◆天使達の憂鬱
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 インド洋上空。重苦しい雲が立ち込めるなか、禍々しい髑髏の意匠に飾られた塔が屹立している。
 極星帝国はレムリア王国の空中城塞である。
 暗雲の直下、そのレムリア王城を見下ろし、ガブリエルは背の羽毛豊かな純白の翼の羽ばたきを緩め、空中静止の姿勢をとった。
(ラファエル……?)
 羽ばたきを調整して、大天使の通信チャンネルに周波数を合わせたメッセージを発信した。
 能力者が爆発的に増えた地球では、もはやテレパシーといえども安全な通信手段ではない。大天使級ともなれば、内容の解読はともかく、強力なテレパシーの発信源として感知されてしまう危険性がある。
 テレパシーの暗号化や微弱化といった操作はガブリエルにとって不可能なことではないが、そういった操作に集中するよりも、羽ばたきにによる連絡が容易くかつ安全な通信手段となっていた。
(ここよ)
 ラファエルからの羽ばたきが返ってきた。
 尖塔の窓のひとつが開き、ラファエルの金髪が見えた。
 ガブリエルは羽ばたきの周波数を再び調整し、周囲の空間に干渉した。
 空間がよじれ、ガブリエルの姿が消える。光の進路を捻じ曲げて姿を隠すこの技術は、ガブリエルがWIZ-DOMに身を寄せるに当たって提供したもののひとつだ。
 姿を隠したガブリエルは、それでも念を入れて周囲を警戒しつつ小窓に近づいた。
(大丈夫。中へ)
 ラファエルの波動にガブリエルは了承の波動を返し、窓からレムリア王城の一室へと降り立った。
「ディスプレイサーを解いても平気よ。この部屋は強力にシールドされているから」
 ボディラインはおろか、一切の下着を着けていないことすら露なテディをしどけなく着たラファエルが言った。
 それに応えてガブリエルの姿が現れる。
「お疲れ様。まあ掛けて。お茶でもいかが?」
「ありがとう。いただくわ」
 長い金髪をかきあげたラファエルの言葉にガブリエルはうなずき、豪華なソファに背筋を伸ばして浅く腰掛けた。
「いつも遠出してもらって悪いわね。紅茶で良かったわよね?」
 お茶の支度を手ずから整えながらラファエルは言った。
「ううん。ラファエルこそ……」
 首を振ったガブリエルは、極星皇帝の愛妾となったラファエルの待遇を思って言葉を詰まらせた。
「私なら平気よ」
 ラファエルはガブリエルに紅茶をすすめながら気だるげな微笑を浮かべた。
「陛下はなんだかんだいって忙しく動き回っているから回数は多くないから、他の子に比べたら気楽な生活よ。退屈なのが珠に瑕かしら」
 その言葉を聞いて、気まずそうにもじもじと身体を動かすガブリエルに、ラファエルは紅茶を一口飲んで笑って見せた。
「陛下も他の子を人質に取っているようなものだから、私が逃げるとは思っていないし、陛下の持ち物としてプライバシーは強固にシールドされているから、こうしてあなたに会うことだってできるんじゃないの」
「メッセージが届いたときは驚いたわ」
 ガブリエルは視線をまだ口をつけていないティーカップに落とした。
「やっぱり、皇帝はマインドブレイカーなの?」
「ええ。相当強力な、ね」
 ラファエルはうなずいた。
「この部屋が安全なのも彼の力」
 ラファエルは豪華な牢獄をぐるりと見回して肩をすくめた。
「私たちの存在しない時空を作り出し、これだけの軍勢を率いて時空の壁を破る。そして別の時空の歴史に干渉する。これが、私たちが恐れたマインドブレイカーの最終的な姿だとしたら……」
「そんな力を持った存在が複数存在し、ぶつかり合ったら」
「宇宙は崩壊する」
 ガブリエルとラファエルは視線を見交わし、うなずきあった。
「このまま行けば私たちが最も恐れた事態が起こるかも……いや、もう起こっているのかも」
「……なんとか、本国に連絡を取らないと」
 ガブリエルは生真面目な顔で紅茶の水面を見つめた。
「援軍を呼ぶのね」
「うん。それまで、これ以上の時空干渉を起こさないようにしないと」
「陛下は私がある程度コントロールできると思うわ。自分自身の本当の力には気付いていないようだから。あくまでも軍事的な戦いに目を向けさせれば、時空干渉は起こさないはず」
「あとはこちらの地球のマインドブレイカーたちね」
 ガブリエルはうなずいた。
「もし誰か、私たちに賛同してくれるマインドブレイカーがいてくれたら……」
「……ガブリエル」
 ガブリエルがふともらした呟きに、不意にラファエルは真剣な表情になった。
「なに? ラファエル」
「それに、気付いたものはいないわね?」
「え? なにに?」
「マインドブレイカーを味方につけることに、こちらの地球の勢力が気付いたら……」
 ガブリエルは息を呑んだ。
「ますます酷いことに……」
「やっぱり、マインドブレイカーは根絶やしにしなければならないのかしらね」
 ラファエルはため息をついた。
 重い空気を振り払うように、ガブリエルは紅茶を一気に飲んだ。
「ご馳走様っ。わたし、そろそろ戻るね」
「もう?」
「わたしだってWIZ-DOMの目を盗んで来てるんだからね」
 ガブリエルは真っ白な翼を広げながら日の差し込みはじめた出窓に向かった。
「ああ、そうだったわね。お互いずいぶん貧乏籤を引いたものだわ」
 ラファエルは苦笑した。
「また、来るから」
 そういって振り返ったガブリエルを、まぶしそうに目を細めて見送るラファエルだった。


次回予告

ペルセウスの昼休み



COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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