アクエリアンエイジ フラグメンツ〜愚者の宝石〜

断片2「夢のつづき」

 眠りの中で、気配を感じた藤宮真由美は、手を伸ばしてむんずとつかんだ。

 つかまえたものは、アイビット・レジャーの首根っこだった。

「ちょ、こういうのはルール違反で」
 じたばたしながらアイビットが言う。
「ルールとかはいい」
 寝起きの半覚醒状態で、まだ真由美の目はほとんど開かない。というか、開かないその目が、身体の目なのか心の目なのか、真由美本人にもわかっていない。
「ルールとかはいい。いいから、いい夢見せなさいよ」

 寝ぼけていても、アイビットが「そういう存在」であることは、一発で見抜いていた。

「さもないと……ねじる」
「ね、ねじるって……」
「頭と足首を固定してー、逆側にゆっっっくりと回転させていくとー……」
「うわあなるべくおもしろそうな人の夢と接続するからねじるとかちぎるとかやめてああだからそういう想像を直接送りこんでくるのやめてー!」
「わかったらさっさとやる」
「ハイぃ……」

 寝ぼけていて、この威圧感。
 いや、寝ぼけているからコントロールが効かないのかもしれない。

「あああこんなところに迷いこむんじゃなかったそれもこれもあのモチを食べない子が」
「ぶつくさ言う子は嫌い」
「ハイぃ!」

 ガチャンと音がして、夢がどこかにつながった。それはこの世のどこにもない場所だった。


     ☆


 私の夢は、カンオケの中からスタートした。
 せまい。

 なぜせまいかというと、一人用なのに、夜羽子が一緒に入っているからだ。
「おはよ」
 私の顔のすぐ前で、吸血娘が、小動物みたいな笑顔を作った。
「ゴハンにする? お風呂にする? それとも、吸われる?」
「何その三択。吸われるって」
「アンタが。私に。生き血を。わーい夢にまで見た藤宮真由美の柔肌ー。もういろんな所を吸いまくりたーい。ハァハァしちゃうー」
 私はずるずると手を持ち上げて、ピースサインを作り、
 目の前のバカに目つぶしをかました。
「メガーっ」

 夜羽子の絶叫がうるさかったので、念力を爆発させてカンオケを吹き飛ばした。
 棺はノコギリで切ったように上下に割れた。

「もー、こういうときはおでこにコツンとかじゃなーい?」両目を充血させながら、夜羽子。
「そんなの知らない」
「カッスカスになるまで吸わしてくれたっていいじゃん。ヴァンパイアとして復活したらお祝いしようよー」
「あなた、そんなキャラだった?」
「小悪魔ー。起きるわー。お茶」

 夜羽子が呼ぶと、部屋のすみっこに控えていた小悪魔ウェイトレスの鼻提灯が漫画みたいにぱちんと割れた。
「はっ……ねてません」
「寝てたね」
「寝てた」私はうなずいた。
「ま、うるさいよりは百倍いいし」
 夜羽子の視線の先には、大きな木箱が置かれていた。内側からどんどん叩く音がする。何が閉じ込められてるんだろ……。別に知りたくないけど。

 ドアが開いて、UFOキャッチャーで取ってきたようなサイズのちびっこい女の子が、ワラワラと10人くらい入ってきた。ちびっこ少女たちは庭へのガラス戸を全員でうんうん言いながら押し開けて、テラスのティーテーブルにお茶の準備を始めた。
「このちっこいの、何?」と私。
「ひろったの。十将軍とかいうんだって。わりと便利よ。抱いて寝ると気持ちいいし」
「へー」
 私は椅子にナナメに腰かけて、ずるずる音を立てて朝の紅茶を飲んだ。




 と、そこに。
「こらー、私の十将軍かえせーっ!」
 急に突風が襲って、テーブルが倒れ、次に生臭い匂いがして、火の玉が飛んできて、あたりが火の海になったあと、ばっさばっさと翼をはためかせてドラゴンが降りてきた。
 ドラゴンには当然のごとく、レイナがまたがっていた。いっつも思うんだけど、タイトミニをはいて竜に乗るのは大変そうなのに、どうしてやめないんだろ。

