◆魔王転変 第六天魔王信長
カードゲームデザイナー 中井まれかつさん
 レムリア王国の浮遊城砦は、インド洋上に浮かんでいる。
「小うるさい蝿が来ていたようだが、どうした?」
 玉座に浅く腰掛け、気だるそうに肘をついた少年が、玉座から続く絨毯の左右に居並ぶ重臣たちの誰に尋ねるともなく尋ねた。
 極星帝国皇帝にして、レムリア王、マクシミリアン・レムリアース・ベアリスその人である。
「たいした数でもないし、面倒くさいから、山奥に追い込んでほったらかしてきたぜ」
 答えたのは、プレートメイルで厳重に身を覆った、顔の半分が髑髏の男、アンデッド・ロード、ジュバである。
 髑髏ではない半面が端正な青年の顔であるだけに、いっそうグロテスクに映る。
 レムリア王国軍の司令官であり、極星帝国十将軍のひとりに名を連ねる、不死身の騎士だ。
 皇帝の御前とあって武器こそ身につけてはいないが、目の詰まったチェインメイルの上からフルプレートの鎧を着込んでいるため、身じろぎするだけでも金属の擦れあう音が響く。
「ふん……ダークロアに始末を任せたのか」
「そういうこと。あいつらも最近こっちに出張ってきてうるせえからさ。ちょうどいいと思ってよ」
「……まんまと互いに潰しあってくれると助かるのですが。最近こちらの勢力に妙な動きがありますから」
 やんわりと詰めの甘さをたしなめたのは、グレース・ディアディム。
 レムリア王家代々に仕え続けている、不老不死の女死霊術師である。
 勇猛果敢な戦士であったジュバが戦死した際、彼をアンデッドとして復活させたのもグレースの死霊術によってであった。
「妙な動き?」
 皇帝はわずかに眉をしかめた。
「きゃつらはいくつかの勢力に別れて争うておりましたが、我らを脅威と見て、同盟、あるいは共闘の兆しが見られます」
「ほう……この地には余と同じ力を持つものが多いが……その者たちによるものか?」
 皇帝は興味を惹かれ、わずかに身じろぎした。
「そうではないようですが。ただ、注意が必要かと」
「我が帝国も一枚岩ではないしな……」
 皇帝は虚無的な表情でつぶやいた。
「十将軍候補の件はどうなっている?」
 皇帝は不意に話題を変えた。しかし、グレースは表情ひとつ変えずにそれに対応する。
「東方と西方、それぞれに強力な怨みを抱えた魂を感知いたしました」
「どのような魂だ?」
「東方のものはオダ・ノブナガ。魔王を名乗り、冷酷でもって鳴らし、僧侶どもを女子供問わず皆殺しにし、部下の裏切りにあって、天下統一の野望の途上で殺された武将にございます」
「面白いな……」
 皇帝は目を細めた。
「西方の魂は?」
「ジャンヌ・ダルク。神の啓示を受けて聖女と称えられ、民衆の解放のために戦った少女にございます」
「そんな女に怨みなんかあるのかよ」
 ジュバは半面で不思議そうな顔をした。
「同じ神を報じる教団の嫉妬を買い、魔女と、異端者と弾劾され、磔の火炙りにて殺害されてございます」
「くっくっく……」
 珍しく、皇帝は声をあげて笑った。
「そうでなくてはな……並みのものではアンデッドとなり、肉体が蘇ったとしても精神が耐えられぬ……それでは並みのゾンビと変わらぬ。不死の肉体を御しうるのは、強烈な怨みを持つ苛烈な魂でなくてはならぬ……」
「御意」
 グレースは深々と頭を下げながら、横目でちらりとジュバを見やった。
 生まれながらの戦士、戦場で幾万の将兵を容赦なく殺したジュバであってさえ、不死者としての復活に精神に影響を免れることはできなかった。
 その精神の歪みが、半身の崩壊となって現れてしまっている。
「オダってのはわかるけどよ、ジャンヌは指揮官としてはどうなんだ?」
 ジュバは尋ねた。
「ぶっちゃけ、十将軍のなかにレムリアがオレひとりなのは厳しいからな。アレクサンダーだの聞仲だの関羽だの、やりにくくってしょうがねえ。レイナ姫が味方だからなんとか抑えてはいるけどよ。もうひとりふたり増えてくれるに越したことはねえ。けどよ、それにしたって実力がなきゃあいつらとは渡り合えねえぜ?」
「心配ない。ジャンヌは烏合の民衆を率いて一国を陥とした司令官だ」
「……そいつはまたえらいのを見つけてきたもんだ」
 ジュバは半分しかない唇をひきつらせて皮肉そうな笑みを浮かべた。
「つきましては、ジュバ将軍に護衛をお願いして早急にどちらかに赴きたいのですが」
「……ジュバよ、スケルトンホースのチャリオットを用意せよ」
「御意」
「興がわいた。余も行くぞ」
「陛下御自らでございますか」
 さすがにグレースも驚きを隠せない。
「西方の魔術師どもは面倒だろうが……東方ならばスケルトンホースで穏行するのは容易かろう?」
「それは、そうでございますが」
「天下統一の志半ばで部下に裏切られた男の魂の復活。なかなかの見物ではないか」
 グレースはそれ以上は逆らわず、頭をさげた。
「それでは、今しばらく。復活用の肉体の準備にお時間をくださいますよう」
「…………」
 皇帝はかすかにうなずいて見せた。

