていた。えっと、初夢っていつの夢のことだっけ? 1日? 2日? おめでたいのは何だっけ。
 いちフジ……いちフジ……あと何だっけ、いちフジ……。
 フジ宮真由美と初詣に行こうって約束を、私、したんだっけ、しなかったんだっけ。

「初詣? うーん、ちょうどお正月にその時間軸にいられたらねー」

 などという謎なことを、誰かが言ってたような。言ってなかったような。
 またそういう、自分の周りだけ時空がゆがんでるようなことを言う。またそういう、周りと同じ時間を生きられない者の孤独みたいなことを言う。あ、これ気づいちゃ絶対ダメだ。起きたら忘れよう。




 ふと気づくとそこは、正月ムードいっぱいの、混み合う神社の境内で、振り袖姿の藤宮真由美と、振り袖姿の五十嵐いぶきがいた。
 いつのまにか私も振り袖姿だった。

「今のうちにツッコミの練習しといたほうがいいよ?」
 と真由美が言った。
「ツッコミ?」
「夢オチかよ!」
「私、かよとか言わない」
「ミムラさん風でないと、やりなおしだから」
「ミムラさんて誰?」

 ところで、私は五十嵐いぶきには会ったことがないはずだ。

「大丈夫、将来知り合いになるから」
 と、五十嵐いぶきが言った。彼女の振り袖はめらめら燃えている。
「いやー、今日も暑いね」
「うん」

 神社の拝殿の前まで来たので、お賽銭を投げて、鈴をガラガラ鳴らしたら、その鈴がガタンと足元に落ちてきた。
 転がった鈴をとくに気にしないでぽんぽんと柏手を打った。
 ふにょーんという笙の音が聞こえて、虹色の光を放ちながら、拝殿の扉が両開きに開いた。昔こういうおもちゃがあったような。

 扉の中からしずしずと出てきたのは、美人の巫女さんだった。
 後光、というより、ディスコのレーザービームみたいな毒々しい光をビカーッと背負った3人の巫女が、それぞれ、曲玉、鏡、剣をだいじそうに捧げ持っている。

 真ん中の巫女さんが言った。
「あなたが泉に落としたのは鏡ですか玉ですか剣ですか?」

 私は答えた。

「落としてません」
「何をうー!」
「じゃあ落としてください」
「話はそれからだ!」
 巫女さん3人がめちゃめちゃに怒りだした。
「いやあー、熱いなあー」いぶきがにこにこしている。

「三択です。鏡と玉と剣。さあ、どれがいい?」と右端の巫女が言った。

「えっと、鏡」

「ブッブー! 失格!」
「えいっ! ぱりーん!」

 鏡の巫女が、持ってる鏡をおもいいっきり振りあげて、思いっきりふりおろした。
 要するに私は鏡で頭をおもいっきりどつかれた。視界がブラックアウトする。落下するような感じ。意識をなくす瞬間、私はほっとしていた。

 ……剣にしなくてよかった、よかったぁー!




 暗闇の中で、誰かがしくしく泣いている。

 意識を向けると、それはおだんご頭のミニスカチャイナ服の女の子だった。

「どうしたの?」と聞いてみた。
「割っちゃいましたー」

 女の子が見せてくれたのは、木でできたお盆みたいなものだった。何というか、風水とか占いとかに関係ありそうなやつだ。それにヒビが入っている。

 私は聞いた。「あなたは誰?」
「羅盤師です。いえ、いまは悲しみに包まれてさめざめと泣くバンシーです」
「バンシーって何?」
「バンシー知らないんですか? バンシーに値しますね!」
「いや、知らないですけど!? 全然うまくないですけど!?」
「羅盤の中にあなたの運命が見えます……。パキッ。……あ、割れた。これがあなたの人生です」
「私の人生割れてるってこと!?」


 と、そのとき。

「あわわ、どいてどいてー!」

 突然どこからか走ってきた誰かが私に激突した。痛くはなかったけれど、勢いで私はぼてっと転んだ。ちなみに、いつのまにか(なぜか)私はいつものセーラー服姿になっていた。
 転んだ私の上に、女の子がのしかかっている。
「あいたたた」とか言ってるその子は、長い黒髪をリボンで結った、ふりふりレイヤードスカートの、ちょっとあれな感じの喫茶店のウエイトレスみたいな格好をしていた。

 そういうマニアックなウエイトレスちゃんの胸が、ちょうど私の顔のところにあった。
 ついでにフトモモとフトモモがからまった感じになっていた。あのう、何やらすべすべ感を感じるのですが。