「このちっこいの、あんたのなの?」私は訊ねた。
「そうよ、それは妾がUFOキャッチャーで取ったのだ」
 ほんとにゲーセンで取ったんだ……。
「ほれほれ、妾の十将軍たちよ、戻っておいで、わが帝国はカレーも食べ放題だぞぉ〜」
 レイナは竜の背中からドラムカンを降ろして、ドラゴンに火で焙らせて、カレーを煮込みはじめた。芋煮会もびっくりだ。テラスの白いタイルが焦げるなぁ……。私の庭じゃないからいいけど。
 ちっこい十将軍ちゃんたちは、最初はドラゴンにびびって夜羽子のうしろでぶるぶるしていたんだけど、カレーの匂いがするやいなや、ワーイとかいって両手を挙げてレイナの周りで体育座りをした。
「うわー、あの子たち便利だったのにー。バカ犬をお払い箱にできると思ったのにー」
 夜羽子が意味の分からないくやしがりかたをしている。
「ふっふっふ、カレーの魅力、通称カリーテンプテーションに抵抗できるものなどこの世におらぬのだ!」
 レイナが変な勝ち誇りかたをしている。
「私、カレーとか特にどうでもいいけどなあー」
「ひこくみんめ!」
「だからどこの国民よ」
「帝国のゴレンジャーごっこはキレンジャー役が取り合いになるのだぞ」
「や、どうでもいいです」
 ていうかレイナ、あなたそういう人だっけ? ……カレー?




「さーて、もうすぐカレーができるから、海水浴でもするかぁー」

 私が観察したところでは、極星帝国の人たちというのは、ぜんっぜん筋道が通ってないことを、わりに自信たっぷりに言う。
 レイナは白い服をするすると脱いで、たちまち水着姿になった。このナイスバディめ、滅べ。

「ていうか、真冬ですけど……」と私。
「大丈夫、ここ赤道直下のアカプルコだから」と夜羽子。
「え? そうだった?」

 ふと気付くと、テラスの向こうに青い海があった。というか、テラスだった場所はいつのまにかプールサイドになっていた。落ちてくる日差しは真夏だった。
 さっきまではそうじゃなかった気がするけど、特に疑問は持たなかった。


 あれよあれよのうちに、いつのまにか私も水着姿になって、デッキチェアで夜羽子にオイルを塗られていた。
「じ……時間跳躍。く」
 ちょっと離れたデッキチェアに、いつのまにかラユューとメタトロンがいて、トロピカルドリンクを飲んでいたけど、特に疑問でもない。
「くノ一メイド」
 夜羽子は「私吸血鬼だからー」とか言って、日傘をさしていた。
 炎天下。それでいいのか、吸血鬼。レゾンデートルを思い出せ。
「ドラゴンナイト“ソフィー・ラスタバン”。あー、“ん”がついちゃったー」

 どういうわけか、私はしりとりをやらされている。
「水着になったら、しりとりをやるしかなかろう」とレイナが自信たっぷりに断言したせいだ。
「あはは、真由美はしりとり弱いわねー」
 夜羽子、なぜ疑問を持たない。
「イザベル・フランドール」
「ルニァ」
「アンリ・ケクラン。あー、“ん”がついちゃったーまけたー」
 私は棒読みで適当に答えた。……だるい。
「あんただめねぇ真由美。藤宮真由美の、み」
「ミスター女子プロレス“オーガ萩原”」
 棒読みで答えた。
「ラブ・フェロモン。また“ん”がついちゃったー、はっはっは」
「まじめにやれ!」
「吸い殺したろか!」
「まじめになれるわけないでしょ! 子供か!」
「つっこむならもっとミムラさん風にしなさいよ」
「子供かよ!」


「子供にはプレゼントを持ってきたわよぉ〜」


 空から声がした。

 シャンシャン鈴の音をさせて空からソリが降りてきた。
 それはトナカイのかぶりものをかぶったクラリスが引いてくる、ミニスカサンタステラのソリだった。
「メリークリスマス」
 しゅたっ、と敬礼のように手を挙げて、サンタステラが言った。
「いまごろ何言ってんの?」
「いまごろとは?」
「もう年も明けようっていうこの時期に」
「あ、それいま調整するから」
 と、クラリスが言って、携帯でどこぞに連絡をとりはじめた。
「あー、もしもし? ウルドちゃん? ちょっと6日ばかし巻き戻してくれる?」