「こちらにございます」
 グレースは、京都は西洞院、蛸薬師近くの小さな石碑の前に皇帝を案内した。
 ジュバ自らが駆るチャリオットのほか、わずか数騎のみを伴っての長旅程であったが、対E.G.O.の隠密能力、死の力場によって生体力場を中和する能力を与えられたスケルトンホースによって発見されることなく、ここまで到着することができた。
「粗末なものだな」
「死亡したのは寺院内だそうですが、その寺院は彼の後継者によって移転させられたそうでございます」
「後継者?」
「裏切った部下、アケチ・ミツヒデを倒した別の部下、トヨトミ・ヒデヨシ。もっとも、アケチの裏切りはトヨトミとの共謀であったとする説もございます」
「よくある話だな」
 皇帝は面白くもなさそうにつぶやいた。
「それで、どうだ。いけそうか」
「はい。強力な怨嗟……呪詛……そして何より途上で死んだことへの悔いが満ちております」
「…………」
 皇帝は軽く顎をしゃくってグレースを促した。
 グレースはうなずき、死者の魂を呼び戻し、肉体に再封印する秘術の準備に取り掛かった。
「肉体が完全に失われております故、通常よりも時間がかかります」
 グレースの言葉に、皇帝はわかっているとばかりに無反応で返す。
 地面に魔法陣を描いたグレースは、その中央、石碑の前に死体を継ぎ接ぎして作り出した信長のための肉体を安置し、呪文を紡ぎ始めた。

 信長を不死者化する儀式には、それから三日三晩を要した。
 その間、ジュバをはじめ、アンデッドの騎士たちが一切の休息をとらないのはもちろん、微動だにせず、グレースと魔法陣とを包む結界を守り通した。
 そして、、皇帝もその間、チャリオットを仮の玉座に、じっと儀式を見守り続けた。
 やがて、儀式は終わりの時を迎えた。
 死体を継ぎ接ぎして作られた不死の魔人の肉体に、織田信長の魂が呪縛される。
「終わりましてございます。申し訳ございませんが、失礼をば」
 さすがに疲労困憊の態のグレースだが、それでも丁寧に皇帝に頭を下げ、チャリオットのシートに倒れこんだ。
「ご苦労」
 皇帝はグレースに席を譲るように立ち上がり、信長に近づいていった。
 突然、信長の新しい肉体の目が見開かれた。
 半身を起こし、戸惑いを隠せぬ、しかし刺すような目で周囲を見回す。
 その眼前に皇帝がすっくと立った。
「第六天魔王織田信長。余に忠誠を誓うのならば、貴様が望んでいたものをやろう……この島、中国、そして西方……おまえを大陸の王にしてやる。そのために、余に逆らうものすべてを殺して見せよ」
 それが、信長に服従を要求した皇帝の言葉だった。

次回予告
マッドティーパーティー


COMMENT

愛用のグラサン。
1500円くらいだったかな。

http://www.ops.dti.ne.jp/~marekatu/index.html


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