「あのー、これ、どけてもらえます……?」
 と私が身動きしたら、息も絶え絶えな声で、すごい返事が返ってきた。

「あん、そこ、もっと可愛がって下さい」

「ちょ、変な声出すのやめてもらえます!?」
「私決めてたんです、曲がり角でぶつかってくんずほぐれつしちゃった相手と問答無用で結ばれちゃおうって」
「曲がり角じゃないし、なんかクラスのバカな男の子が言ってるバカな夢みたいなこと言ってるし……」
「じゃあむしろ私があなたを揉みます! あら、むちむちですね!」
「むちむちって言うのやめて」
「じゃあもちもちです。むしろ餅です」
「うわー、昨日お餅を食べ過ぎたことはもう忘れさせてー!」




 何かがキーになったのか、その瞬間、また意識がガクンとなった。寝てるときって何で足からガクッって落ちるんだろう。

 落ちたと思ったら別の場所にいた。

 それは時代劇の街道みたいな場所だった。ちょっと歩いたら峠の茶屋とかありそうな。
 そんな場所の道ばたに、小学生にもならないくらいのやけにちっこい女の子がいて、古いタイプのセーラー服を着ていて、腰には物干し竿くらい長そうなカタナをくくって、そして彼女はなぜか七輪でお餅を焼いていた。
 あ、ふわふわした髪の毛からツノみたいなのが出てる。……ツノ?

 ちびっこは急に菜箸で私にお餅をつきつけて、
「くえー」
 と言った。
「いえ、お餅をあれしすぎるとあれするので」
「わたちのモチが食えぬというのかあー!」
 いきなりキレた。
「ていうか、あなたは誰ですか」
「わたちはしゅじゅかじゃ。しゅじゅかちゃまと呼ぶがよい」
「シュジュカジャ?」
「はるか昔から数え切れない命を取ってきたわたちじゃ。殺傷力ばつぐん。今宵のモチはよく詰まるぞぉー。消費者庁もこんにゃくゼリーと一緒に禁止にしようかという勢いだぞぉー。食えぬというならそこへなおれ、手打ちにしてくれるー。モチだけに!」
「お餅に手打ちなんてないでしょ!?」

 ちびっこのシュジュカジャちゃんは腰のカタナを抜こうとしたんだけれど、長すぎて抜けなくて、「うーん、うーん」と唸りながら困っていた。
 しまいには私を手招きして、
「ちょっとちょっと、これ、ぬいて」
「しょうがないなー」

 私がよいしょっと抜いて手渡してあげると、

「よし、抜けた、そこへなおれー」
「えーっ」

 ちびっこはカタナを振り上げた……。
 けど、重すぎてよたついていたので、ちょっと後ろに下がるだけで私は簡単に避けることができた。
 振り下ろされたカタナが、かつーんと地面を切って、そこに真っ黒い裂け目ができた。
 その地面の裂け目に、私は、ダイソンの掃除機みたいな吸引力で吸い込まれた。




 落ちてきた場所はまた真っ暗だったんだけれど、完全に暗闇ではなくて、ところどころに機械っぽい光がついたり消えたりしている場所だった。

「あれ、こんなとこに迷い込んでくるのはめずらし」

 なんてことを言ったのは、そこに立っていた女の子だった。また女の子だ。
 身体はやけにちっこくて、髪は銀色っぽいセミロングで、ちょっとカジノバーにいそうな、びみょーにえっちぃ恰好をしていた。カジノバーなんて行ったことないけど。

「えー、お餅食べなかったんだー。お餅食べたら次の場所に行けたはずなのに」
「次の場所って、ひょっとしてあの世では?」
「しょーがないなー、とにかく何か食べてもらわないと、ここからずーっと出られないよ」
「どうしてそんなルールなの?」

 暗闇の向こうからマジックハンドみたいな機械の腕がみょーんと2本伸びてきて、その手の指先は飴玉を一粒ずつつまんでいた。

「じゃあ赤いキャンディーと青いキャンディー、どっちにする?」
「ナイスバディになるのはどっちだっけ?
「そんなものはこの世界のどこにもない!」
 夢の番人はいきなり半ギレした。何だかみんなキレやすいな。
「あのぉ、どっちを取ると、どうなるの?」
「赤いキャンディーはどうにかなります。青いキャンディーはどんなんだかになっちゃいます」
「えー、じゃあ青いほう」
「じゃあまあ、どうにかされちゃいたいっていうことで。欲求不満なんだねー」
「そんなこと言ってないし!」

 マジックハンドが二色の飴玉を急に放り出し、私のあごをガコッとつかんでこじあけ、シャベルでいきなり私の口に青いキャンディーをザラザラ大量に流し込みはじめた。

 その瞬間、暗転。




 目が覚めると天蓋付きのベッドに寝ていて、周りはまぶしくてキラキラしていて、身体を起こしてみると私は、大事なとこだけぎりぎり隠しているだけのエジプト風衣装を着ていた。
 全身が青い宝石でキラキラだ。宮殿は大理石でできていて黄金で飾られている。