 そのとたん。
 デッキテーブルになぜか置いてあった割れた羅盤の方位磁石が、反時計回りにぐるぐる回転しはじめた。
 ついでに私の腕時計もぐるぐるまわりだした。デイト表示がカチカチ巻き戻っていく。そして25日をさしたところでぴたっと止まった。

「はい、メリークリスマース! 赤道直下のクリスマスはいまいちしまらないけどねー」

 トナカイクラリスがクラッカーをぱーんと鳴らした。
「というわけで、プレゼントの準備をするわねー」
「何かくれるの?」
「ステラちゃーん、準備いい?」

 ステラはしゃがみこんで、なぜか床にオイルを塗っていた。

「何してんの?」
 と覗きこもうとした私は、
 思った以上によく滑るオイルに足をとられて、かなり派手にすてーんと転んだ。

「いっ……たあ!」

「まあ大変! お客様にお医者様はいらっしゃいませんかー! はーい私です。これはいけない、いますぐ身体を全とっかえしなければ! あらここにちょうど都合良くプレゼント用に持ってきたホムンクルスの素体が」

「何その三文芝居……クラリス、最初から狙ってたわね」
「真由美ちゃん、ぶっちゃけ脳みそか、脳みそ以外の全部かどっちかくれない?」
「そんなバカな二択があるかー!」
「ステラちゃん、やっちゃって?」

 ステラがうしろから私に、サンタの白袋をがばっとかぶせた……らしい。
 私の視界は、真っ白になった。


 真っ白になって……すべてが私の視界から、消えた。




 私は時間の感覚が完全に壊れているから、どのくらいたったのかわからない。

 何やら異空間めいた場所に、光り輝く樹が立っていた。私はそこにいた。
 光り輝く樹のそばに、かわいらしい、美人の女の子が3人いて、私は説明される前から、それが運命の三女神であることを知っていた。

 ベルダンディが言った。

「ここは時空連結システムの端末です。ドリームアドミニストレイターがあなたへのプレゼントを提案しています。どのベクトルへの転移を望みますか?」

「転移?」

 ウルドが言った。「幸せな過去に戻る?」
 スクルドが言った。「輝ける未来に跳躍を?」
 ベルダンディが、「それとも変化を恐れて現在にとどまりますか?」

 私は答えた。

「私は何ひとつ選びたくない」

 3人の女神が、表情だけで「どうして?」と訊いていたので、私は答えた。

「私、“何が食べたい?”って聞かれるのがいっちばん嫌」




「めんどくさい人だなもおーっ!」

 初めて見る顔が舞台裏から出てきて、プンスカ文句を言いはじめた。シルバーブロンドの、派手な衣装の女の子だ。
「ときどき選択問題を選んでくれないと次の夢が展開できないんだよ!」

「やだったらやだもん」
「いいからさっさと魔法の靴を履いてカカトを3回鳴らしてよ」
「うわー、私そういうのいちばん嫌。なんか生理的に嫌」
「いいからさっさと選べっていうの!」
 女の子は私の襟首をつかんで、ゆっさゆっさ揺さぶった。
 ゆっさゆっさ。
 ゆっさゆっさ。

 神社の前についてる巨大な鈴が、突然頭上からガターンと落ちてきて、地面にゴチーンと激突した。
 その衝撃はすさまじくて、足元が崩れた。

 私は砕けた地面と一緒に、ずどーんと、どこまでも落ちていった……。


     ☆


 寝ているときによくある、足元がガタッとなる感覚に襲われて、藤宮真由美が目を覚ますと、そこは自分の部屋の自分のベッドで、窓から朝の光がさしていた。

 頭をもしゃもしゃとかきまわして、内線のボタンを押した。

「おハルおばあちゃーん……。今日、何日? いま何時……」
「1月1日、午前8時でございますよ、真由美お嬢様」
 家政婦のおハルさんは、真由美に日付を訊かれるのは、慣れっこになっている。
「あそう……ついたち……」
「ぐっすり眠れるのは、年寄りにはうらやましいですよ、ええ」
「……あれー、めずらしいなぁ、私、元日に家にいるのって、いつぶり?」
「五十嵐いぶき様と小石川愛美様にご連絡なさいますか?」
「連絡? 何だっけ?」

 半分寝たまま、しばらくぼうっと考えていた真由美だが、

「あー、思い出した」


 ベッドサイドテーブルに、赤と青の飴玉が乗っていたのだが、真由美はそのことには気づかなかった。



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