 そして私はどうやらお姫様らしく、見回してみると大臣らしき面々がいっぱい立ち並んでいて、
「おお、ハナのひくいクレオパトラさまがお目覚めになられた」
「ハナのひくいクレオパトラさま!」
「ハナのひくいクレオパトラさまご機嫌いかがですか」
「こうハナが低いと歴史も変わりますな」
「カエサルも帰らっせる」
「ははははは」

 うーん、私もそろそろ切れようかなー。

 いちばん偉そうな大臣が進み出てきた。
「本日は年があらたまる日。ですから太陽の御子ファラオの復活の祭りをいたします」
「あそう」
「そこであなたさま、クレクレパトラさまには……」
「呼び方がおかしくなってきた」
「金の棺に入っていただき、布をかぶせてノコギリで真っ二つ。ワンツースリーで無事に出てきたら、死せるファラオが蘇ったということなわけで、そりゃもうたいそうおめでたいのです」
「何か急に安っぽい手品になってきたような……」
「ささ、どうぞどうぞ」

 あれよあれよのうちに儀式の祭壇のようなとこに連れられていき、エジプト棺に入れられた。どこからともなく、ちゃららららり〜、というポールモーリアの「オリーブの首飾り」が聞こえてくる。手品といえばおなじみのあの曲。つくづく安いなぁ。

 棺のフタがしまるまぎわになって、ふと私は訊いた。
「ところで、これはどういうタネになっているの?」
「はい、ですから、奇跡が起こってもし生き返ったりしたら、そりゃもうたいそうめでたいわけで」
「ちょ、ちょっとー!」
「まあ、起きないから奇跡なんですよね、昔の人はうまいこといいました」
 ばたんと音がして棺が閉じた。




 真っ暗。

 えっとぉー。
 これこのままだと、ノコギリ真っ二つで死んじゃうんじゃないでしょうか。

 暴れようとしてみたんだけれど、手足がなぜか棺に触れない。
 かといって、動けもしない。
 真っ暗で、上下の感覚もなくて、もう立ってるんだか寝てるんだかもわからない。

 と、
 暗闇の中に、ポックリポックリ音がする。

 ナスビに割り箸を刺して作った牛が通りがかった。そのナスビ牛には、提灯を持った、ウサギ耳の巫女さんがまたがっていた。
「ああ、またヘンなのが出てきた……」
 と私は言った。

「おや、こんなところで何してはりますのん」
 と、ウサギ巫女……桜崎翔子が声を掛けてきた。
「なぜ関西弁? いや、いいから、翔子、助けて。私まっぷたつに……」
「すごい! まっぷたつになる人間なんてふつうじゃないウサ。ついに私など手の届かない異常さの高みに登られるぴょんにゃー」
「いいから、助けてって」
「助ける?」
「出られないの」
「ほんじゃーまー、手を貸しますけれども……」
 翔子はナスビの牛からずるずると滑り降りると、奇怪なポーズを取った。
「タカのポーズ」
「いいからそれは」

 翔子は両手の指でわっかをつくると、ヨガのポーズ風にひとしきり踊ったあと、その手を私のミケンのところに持ってきた。

「キネティックぅ〜……」
 翔子がわっかの指に力をこめだした。
「……え?」
「ちょっとぉーッ!!」
 おもいっきりデコピンした。
「いたあ!」


     ☆


 小石川愛美は自分のベッドで目が覚めた。

 寝覚め、悪ぅ……。
 変な夢見たなぁ……。なんか寝た気がしない。

 寒かったので頭まで布団に潜り込んだ。暗さが気持ちいい。意識が再び溶けだした。いやー、それにしてもヘンな夢。これ初夢? あれ、初夢って元日の夢だっけ? 2日めの夢?
 もう二度寝しよっと。二度寝って眠りが永く感じて気持ちいい……。
 あ。
 そうだ。時間をひきのばしてその中で寝たらいいんだ。どうしてこんな簡単なことに今まで気付かなかったんだろ。


 夢がぐんにゃりとゆがみはじめた。

  アイビット・レジャー

フ−ル“アイビット・レジャー”

 他人の夢を遊び場にしているいたずら者。

 誰かが見ている夢に飛び込んだり、別の夢に飛び移ったりすることができる。その際に、そこらじゅうで拾ってきた夢の断片をぽろぽろと落っことしていくので、彼女に踏み込まれた人の夢は、ふだん見たことのない奇怪なイメージに彩られることになる。

 複数の人物の夢を接続したり、夢と異世界を地続きにしたりもできるようだが、夢の世界特有のルールがいくつかあり、完全に彼女の自由にできるわけではないようだ。

 実はとっても純情な子なので、淫夢を見せることはできない。恥ずかしいので自分で目をそらしてしまう。そっち方面は夢魔の仕事。


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